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第二十二話 窓のない鍵のかかる部屋

 ライモは精神科の、鍵のついた部屋に移動させられた。

 窓がなく、敷布団と簡易便所しかない。

 ライモは安定剤を飲んで、ずっと壁にもたれかかってじっと天井を見ている。ジーモンはその隣についていた。


「死にたい」


 ライモがつぶやく。ジーモンは否定も肯定もしない。


「なんで、いるの?」


 ライモは蔑む目をジーモンに向ける。


「ここにいたいからだ」


 ライモは鼻で笑った。


「あんたも、もしかして、僕とやりたいの? あんた、クイナとやってるんだろう」


 ライモにそれを言われたとき、カッとなって手が出そうになった。しかしそれはできない。ライモは自殺防止のため、軽く手を紐でくくられている。ジーモンは自分にもそうしろと看護師に頼んで、軽く結んでもらったのだ。


「私はそんなことはしない」


「じゃあ、もしも僕がそれを望んだら? ねぇ、僕はあの貴人という人にたいそう高く買われたとニコルスが言っていた。それほど僕には魅力がある。興味ないの?」


 ライモが肩にもたれかかって、上目遣いで媚を売る。


「ない。おまえは子供だ。保護者が子供とするなど、獣じみた恥ずかしいことなどするものか」


「わからない。あんたが体目的でもないのに、なんで僕にここまでするの? 男にやられた子供なんて汚い、捨てればいいのに」


「何度も言うがおまえは悪くないし、汚れてなどいない。汚されてなどいない。自分を自分で蔑むのはやめなさい」


 ライモはジーモンの肩によりかかり、そのままずるずると床に横になって、体を丸めた。


「わからない。なんであんたが、ここまで僕にしてくれるのか。怖いんだ。どうしてかわからないから」


 低いライモの声が、子供のようになった。


「私はおまえの親だ。親同然などではない。親だ。それは私が自分で決めた。親は子供が苦しんでいるときに、付き添う責任がある」


「何、勝手に決めてんだよ。誰も親になってくれなんて、言ってない。あんたはいっつもそうだ、何もかも勝手に決める。うっとうしい、重たい」


「たしかに、私は勝手に決めてしまった。それは謝る。だが、親としておまえを愛しているのは本当のことだ」


 ライモが顔だけあげて、ジーモンを見つめる。

 ジーモンもライモを見つめた。やつれた、痛々しい少年。けれど目にはまだ光がある、この子を助けられる、まず自分がしっかりしなければ。ジーモンは深く深く、ライモを見つめる。


「愛なんて、知らない。わからない。だからそう言われても、僕には受け取る器がないんだ。目の前にスープはあるのに、受けとる皿がないから、こぼれていくだけ。なのに」


 うっ、とライモがうめく。


「なのに、愛してるって…………言ってくれてるのに。なのに、受け取り方がわからなくて、申し訳なくて、だからい怖いんだ。怖い、僕は、こんな僕を愛してるなんて、そう言われるのが怖い」


「ライモ」


 ジーモンは紐を解いて、泣きじゃくるライモを抱き起こした。ジーモンは自分の泣いている顔をライモに見せた。初めて見るジーモンの泣き顔に、ライモは目を見開いた。


「私もかつて、おまえと同じだった。私もおまえと同じ孤児だった。親から愛されなかったから、愛を受け取る器が育たなかった。孤児院から子爵の父が引き取ってくれたが、私は全力でその愛を拒否した。おまえと同じ、受け取り方がわからなかった。しかし、同じく子爵家に引き取られたクイナが教えてくれた。愛を受け取るにはまず、自分自身を愛して大切にすることだと。そうして私は養父の愛情を受け取り、クイナと愛し合うことができた」


 泣きながらジーモンはライモの背中を何度もさすった。


「今回のこと…………本当に辛いな。怖かっただろう、辛かっただろう、痛かっただろう。本当に、おまえが突き飛ばして男は死ねばよかったんだ!」


 ジーモンが叫ぶと、わっとライモは泣いた。泣き叫んだ。


「怖かった、とてもとても痛かった! 恥ずかしいし、苦しいし、こんなことが自分に起きたなん信じたくない、すごく嫌だった。死んでしまいたい、あんなことが、あんなことがあったなんて」


「そうだな。痛かった、辛かった。おまえは被害者だ。私はおまえにあんなことをさせたやつらを絶対に許さない。私は何があってもおまえの味方だ、おまえのそばにいる」


「本当に、ねぇ、本当に?」


「誓う。落ち着くまで、街を離れよう。二人で田舎でゆっくりと休もう」


 ライモは少し落ち着き、ジーモンに体をゆだねて、呼吸を整えている。


「そ、そうか。そういうこと、できるんだ」


「そうだ。死ななくても、この辛い現実から逃げる方法がある。私に任せなさい、おまえは今まで忙しすぎた。そして、私も」


「そっか…………じゃあ、ホルオー師匠も、一緒がいい」


「師匠だな、よし、わかった。疲れたろう、ちょっと眠りなさい」


 ジーモンはライモをゆっくりと、布団に寝かせた。かけ布団をかけてやり、服の袖で涙を吹いて鼻もかんでやる。


「うん。ありがとう」


「私の言葉を聞いてくれて、ありがとう。ライモ。愛してるぞ」


 ライモはこくり、と頷いて目を閉じて眠った。

 ジーモンはその寝顔をずって見ていた。

 息子の寝顔を。



 

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