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第二十話 すべてを失って

※注意書き

 性暴力のシーンがあります。トラウマをお持ちの方はお気をつけください。なお描写は最小限にしています。性暴力被害者の苦しみ理解のために書きました。この話をスキップしても続きがわかるように、二十一話であらすじを入れます。必ず救済します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ライモは大学への進級試験を理由に、宮廷道化師を一年間、休職することにした。ジーモンがライモを朝から夕方までの塾に転入させてくれることになった。

 勉強に明け暮れたい。

 ライモは新しい塾で友達を作らなかった。


 もう誰とも関わり合いたくない。

 レイサンダーからの手紙がたまにポストに入っているけれど、返事を書く気になれなかった。行けなかった祭りの日のことをよっぽどライモから知りたいのか、何通も手紙は届いた。


 たまに家にも尋ねてきたが、ライモは出なかった。

 

 あの日のことは、何も話したくない。

 急に無口になったことを心配して、ジーモンが何度も話し合おうとしてきたが拒否した。ジーモンに呼ばれてきたらしいクイナにもそっけなく対応した。


 心を開くまで我慢強く待とう、と二人が話し合っているのを聞くと申し訳なく思う。開く気などないから。


 ライモは休みの日はサーカスに顔を出して、時々ステージにも上がった。ニコルスはライモが来ると、とても嬉しそうにして多めの出演料をくれた。ライモはそれを貯金してジーモンから独り立ちするための資金と計画していた。大学に入学が決まったら一人暮らしをする。


「最近、うちは個人客への曲芸サービスも始めたんだ。結婚式とか、宴会とかそういうところに出張してもらう。どうしてもおまえに来て欲しいと言っている個人客がいるんだ、外国の貴人でかなり高くおまえを買ってくれるそうなんだが」


「行きます」


 ライモは即答した。早くジーモンの家から出たかったからだ。


「そうか。では今日の夜、カナリアと行ってくれ」


「わかりました」


 ライモはカナリアと、稽古場の片隅で軽い食事をすませて、ニコルス団長の迎えを待った。カナリアはまだ十三歳でとてもあどけなく、人懐っこい。


「伝説の魔術道化師さんとお仕事なんて、ワクワクするなぁ。ライモさんの魔法で私を妖精さんにして、ライモさんは天使になるの。それで一緒に踊るの」


 カナリアが弾んだ声で言う。


「どうして僕は天使なの? 妖精さんじゃないの?」


「だって、ライモさんは聖書の中の天使さんみたいにきれいだもの。妖精の羽根より天使の翼が似合うお人だからよ。でね、私は花の妖精さん。お花をいっぱい出してね、いっぱいっぱい、お花を」


 カナリアの純真な明るさに、ライモは久しぶりにくつろいだ笑い声をもらした。


「さぁ、来てくれ。お客さんの家に行くよ」


 ライモとカナリアはニコルス団長と馬車で街外れの屋敷に連れて行かれた。遠い場所だったので途中でカナリアはライモによりかかって居眠りをしてしまった。あどけない寝顔がかわいくて、起こすのがかわいそうなぐらいだ。


「来ましたよ、さあ、どうぞ」


 ニコルス団長がドアを開けて、ライモとカナリアは屋敷の中に入った。空気が冷たかった。

 背後でドアが閉まり、鍵のかかる音がした。


――――――――――――――――


 三人の男たちが廊下から出てきて、ライモとカナリアを囲んだ。何か嫌な予感で首筋がひりっとした。それは気配ではなかった。いつの間にか後ろにいた男に首に針のようなものを刺され、ライモは膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。


「やだ、痛い! 痛い、痛いよ放して!」


 泣き叫ぶカナリアを三人の男たちが抱え上げて、階段を上がっていく。ライモも何者かに担ぎ上げられた。遠のきそうになる意識をなんとかつかんで、喉の奥を震わせる。

 

 ベッドの上に落とされて、男が覆いかぶさってきた。

 目をぎらつかせた若い男は荒い呼吸をしている。片手で首を締めしめながら、衣服を剥ぎ取る。


「い、いやだ」


 なんとか声を出すが、首筋からひどい痺れが指先まで走って、抵抗できない。汗ばんだ手が裸体に触ってくる、執拗で気持ちの悪い手つきに吐き気がする。性器に触られたときにライモは泣き出した。男はやめてくれなかった。


「いやだ、いやだ」


 震える声を出すと、さらに男の手は荒々しくなる。ただ大きく口を開けて泣くことしかできなかった。体をひどく叩かれて、ベッドに四つん這いの姿勢にさせられた。体が引き裂かれる痛みがして、ライモは声なき叫び声をあげた。頭をおさえつけられ、苦しみと痛みで息ができなくなり気絶した。


 目覚めると体中べとべとしていて、血が出ていた。男はもういなかった。少し体に力が戻っていて、震えながら起き上がる。ベッドシーツを引き剥がして体に巻きつけ、ライモは嗚咽をあげた。


 騙されたんだ。


 体中が気持ちが悪い。なんでこんなことをされてしまったんだ。やられたことを言葉にできない、したくない。とにかくここから離れたい。


 痺れがようやくおさまって、ライモは足をひきずりながら起き上がった。そうだ、カナリアはどうなってしまったんだ。


 向かい側のドアは開きっぱなしだった。


 全裸のカナリアが、首をつっていた。

 白い股の間から血が流れて、床に血溜まりができている。


「しまった、ベルト忘れちまった」


 中年の男が階段を上がってきた。ライモは男が上がってくると、突き飛ばした。派手に落ちて、男の頭が割れて血溜まりができた。

 ライモはそれを、遠い場所から見ている気がした。


 それからの騒動を、ライモは記憶していない。


 痛くて、つめたかった。


         ※


 階段下に頭から血を流した男、二階では少女が首を吊っており、意識不明の少年がいる。その通報が入ったとき、ちょうど用事でジーモンは騎士団にいた。事件現場近くでニコルスが職務質問されている最中であること、少年の特徴がライモに似ていることから、まさかと思いジーモンは現場に馬を走らせた。


 少年がライモだと知ったとき、ジーモンは愕然とした。


 抱きかかえて病院に連れて行き診察を受けると、ライモは強姦されていた可能性があると言われた。

 

 しかも、魔力封じの針が首に刺さっている。これを緊急に取り除かないと魔術を使えなくなるが、魔術師専門の医者でなければできないと言われた。

 ジーモンはすぐにクイナを連れてきた。


「こんな子供になんてことを! すぐに手術する、必ず助けるからな、ライモ。大丈夫だ、ジーモン。俺はライモを助ける」


 クイナはそう約束して、ライモを抱きかかえ手術室に連れて行った。ひどく苦しそうな、横顔。シーツから出た白く細い足首。

 なぜだ、どうしてこんなことに。


「ああああああぁぁあ!」


 ジーモンは病院の壁に額をつけて絶叫し、泣いた。

このシーンはとてもとても書くのが辛かったです。

ではなぜ、書いたのか。

日本のレイプ、性被害が多く、被害者はどれだけ辛いか理解者が辛いか描きたかったからです。

この話を書いたと、ぐったりしていると、ガタツと音がしました。

シンクにあった皿が割れてました。

皿の上に何か落ちなど、なんにもしてないです。


わたしは、これが罰だと思いました。

性被害がなくなりますように、どうか

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