第二十一話 救済
前書き
(前回の簡単なあらすじ。ニコルス団長は曲芸を客に披露しろと騙し、二人を四人の男に売ってしまう。暴行されてカナリアは自殺。暴行を受けたライモはジーモンによって病院に連れて行かれる。ライモは魔力封じの針を刺されていたため、クイナが手術をする)
泣いている場合ではない。ジーモンはクイナがライモを治療してくれる、そばにいてくれると信じた。疲れている愛馬をなんとかなだめ、ジーモンはシェーン家を訪問した。突然の夜の訪問を詫びて、ノラ夫人に取り次いでもらった。
「あら、どうしましたの。何事ですか」
ノラはジーモンを見ると、慌てた様子で言った。
普段から厳しい怖い顔だと言われているが、さらにその顔はおそろしい形相をしていることを自覚している。
ジーモンは客室に通され、水を一杯いただき、額の汗をハンカチで拭った。秋が深まる夜だというのに汗だくだ。
ジーモンは事件のすべてを話した。ノラは絶句して、涙を流した。
「そんな…………なんてむごい」
「まさしくそうです。なんとむごい。どうか、あなたのお知恵をお貸しください。私はこういった事態は初めてのことです。どうしていいか、どうすればあの子を助けてやれるのでしょう」
切羽詰まってジーモンは言った。
心臓が、ひっくり返ってしまっている。思うように息もできない。
「まずは、落ち着きになって。あなたがいつものように、おごそかで頼りなる存在でいてください。まずは、ライモに言ってあげてください、あなたは悪くないと。落ち度なんてなかった、ニコルスと加害者の男たちが悪いと言い聞かせてあげてください、何度も。あの子のことだから、カナリアも助けられなかったと嘆くでしょう。だけど、あなたは悪くないと言ってあげて。それから」
ノラは何度も瞬きをして、考えを巡らしている。
「この街にいては、事件の噂や中傷が耳に入って、傷つくわ。だからどこか村に避難させてあげて。性被害者は本人が悪かったかのように、自分から誘ったんだとか言われるのよ…………」
ノラが目を伏せる。ノラは王とジーモンには身分を明かして、自分のような者にしかわからないことがありますから、どうか必要なときはお聞きになって、と言ってくれていた。
国をよくするため高級娼婦から公爵夫人とになり、社交界で貴族の意識を変えようとしている、尊敬できるノラだからジーモンは重大な相談ができた。
「わかりました、そのようにいたします。お知恵をくださりありがとうございます。夜分に失礼いたしました」
ジーモンは深々と礼をした。
「とんでもございません。どうかあの子を、ライモを大事にしてあげてくださいね」
ノラは涙を流しながら言った。
病院に戻ると、手術は無事に成功して、ライモは点滴をされて眠っていた。
「なんとか間に合った。魔力血管から針は取り除き、鑑識に回した。この子の体を検査したが、やはり強姦された後があった。なんということだ。くそっ」
クイナがうめく。
「さっき、警察騎士から伝達がきた。ニコルスがようやく吐いたそうだ。サーカスの団員の子供を、今まで何人も売春させてきたとさ。団員の子はみんな孤児だ、行く場所がない、被害に遭っても誰にも言えなかった。クソ野郎め」
「…………ニコルスは、終身刑だ。買った男たちも終身刑だ。深い地下の牢獄に入れろ、二度と太陽は見れないようにしろ。ニコルスの財産はすべて被害者、職を失ったサーカス団員に」
ジーモンは重く低く、言った。
「そうだな。今まで性暴力の罪が軽すぎた。たった十三歳の少女を大人三人で。そして女の子は自殺した。反吐が出る。俺が絶対にそうしてやる、ジーモン、おまえはライモといてやれ。そろそろ長期休暇をとるころだろう」
「ああ、そうだな」
クイナとジーモンは抱き合い、唇を重ねた。
お互い言葉はもういらなかった。クイナは病室を出ていく、怒っているときの荒々しい足音をジーモンは聞きながら、ライモが眠るベッドの傍の椅子に座る。
そっと額にかかった前髪を、かきわけてやる。
寝顔に、あの安らかさがない。
時々、眠れているか心配になってライモの部屋のドアを開けて、安らかな愛らしい寝顔を見てはほっとして幸福を感じていた。
あの、安らかさが、ない。
あんなに柔らかそうだった頬がやつれて、唇に色はなく、長いまつ毛の陰が濃い。
苦痛の寝顔になってしまった。
あいつらを絶対に許すものか、逃げようものなら地獄の果てまで追いかけてやる。あいつらが自分のやった罪の深さをいくら嘆いても、決して許すものか。
ジーモンは知っている。
ライモがアイラと、八月一日の祭りの夜を楽しんでいたことを。急にデートの作法なんぞ聞いてきたな、とよくよく観察しているとリディア嬢や騎士レイサンダー、エルサ、ノラと王女がこそこそと話していた。
アイラがライモをずいぶんとお気に召しているのは知っていたが、十四歳になっていよいよそれが「恋」に到達したのではないかとクイナと話し会っていた。祭りの日当日、予定確認に侍女の元へ行ったとき、王女の部屋の周りの空気が違うことに気がついた。そして白いドレスのリディア、珍しく私服で城を歩いているエルサ、そして赤いワンピースの少女を見た。何か怪しいと思い後を追って見ると、赤いワンピースの少女が実は王女だと気づいた。
あの勇ましい王女の気配はどうにも消せない。
それで合点が行った。そうか、デートは王女かと。そのあと、祭りの広場に出るとアイラとライモはかたく抱き合っていた。その姿はたとえ身分が違うからと、引き剥がせない絆があった。
クイナと深く愛し合っているジーモンだからこそ、わかる。
たとえ愛しあうに適さないと世界が言った関係だとしても、愛しってもしまっているのだ、それは決して揺るがない。
だが、ライモのことだ自分は道化師だからと身を引きたかったのだろう。この子は優秀なのにどこか自分を肯定できない。道化師を休むと言った。悩んでいただろう、深く。
そして、こんな酷い目に遭ってしまうなんて!
ジーモンはそっとライモの手をさすり、その手のひらに涙を落とした。全力を注ごう、この子に。
愛する我が、ライモに。
朝方、ライモはうっすらと意識を取り戻した。
なんとか起き上がり水を飲んだ。ジーモンは慎重に粥を食べさせた。三口ほど食べて、ライモはいらないと首を横に降った。
「ライモ。おまえ、何も悪くはない。おまえにひどいをことをしたやつら、カナリアを殺した奴らを私たち大人が裁く。ニコルスたちは終身刑にするとクイナは誓ってくれた」
ジーモンは慎重に言った。
「僕は悪いよ、ジーモンさん。カナリアを殺した一人、階段の下にいた男。あいつ、僕が突き飛ばした。死んでただろう」
とても、ライモが話しているように思えなかった。
声が変わってしまっていたからだ。痛みで叫んで喉が壊れてしまっのか、優しい高い声でなく、低い声になっていた。
物の言い方はも、つっけんどうになっていた。
「いや。重症だが、生きていた」
「死ねばよかったのに。一人殺した、と思ったらせいせいしたのに。なんで死んでないんだよ!」
ライモが叫んで頭をベッドの柵に頭を打ち付けて、暴れた。ジーモンは抱きついて、彼の口の手首を噛ませた。舌をかもうとしたからだ。
「離せっ! 嫌だ、もう嫌なんだっ。死にたい、死にたい」
ライモはジーモンの腕の中で暴れながら、叫んだ。ジーモンの手首から血が流れた。ひっかかれ、噛みつかれて、蹴られてもジーモンはきつくライモを抱きしめた。




