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第十四話 輝く愛を忘れずに

 ノラは娼婦の子として生まれ、性風俗の中で育った。母は零落した貴族の娘で、ノラに教養と愛情をたっぷりくれて、病気で死んだ。ノラは十五歳で娼婦になった。母譲りの美貌と話し上手なことからたちまち人気娼婦となり、下町の娼館から高級娼婦に出世した。


 ノラは多くの男を虜にしたが、男を愛することはなかった。


 ノラは娼婦たちを愛した。酷い客に遭った娼婦を豊満な胸で抱いて慰めた。女たちの優美な体と柔らかい肌と、その体に宿る強い魂を愛撫すること。それがノラにとっての喜びだった。


 高級娼婦の頂点に立ち、悪い客は追い出して愛する女たちを守る、ノラは娼婦界の女王だった。


 ノラが特別に愛したのは、ダイアナだった。


 細い体の中に深い海があった。大きな子鹿のような瞳で、すべて真正面から見つめていた。彼女が立っているのを見ているだけで、その儚さに惹き付けられ、抱きしめておかないといけない気になる。


 ノラが抱き締めると、ダイアナはすんなりと身を任せて、腕の中でたくさん話してくれた。それはノラが読んであげた本の内容の続きで、原作を超えてしまうほど面白かった。


 ノラはダイアナに作家の才能を見出したが「あたしなんて」とダイアナは否定した。


 ダイアナが妊娠した。誰が父親かわからないけれど、この子を産んで育てると彼女は決意した。妊娠した娼婦は働けない間、酷い扱いを受けて、時には捨てられる。

 ノラはダイアナの分まで働き、ダイアナが安心して出産できる環境を娼館に整えた。


 ノラ以外の娼婦もダイアナの妊娠を喜び「みんなで育てましょう」と約束していた。


 娼館のオーナーが妊娠中のダイアナに客を取らせた。

 妊婦と性交することを望んた客が、高値でダイアナを買った。


 ダイアナは切迫早産の末、子供を流産した。


 たくさんのリボンがダイアナの死体の下に、散らばっていた。ダイアナが好きだったリボン。サテンにコットンにオーガンジー、ピンクと水色、赤色にオレンジ、グレーに青。


 ダイアナは首を吊って自殺した。


 そこまで話して、ノラはハンカチで顔を覆った。

 アイラはノラの肩を優しくなでた。

 性愛はよくわからない、本で読んだことしかない。


 ノラの娼婦という仕事も、良いとは思えないけど、彼女は娼館では輝いていたのだ、たくさん愛したのだ。娼婦はふしだらだと言われているが、そうではない。

 体を張っている女たちを卑しいとは言えない。


「すべてを失ったと思ったわ。ダイアナは私のすべてだったもの。私はオーナーを許せなかった。性行為で体に負担がかかる妊婦を買った男も。ひどい扱いを受けて死んだ娼婦たちを何人も見てきた、もう、うんざりで変えたかった、何もかも。そのとき、夫サイモンと出会ったの。彼はとても純粋な青年で、いつも私とワインを飲んで話すだけ。手すら握らない清い関係で。プロポーズされて、娼婦と伯爵家の息子が結婚なんてできないと思った、でも彼は私の身分を隠してうまく結婚までこぎつけたのよ。今や夫は貴族院の議員よ」


 ノラが微笑む。彼女は左目に涙ぼくろがあって、笑った時にそれがピカっと光る気がした。性悪女、と言ってしまったノラから大人の女性の魅力を見る。


「今でも私はお忍びで、娼婦たちが安全に生活しているか見に行くの。そのとき、娼婦を助けているフェミニズム協会を知って、即入会したわ。そして驚いたことに、王女様までメンバーなんてね! 私はアイラ王女に自分を知ってほしくて、意地悪をしたの。アイラ王女にかまれて、なんて強い子なんだろう、私に従うぐらいなら犬になるなんて。勇ましさに惚れ惚れしたわ。夫のことは人として愛しているわ、でも伯爵家の妻になって本当によかったのは、アイラ王女に近づけたことよ」


「私もよ、ノラ!」


 アイラはノラに抱きついた。驚くほどノラの体は柔らかくて、ふにゅふにゅになってしまう。とてもよい匂いがする、あったかい。


「あらまあ、嬉しい」


「私のこと、アイラって呼んで。ノラ、あなたは私の教育係なのね。もうガード夫人にはうんざりだったから嬉しい。もうすぐ私の十五歳のお誕生日だけど、あなたがとびっきりのお誕生日プレゼントだ!」


 アイラはノラの膝に座り、べったりと甘えた。

 お母さんに抱きつくのって、こんな感じなのかな。


「あらあら、嬉しいわ。アイラ、可愛くて強いアイラ」


 ノラがアイラの背中をなでる。


「そうだ、もうすぐアイラの誕生だ。生誕祭、どうするの。アイラ、何かやりたいことは? ちょっと、ライモ、いつまで泣いているの。鼻水垂らして」


 リディアが言う。ライモはノラの話を聞いている最中、ずっと泣いていて、まだ涙が止まらないようだ。


「それについてだけど、私にいい案があるの。アイラ王女、ライモ君たちとサーカスを見にいくのはどう?」


 ノラが提案すると、ライモがハンカチで盛大に鼻をかんでリディアに睨まれた。


「え、でも。それって難しいですよね」


 ライモが鼻声で言った。


「行きたい! 私、もう十五歳なんだから外に出たいよ! サーカスに行きたい。お願い、私何かいい案を考えるからライモ、私を城から連れ出してよ」


 アイラはノラの膝から降りて、ライモの手を握る。ライモの手はとても熱い。


「鼻かんだ奴の手を触ると汚いぞ」


 エルサが冷静に注意する。


「私に名案があります。アイラに背格好も顔もそっくりな子がいて、その子がアイラの代わりをすると言ってくれているわ。アイラはお化粧して顔を変えて、庶民の服を着てお城を出ればいいのよ。どうかしら、リディア、エルサ、ライモ。みんなでお城に閉じ込められているかわいそうな王女様に、自由を体験させたくない?」


 ノラがにんまりと笑い、唇に人差し指を立てる。


「みんなで秘密のお誕生日祝い、どう?」


 魅惑的な微笑みに、みんなが魅了された。


「面白いな。私が王女を守る」


  エルサが笑顔で言う。


「いいじゃない、やりましょう。レイサンダーっていうライモの友達で、クィアの騎士も護衛につけましょう。お祭りだから人が賑わっているから。それに、私も背後はバッチリ守るわよ。ライモ、あんた、できるよね?」


「もちろん! アイラ王女にはサーカスを見て欲しい。最近、カナリアっていう歌とダンスが上手な女の子が人気らしいよ。誕生祭でみんな浮かれている時だからこそ、紛れ込みやすい」


 ライモは目を光らせて、広角をクッとあげるジーモンそっくりの笑み浮かべた。


「嬉しい! こんなに誕生日が楽しみなのって、生まれて初めてだよ。みんな、ありがとう!」


「うん。アイラ王女はかわいいな」


 珍しく、エルサが甘く笑った。


「ライモ。私ね、あなたとデートするの楽しみだから」


 アイラがいうと、ライモとリディアが同時に立ち上がった。


「デートって意味、知ってる!?」


 二人が同時に言った。ライモは顔を真っ赤にして、リディアは怒りの形相で。


「あらまあ」


「やれやれ」


 ノラとエルサは顔を見合わせて笑った。       

 

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