第十六話 晴れやかな祝祭
王女の誕生祭は朝の九時から始まる。
世界樹の枝を色とりどりの短冊で飾って、広場にはさまざまな露店が出て、楽団が楽しい音楽を演奏して人々が踊る。
夜は魔法の光が世界樹に集まって、しっとりした音楽が流れて恋人たちがダンスをする。夜にダンスをする相手は最愛の人というお祭りのお約束だ。
市場には天使や太陽、ひまわりの花など夏に合うアイシングクッキーや、丸くて大きいイチゴのケーキ、ローストチキンなどのご馳走が並ぶ。
アイラが楽しみなのは、お祭りの露店の食べ歩き、そしてライモと観る夜のサーカス。サーカスを観終わったら、月夜の下で彼と踊りたい。
アイラは、自分の誕生祭で行われることを、侍女やメイド、ライモから聞き出してすべて知っているのに、主役の本人はそれを城から眺めるだけだった。
城では祝宴が行われる。他国の王族が国交のために挨拶にしにくるのをずっと眺めているだけ、たくさんの人に儀礼的に祝われるだけ、ちっとも面白くない。
「本当にいいの? とてもつまらないよ。居眠りしたくなると思う」
アイラはノラが連れてきた「身代わり」となってくれる女の子に忠告した。
「いいんだ、それで。いろんな国の王様やら皇后やら王子王女が見たいんだ。それが私の仕事でもある。王族記録、それが私の仕事だから。むしろこの機会を与えてくれて、ありがたい」
身代わりになっくれる子が淡々と答える。
アイラに瓜二つのサニーは少女の姿をしているが、年をとるのがゆるやかな魔術師の家系で五十年は生きているという。
「ほんとあなたには感謝するわ。だって念願のデート、お誕生日デートだもん!」
アイラは鏡の前で、ワンピース姿の自分を見てにっこり笑う。
真っ赤なワンピース。えりはレースで、ふんわりと丸い半袖、下に履いたパニエでふっくらと広がっている膝下のスカート
白い靴下にエナメルの赤い靴。
ノラに切ってもらった肩までの髪はハーフアップに結んで、赤いリボンを結んだ。
「とてもかわいいわ。ちょっと、こっちを向いてね」
ノラがあごに手を添えて、口紅を塗ってくれた。
アイラの唇は、ほんのり赤く染まる。
「ありがとう、ノラ。じゃあ、行ってくる!」
「待って、お城を出るまではボンネットで顔を隠してね」
ノラにボンネットをつけてもらい、アイラは部屋を飛び出た。
「わあ、かわいい。やっぱり赤色、似合うね」
「うん。かわいい」
リディアとエルサがほめてくれた。
リディアは純白のレースが美しいドレスで天使のよう、エルサは白の半袖シャツに青いネクタイ、タックのしっかりついたグレーのスラックスは足の長い彼女に良く似合っている。
「私は王女じゃなくて、二人のお友達ですぅからぁねぇ~」
アイラ小さく歌うように言って、リディアとエルサのあとをついていく。身代わりの偽王女の身支度に忙しく、侍女もメイドも誰もアイラを見ない。
「あれ、レイサンダーは?」
城の扉の前で落ち合うはずだったレイサンダーがいない。
「それが、風邪だって。急に熱が出たってさ。まあ護衛は二人で大丈夫だけど。あの子、すっごく楽しみにしてたから、めちゃくちゃ残念がってた」
リディアが肩をすくめて答える。
お祭りの日に夏風邪とは、気の毒だ。
やすやすと大階段まできた。
走りたい!
体中の血が騒ぐのをぐっとこらえて、アイラは一歩一歩、大階段を降りる。
「おや、リディア嬢とエルサ騎士。ごきげんよう。お祭りを楽しんできてください」
視線の下に、ジーモンがいた。足を止めてこっちを見てる。
怖い。
鋭い目つきに鉤鼻、喋っていてもほとんど動かない口、冷徹な顔立ち。よくこんな怖い顔の人と一緒に暮らしているな、ライモは。
アイラはボンネットをさらに深くかぶって、目をそらす。
「ど、どどどと、どうも、どうも」
リディアがどもって言いながら、何度も頭を下げて、一段飛ばして階段を降りて走って行ってしまった。待ってよ、と思いながらアイラは足が動かない。ひざが震えている。
「あなたはこの日をさぞ楽しみになさっていたでしょう。安心して楽しんできてください」
すれ違うとき、ジーモンがぼそっと言った。
「どうぞ、手を。ゆっくり降りなよ」
エルサが手を差し伸べてくれて、アイラはなんとか階段を降りることができた。ずいぶんとジーモンは思わせぶりなことを言ってきたな。
門番が扉を開く。
眩しい光にアイラは目がくらんだ。エルサに手を引かれて橋をわたり、外に出た。
アイラはボンネットを急いで外して、太陽を見る。
私は地に足をつけて太陽を見上げている。
私の誕生日はいつも晴れだ。
この日を待っていた、産まれる前からこの日を待ち焦がれていた。
世界樹の木陰を見る。ライモがいた 。
アイラは走った。
全身をぶつけて、彼を抱きしめる。お日様と樹木の匂い、ライモのあったかい体温。
幸せって、これなんだ、とアイラは十五歳で確信した。
「お誕生日、おめでとうございます」
ライモはアイラの背中を抱いた手をぱっと離して、両手をあげた姿勢で言った。ライモは耳まで赤くしてる。
「ちゃんと、顔見て言ってよ。あと、今日は丁寧な言葉使いは禁止。アイラって呼んでよ。だってデートだよ?」
「わ、わかったから! いったん離れて、恥ずかしいよ」
「何よー、私に抱きつかれるのが恥ずかしいの?」
アイラはむすっとふくれた。
「だって人がたくさんいるし、見られてると恥ずかしい。アイラ、今日を夜まで楽しみたいならあんまり目立つことしちゃダメだよ。君の顔を知ってる貴族とすれ違うかもだし」
「別に見られても恥ずかしくなーい。それに貴族は今ごろ、私のお誕生日祝いで続々と来る王族に媚び売るのに必死でしょう。アイラって名前の女の子で、金髪の子なんていくらでもいるもの」
「それはそうだけど…………だから、ちょっと離れてよ。さっきからずーっとこっちに体重かけてるよ、僕そろそろ倒れそう」
「はぁー!? 何それ、私が重いってこと!?」
ライモがこっちを見つめる。瞳をぷるぷる震わせている。
「お、もい」ライモがいう。「重いよ! すっごく楽しみで来たけど、君に今日何かあったらとか考えて疲れたよ! 君ってばすぐ暴走しそうだし何するかわかんないし。デートってこんな気を遣うなんて思わなかったよ! い、いきなり抱きつくのはだめです!」
「はぁ? それって私のこと子供扱いじゃない! 私だってね、ちゃんと身の程はわかってるの。でも、外に出た嬉しさとあなたが今日はとっても素敵だから抱きついてしまったの!」
「はぁ、君ってほんとわかってない。言っておきますけど、お城から初めて出た子は幼児と一緒です。目が離せなくて大変でーす」
「なんですって!? 私はね、望遠鏡や地図を見て新聞や雑誌を読みまくってこの国のことはあんたより知ってるかもね! あなたおしゃれなカフェと知らないでしょう。私、知ってるから」
「それって見聞きしたことだけでしょ。実際は違うことたくさんありますー」
「もうっなにっそのバカにした話し方、あーもー!」
「君こそちゃんと話を聞いてよ、いつまで肩つかんでるの、痛い!」
アイラとライモは初デートの出会い頭で、初めてのケンカをした。
「あああ、ジーモン様が話しかけて下さったのに、私ったら気の利いた一言も返せなかったあああ」
リディアはずっとエルサに抱きついて泣いている。
だめだ、これは、ノラ、助けて。
エルサは城を見上げてため息を吐いた。




