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第二十三話 国葬

 アイラは大きな棺の前に座る。リディアとエルサ、ノラの三人が黒いベールでアイラを覆う。


 大聖堂で、三人の男に強姦され自殺した少女の葬儀が始まる。これは国葬だ。この国が性被害を厳罰にしなかったため、カナリアは死んだ。国が殺したのだ。


 ピアノが鳴る。聖歌隊が声を上げる。途中で泣いてしまい弾けなくなる、歌えなくなる。すると代わりが飛び入りする。ピアノの演奏者、歌い手は次々に変わった。


 葬儀には多くの人が訪れた。小さな少女には大きすぎる棺。

 その空洞を埋めるため、次々に花が手向けられるが、どの手も彼女とは別れがたい。どんなに彩っても少女は真っ白だ。


 喪服の女たちがキャンドルを持って、聖堂の壁際に立っている。身動き一つせずに。彼女たちはフェミニズム協会のメンバーたちだ。カレンは黒い帽子で髪を隠していた。

 悲壮な葬儀のつぶさまで見て、聞き、カレンは黒い帽子で髪を隠していた。彼女たちは、この日を体に焼き付けている。弔いの列は途切れない。大聖堂のずっと外まで、長い長い列が続いた。


 大聖堂を出た人々は世界樹に行く。聖なる者の魂は木の根へ行く。カナリアはきっとそこにいる。だから木の根に花を捧げる。曇り空の肌寒い日なのに、魔術師が作り出した季節外れの花たちでいっぱいのお別れの日は、春のようだ。


 夕刻、大聖堂で鐘が鳴る。

 出棺の時がきた。アイラは立ち上がる。


 ついに、もう耐えきれなかった。

 厳かに棺が閉められていく。それを見ながら、アイラは絶叫して泣いた。


 なんて悲しいことだ!

 嘆き喚け、世界よ。これは起きてはならないことだ。こんなことが、もう二度と起きてくれるな。


 黒いベールの中で泣きわめく王女を見て、参列者たちも泣いた。フェミニズム協会の女たちが持つキャンドルの火は、涙で消えてしまった。カレンは被っていた帽子を地面に叩きつけ、それを踏みつけて泣いた。


 棺を運ぶ喪服の騎士たちも泣いていた。

 その中には自ら棺を運ぶことを志願したレイサンダーがいて、彼は泣きじゃくりながらも先頭でしっかりと棺を持っていた。


 アイラはリディアとエルサの手を借りて馬車に乗り、城へ戻る。

 カナリアは王族のみを火葬する聖なる炎で焼かれた。

 しかし、その肉体の痛みはこの世界から消えることはないだろう。

 フェミニズム協会がカナリアの遺骨を受け取った。

 彼女が好きだったという花畑が見える場所に埋葬するとアイラに約束してくれた。


 その夜、団員の少年少女を騙し売春させた大罪を犯したニコルス団長と、カナリアを強姦して自死に至らしめた三人は鎖で繋がれ、北の刑務所へと歩かされた。


 警察署から出てきた罪人を待ち構えていたのは、松明を持った国民だった。怒りの炎を手に、人々は罪人に罵声を浴びせた。時に石も飛んできた。

 城から見た街は、真っ赤に燃えていた。その火はどこまでも続いていく。消えてはまた灯る。


 少年を犯した者だけは逃げてしまった。

 クイナが必ず捕まえると激昂している。


 被害者はニコルスサーカス団の団員の少年。

 新聞を読んで、まさか、そうではないだろうと悪い予感を打ち消したかった。


 最近、ライモが姿を見せなかった。

 まさか被害者はライモではないかと不安になり、アイラはレイサンダーに尋ねた。

 レイサンダーは騎士団の情報で被害者がライモだと知っていた。どうか内密にと、リディアとエルサも同席で、レイサンダーが教えてくれた。


 アイラの心臓は凍り、食事が喉を通らなくなった。


「くたばれ! ニコルス! この裏切り者、おまえを彼がどれだけ信じて尊敬していたか、その気持ちをいかに侮辱したことか。私はおまえを絶対に許しはしない。一生かけて、呪ってやる。二度と日の目を見るな!」


 アイラはバルコニーから叫んだ。

 ニコルスを火で炙ってやりたくて、たまらない。

 そしてライモを犯した者も。


「地獄に落ちろ。いや、地獄ではまだ甘い。生き地獄を味わえ」


 アイラは夜空へ、呪詛の言葉を吐いた。

 それでも気は晴れることなどない。

 ライモはアイラに被害を知られることを嫌がるだろう。

 だから、アイラには何もできない。

 サーカスのあの夜、キスのあと、アイラは「待っている」と約束した。今はただ待つしかないのだ、愛する人が痛めつけられ苦しんだというのに。


「アイラ、おいで。体が冷えてしまう」


 ノラが部屋に入ってきて、両手を広げるが、アイラは首を横に振った。


「ライモが一番苦しいのに、私はあなたに甘えられない」


「いいのよ。あなたがしっかりしないと、彼を待ってあげるのでしょう。体を丈夫にして、強くなりなさい。そのために、人に甘えることは必要よ。人は誰かに頼って強くなれる」


 ノラが優しく諭す。

 アイラは泣きながら、ノラの胸の中に飛び込んだ。


「大丈夫よ。ジーモンさんと師匠のホルオーさんが彼のそばにいるわ。ジーモンさんはライモを自分の息子だと言った。今は親子の時間が大切なの。アイラはアイラで、自分が強く戦うと決めたのだから、やり遂げましょう」


 ノラの言葉に、アイラは何度も頷いた。


「私は強くなる。彼を守る。私が、二度とこんなことが起きない国に変えてみせるわ。もしライモが私を愛さないと決めたとしても。私は彼を愛し続ける。自分を愛することを教えてくれた彼に、私も彼自身が自分を愛せるようにするわ。私は、ライモが自分を愛してくれていたら、それで幸せ」

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