第十五話 恋は大変
「あなたがアイラに書いた手紙を勝手に読んで、ごめんなさいね。優しくてユーモアもあって、良い手紙でした。あなたはアイラにとって必要な人であることを忘れないでね」
ノラにそう言われて、ライモは照れた。最近はすぐ顔が赤くなってしまうのが恥ずかしい。いつもの時間に塾へ行くと、いきなりテストが始まったのでライモはあせった。アイラに仮面を外されたショックで復習を忘れていた。
塾が終わると、レイサンダーが机に駆け寄ってきて、早く帰ろう急かしてきた、リディアから「アイラ王女お誕生日計画」をすでに聞いているレイサンダーは浮かれている。
「僕の部屋で話そう」
ライモはレイサンダーを落ち着かせ、家に帰った。
「おかえり。レイサンダーも一緒か。ちょうどよかった、シチューを作りすぎたんだ。一緒に食おう」
キッチンにはジーモンではなく、クイナがエプロンをつけて大きな鍋をかき混ぜていた。クイナは今までこの家に暮らしていたように自然でエプロンが似合う。
「どうしてクイナさんがここに?」
「ジーモンは仕事で遅くなるそうだ。夜に子供を一人で置いておけないだろ」
クイナが言いながら、皿にこぼれそうなほどシチューをよそった。
「ん? 夏にシチューは変だったか?」
クイナが言いながら食卓につく。
ライモもレイサンダーも席についた。
二人で顔を見合わせながら、お腹が空いていたので、目の前に出されたシチューを食べる。とろとろに煮込んだ野菜と柔らかい鶏肉が美味しい。
「あの、クイナさんってジーモンさんと仲いいんですか?」
ライモが尋ねると、クイナは不思議そうな顔をして逡巡する顔になり、ああ、と呟く。
「そうか。ジーモンはまだ言ってなかったか。俺とジーモンは長い付き合いだ。そうだ、ライモ。おまえ、王女の誕生祭の予定は?」
クイナに尋ねられて、ライモは目を泳がせる。
「ええええ、と。あの、レイサンダーとリディアとエルサと、それからあの、女の子の友達とお祭りに行きます」
横でレイサンダーが何度もうなずく。
「そうか、楽しそうでいいな。俺とジーモンは誕生祭はこの家で酒呑んで飯作って過ごす予定だ。エルサがいれば夜遅くなっても安心だ、ゆっくりしてこい」
そう言って微笑んだクイナは、すごく幸せそうに見えた。
「間違っていたらごめんなさい。もしかしてクイナさんとジーモン宰相ってお付き合いされていらっしゃるの?」
レイサンダーの質問にライモは目を丸くした。
「ああ、そうだ。まだ言ってなかったな。隠している訳ではなく、お互いに恋人の話はしないからなぁ。もう長い付き合いだ」
少し照れ臭そうにクイナが言う。
ライモの頭の中はぐるぐるした。
「あらぁ、やっぱり。素敵だわ。ライモ、あんた気を利かせて誕生祭は遅くに帰ってくるのよ」
レイサンダーが嬉しそうに言って、小さく手を叩く。
「あの人、恋愛とかするんだ…………」
「私だって人間だからな」
「うわあ!」
真後ろでジーモンの声がして、ライモは叫んで立ち上がった。
「おかえり、ジーモン。シチューできてるぞ」
「ありがとう。クイナのシチューは美味いから嬉しい」
ジーモンが、鍋の前に立ったクイナの腰に自然と手を回す。ライモはレイサンダーに小突かれた。
「ごちそうさまでした!」
ライモとレイサンダーは声を合わせて言い、階段をかけ上がった。ライモはベッドに飛び込む。
「大人のカップルって素敵ねぇ。一緒にいるだけで愛と信頼を感じられる二人って尊いわぁ」
レイサンダーがうっとりとして言う。
「もう一緒に暮らして二年なのに恋人いる気配なんかしなかったら、本当にびっくりした。大人の恋愛ってすごい」
ライモは呟き、アイラのお願い「デート」の言葉を思い出してじたばたとベッドで暴れた。
「どうしよう! どうすればいいんだろ…………レイサンダー、アイラ王女を城から連れ出すのも大変なことなのに、デートの相手が僕ってどういうこと!? もっとみんな止めてくれてもいいのに!」
「止める理由なんてないもの。王女の誕生日だし、二人が好き同士なのはみんな知ってるのよ。ノラさんがなんとかしてくれるし、いいんじゃない?」
それを聞いて、ライモはベッドにもぐりこんで丸くなった。
レイサンダーに布団を引っ張られて、ライモはベッドがガタガタ音を立てるほど暴れた。
「ばか! ばかばか! ち、が、…………」
違う、と言えない。
「好きだけど、でもダメじゃん!」
ライモはベッドの上に立って、叫んだ。
「うるさいわね。あんた情緒不安すぎよ、しっかりしなさい」
「無理、ああ無理だ」
「あと三週間よ。王女の誕生祭。それまでに、ちゃんと王女をエスコートしてあげなさいよ。あたしたちはあくまで護衛だから、手助けはしないわよ」
「厳しいなぁ、友達だろぅ、助けてよぅ」
ライモはレイサンダーの肩にあごを乗せていった。
「甘えてんじゃないよ。しっかりしなさい」
ライモはレイサンダーに額を叩かれた。
「だって。アイラ王女の初デートが僕なんかでいいの? 僕はしょせんは道化師なんだよ。身分の差がありすぎる」
「あんたってほんとにバカね。愛は身分を超える。あんたはアイラ王女が好きなんでしょう。将来のことなんてわかんない、でも、今二人が好き同士で一緒にいたい気持ちが何より大事でしょう」
レイサンダーはライモの肩を叩いて、真剣な目をして言った。
初めて見た時からアイラが好きだった、宮廷道化師の試験の日、天井で見た逆さまのアイラが目に焼き付いている。自分とまったく違う身分なのに、惹かれあっていた。
「ありがとう、レイサンダー。そうだよね、誕生祭を二人で楽しばいいんだよね」
「そうよ。じゃあ、あたしは帰るから。また詳しい計画をみんなで話し合いましょう」
「うん」
ちょうどクイナも帰るところで、レイサンダーを家まで送ると申し出た。二人を見送ったあと、ライモはジーモンに向き合った。明日は休みだ、夜ふかしをしてもいいだろう。
「ジーモンさん。教えて欲しいことがあるんです。本当に好きな人ができたとき、どうすればいいんですか? 誕生祭、初めてのデートなんです」
ライモが言うと、ジーモンがニヤッと笑った。
「いいだろう、教えてやろう。最近、様子がおかしいと思ったら、恋をしていたのだな。はっはっははははは。これだから子供を育てるのはおもしろい」
ライモがうつらうつらするまで、ジーモンは愛について語った。
相手の様子を見て発言する行動する、手を繋ぐときは手を繋いでいいかちゃんと尋ねる、むやみに体に触らない。相手の話をちゃんと聞く、好きという気持ちで焦らない。
十五歳はキスまで、ということを三回言われた。
午後すぎに起きたライモの顔はむくんでいた。
ジーモンは出掛けていて、台所でぼんやりしているとレイサンダーとリディアがやってきた。
「デートの服を買いに行くわよ」
そう言われて外に引っ張り出された。ライモは服装に無頓着だ。十二歳の頃からシャツとズボン、サスペンダー。衣服は一式、いつも行く店で買っている。
リディアとレイサンダーに連れて行かれたのは、若者が集まるおしゃれな街だ。どうやって着るんだろう、という不思議な服が店先に並んでいる。
「このチェックのシャツ、いいんじゃない?」
「無地にネクタイでもいい」
「瞳の色と服の色を合わせるとか」
「ズボンは黒でいいか」
「スカーフもいいかもしれない。大人っぽく」
ライモはリディアとレイサンダーに、何度も着せ替えられた。
「うん、これにしよう」
二人がようやく納得してくれたのは、白の半袖シャツに赤チェックの小さなスカーフ、麻布の茶色のズボン。
やっと決まった帰れると思ったら、理容店に連れて行かれて髪も整えられた。
髪型と服装が変わるだけで印象は変わる。
「ありがとう。リディア、レイサンダー」
ライモはデートの準備を手伝ってくれた二人に感謝した。




