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第二十五話 癒しと発見

 別荘の管理は近くの農場の奥さんに任せている。彼女はとても気の利く人で、「息子さんを連れてきたと娘から聞きました」と、使っていないベッドがあるから持っていってと、すでに用意してくれていた。マダム・リコに感謝して、ジーモンはベッドを背負って二階に運んだ。寝室に無造作に置くと、ライモが押して自分のベッドにぴったりとくっつける。


「こんなに近いと、狭いんじゃないか。おまえは細身だが、身長も大きくなった」


 ジーモンは呆れつつ、笑いながら言う。


「甘えたいんです。ベッドで肌寒い。僕は寒いの、苦手だから」


 ライモが甘ったるい声で言う。やれやれ、どうにもかわいい奴だ。寒いなら敷布団をもっと分厚いものを調達してやらなければと思う。毛糸の靴下も編んでやらねば。


「あ、馬車がきた!」


 窓の外を見てライモが言って、階段を駆け降りていく。

 屋敷の前で馬車が止まり、レイサンダーが降りてきた。レイサンダーの手を借りて、腰の曲がった師匠ホルオーがゆっくりと下りてくる。レイサンダーはそのまま馬車に戻り、荷物を降ろした。


「師匠! それに、レイサンダーも!」


 ライモが久しぶりに、大きな声を出して喜んだ。

 師匠に抱きつき、レイサンダーとハイタッチする。


「君も来てくれたのか」


 ジーモンは荷物を持って言った。


「えぇ。ご老人では遠い旅ですから心配でしょう。早めの冬休みをとって、ここで勉強に集中しようと思っています。偶然にも私の親戚が、農場の近くに住んでいるんです。しばらくはそこで過ごして、毎日ここへ来ますわ」


 レイサンダーが言った。ジーモンはその偶然を神に感謝した。心を許せる友達が身近にいてくれることで、ライモの心も癒えるだろう。レイサンダーはライモが唯一、家に連れてくる友達だ。


「ライモや、もう師匠ではなく、わしのことはじいちゃんと呼んで、思いっきり甘えてきなさい。わしは引退したからのぅ。ああ、ライモや、馬車で疲れたわい。腰が痛いのぅ」


 師匠ホルオーは、杖を二つ持っている。右が赤、左が白だ。


「こうしてのう、右、左、と杖を動かして同じ方向に足を動かすんじゃ。わしはもう歳をとりすぎて、歩き方を忘れて、左左左、ばかり足を踏み出してのう、医者に行ったらこの杖をくれたんじゃ」


「あはは、何それ。じゃあ、おじいちゃん、家に入るよ。はい、右、左、右、左」


 ライモが師匠ホルオーの背中に手をあて、かけ声をかける。

 ライモは笑ったが、さすがにそれは老いすぎではないか、とジーモンは心配になった。


 ホルオー師匠は、ライモとジーモンと同じ部屋で寝ることになった。ベッドは登り降りがしんどい、と魔術で一枚の布をふっくらとした大きなクッションに変えた。わしはこれじゃないと寝れん、とホルオーがそこに横になると小さな体が沈む。


「あーー疲れた。ライモ、じいちゃんの背中揉んでおくれ」


「うん。痛かったら言ってね」


「はあ、ええのう。愛弟子の手が一番効くなぁ」


 ライモとホルオーは師匠と弟子というより、祖父と孫のようで微笑ましい。


「ジーモンさん、あの。ライモの様子は」


 レイサンダーが寝室の廊下で小声で尋ねた。


「今は落ち着いているが、少々、子供返りしている。今は彼を十五歳より少し幼いと思って接してやってくれ。くれぐれも事件のことは話さずに」


「はい、わかりました。それと、これはさほど重大ではないのかもしれませんが、一応は異常現象のため伝えておきますが…………ジーモンさん、この印を見たことはありますか?」


 レイサンダーがシャツをめくって、左の手首の内側を見せた。

 そこには直径五センチほどの、星印の上に二つの丸が重なっている黒い刺青のようなものがあった。


「この印は、私とリディア、エルサ、ノラ。場所は違いますが、それぞれ突然、体に浮かんできたんです。王女の誕生日以降、同時にです。ノラとリディアが調査したところ、他にもこの印が体に浮かび上がった者がいます。とても不思議でしょう。それで、ジーモンさんの所有する文献を見せていただきたいのです」


 ジーモンはレイサンダーの言葉を聞いて、思索する。

 星はわかる。この二つの丸は何か。まるでこれは「8」を横向きにして、星に引っかけているようだ。8を横にすると♾、無限を表すマークになる。


「無限の星、ということか…………」


 頭の中にその言葉を打ち込み、検索をかける。顎に手を添えた姿勢のままジーモンは静止する。古代王朝時代、アステールにおいて星印は重要視されていた。その時代はすべての貴重な物に星がついている。気候変動で108日間、夜が続いた。その夜は連続して子供が産まれ、皆が同じ印をもって生まれ、のちに皆が英雄となった。


「ある。その文献は、確か地下にある。アステール古代王朝パラダイスで起きた108人英雄伝。パラダイス王朝はもっとも素晴らしい王朝だったとされているが、これは神話めいていて事実かどうかはわからない。しかし、あまりにも同時にこの印が皮膚に出てきたということは、何かが起きる。レイサンダー、調べてくれ」


 レイサンダーは驚いた顔をして、さっと一歩退いた。


「さ、さすがジーモン様です。こんなにすぐにヒントが見つかるとは。あらやだ、こうしてはいられないわ。早くそのことをリディアに手紙を書かなくてはいけないわ。ライモ!」


 レイサンダーは前髪をスッと指で跳ねさせて、ライモに声をかける。


「ねぇ、あしたは少しお散歩しましょう。ここ、とても静かで自然がたくさんきれいで、いいところね」


 レイサンダーがいたわるように、ライモの肩をそっとなでた。


「うん、いいよ。レイサンダー、あした、一緒に遊んでね」


 ライモがにっこりと笑う。


「うん」


 そう答えて部屋から出たレイサンダーは、口を手に当てて、泣いていた。ジーモンはレイサンダーを追いかける。


「あんな…………優しくていい子が。笑顔を向けてくれて、ほっとしたんです。私はあの子に笑っていて欲しいから、笑えなくなっていたら……どうしようかと」


 レイサンダーはハンカチで涙をぬぐい、玄関で言った。


「君の力だ、レイサンダー。君の優しさが伝わったのだろう。また、あした」


「はい」


 レイサンダーがぎゅっとハンカチを握って、歩いていく。その歩き方はどこから見ても完璧で、エレガントだ。


「僕、真ん中がいい。お父さんとおじいちゃんに、挟まれて寝る」


 ライモはそう言って、ジーモンにくっついて眠った。

 初めて彼が背中に体を寄せてきたときは、寝苦しかったが、今では慣れた。ライモは寝相が悪く、たまに蹴飛ばされて目覚めることもあったが、不思議と腹が立たない。腹を出して寝ていると、自然と手が布団をかけてやる。目覚めると、目の前にライモの足があったこともあった。ベッドからよく落ちているし、引っぱり上げるのも大変だ。

 やれやれ、手のかかる子は可愛い。

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