第十三話 女の生き方
ライモはエルサと共に城へいく。
体のだるさも恥ずかしさも消えた、アイラが困っているのにじっとしていられない。まずはライモはエドワード王に執務室で会って、事情を聞いた。
「アリス・ガード夫人からアイラが手におえないと相談されたんだ。それでガード夫人の勧めで、ノラ・シェーン夫人に教育係になってもらった。私は最近はアイラのことが理解できなくてな、女の子とは難しいものだ。アイラも、もう少し女の子らしくなってもらわないと…………」
エドワード王が書類にサインをしながら言った。
横に立っているエルサから、ひりついた気配を感じる。
「ノラ・シェーン夫人はどんな人物なのですか?」
ライモはなんとか冷静さを保って、言った。
「最近、シェーン伯爵家の長男と結婚されたばかりだが、すでに貴族の社交界の花だそうだ。高い教養を持った夫人で、とても淑やかな方だよ。私は信頼できると思うが」
「ですが、アイラ王女の部屋を勝手に模様替えしたり、個人情報の手紙を読むのはひどいです」
ライモはエルサを見てから、王に言った。エルサが言いたくても言えないことを代弁しなくてはならない、と感じた。
「たしかにそうだが…………ノラ・シェーン夫人いわく、アイラはフェミニズム協会に関わりを持っているらしく、私は心配なのだ。フェミニズムという新しい協会の思想は、なかなかに過激と聞いている…………」
「フェミニズム協会は悪くないです! 女性参政権、女性の権利問題について陛下は考えていらっしゃらない。ノラ・シェーン夫人に僕は直々に抗議に行きます」
ライモはエドワード王をとがめて、背中を向けた。
廊下でジーモンとすれ違った、目配せをしたジーモンはニヤッとしていた。
アイラの部屋の前は荒れていた。机やドレス、本が散乱している。アイラは廊下に座り込んでいた。その隣で、女性が椅子に座ってお茶を飲んでいる。
リディアが腕を組んで、仁王立ちしていた。ライモとエルサが近づいても彼女は気づかず、女性を睨みつけている。
「リディア、少しは休め」
エルサが声をかけても、リディアはびくともしない。
「あなたが、ノラ・シェーン夫人ですか。僕は宮廷道化師のライモです」
ライモが女性に声をかけると、微笑んだ。垂れ目に色艶の良い厚い唇、華やかな姿には社交界の花という言葉がぴったりだが、ライモは夫人の瞳の奥に意地悪さを見つけた。
「初めまして、ライモくん。あなたがサーカスにいた頃、見に行ったことがあるわ。さらに美しく育って、さぞかしお城でいろんな人にかわいがられていることでしょう。あなたが王女に書いた手紙、拝読いたしましたわ。あなたの人に媚びる才能と、その美貌があればもっと良い思いができるわよ」
ノラ・シェーン夫人が近づてきて、ライモの耳に唇を寄せた。
「宰相ジーモンと王、どちらにも愛玩されているんじゃなくて? 私があなただったら、そうするけど」
ノラの言葉にライモは羞恥と怒りを同時に感じて、軽くノラの肩を押し退けた。
「それは僕だけではなく、陛下とジーモンさんへの侮辱ですよ!」
ライモが怒っても、ノラは笑っている。
「ふふふ、ごめんなさい。あなた、十四歳にしては色気があるからもう『ご経験』がおありかと思ってしまったわ。将来有望なあなたなら、王女の役にも立つでしょう。その美貌と愛嬌で王女の慰みものとなる。社交界にもきて欲しいわ、あなたみたいな子が食べちゃいたい大人がとってもいるのよ」
ライモは怒りで震えることしか出来なかった。
ノラの言葉にいやらしさと、舐め回すような視線に耐えられない。
ノラの体が、前に倒れた。
アイラがノラの背中にのしかかり、髪を引っ張っている。ノラの髪についていた真珠が飛び散り、長い金色の髪がかき乱される。アイラは狂犬のように歯を剥いて、うなりながらノラの腕にかみついた。
リディアがしゃがみ、床に組み伏せられたノラのあごをつかんで上を向かせる。
「あんたは、言っていけないことを言った。未成年相手に性的なことを言うのは性犯罪よ。あんたがライモに言ったようなことを、私はさんざん兄から言われてきたの、許さない」
リディアがひんやりとして声で言った。
「陛下と宮廷道化師への侮辱だ。謝罪しろ」
エルサが剣を抜いて、ノラの首に当てた。
ノラは髪を乱され噛みつかれても、あざわらう表情のままだった。
「申し訳ございません。言い過ぎましたわ。私はまだ王宮の世界というものがよくわからず、言ってはいけないことの判断もつかないの」
ノラが目を伏せて悲しそうにいった。
「言い訳しないでください。僕は自分が言われたことも、アイラへの仕打ちも許しません。かみつかれて、ざまあみろ」
ライモは眉間に皺を寄せて言った。
「この性悪女!」
アイラはノラから離れたが、顔をしかめて言い放った。
「まあ、アイラ王女。言葉遣いが悪いですわね」
ノラは立ち上がり、髪をかき上げた。少しも反省していない様子だ。
「アイラ王女。ようやくみんながそろったので、教えてあげましょう。あなたの愛するお父様は、私を選んだのですよ。あなたがフェミニズム協会に関わって欲しくない。女の子らしくなって欲しいのよ」
ノラが言うと、アイラは一瞬だけ動揺したが、カッと目を見開いた。
「知ってるわよ! お父様は私がいくら説明しても女性の権利向上を理解しない。この国は男ばかりで政治やって、女は女らしく育児子育てをしろって、そういう国なの。だから私が変えてやるのよ!」
アイラは吼えた。
血管がたぎっている声だった。
ノラは髪を一つにまとめると、目つきを変えた。垂れ目でずっと笑っていた目が、アイラと同じ怒りの目となる。
「数々のご無礼、失礼いたしました。アイラ王女」
ノラがアイラの足元に額をつけて、土下座をした。
「私はフェミニズム協会の一員、そして元高級娼婦のノラです。無礼ながら私はあなたを試したのです。エドワード王の本音を引き出すためでもありました」
「どういうことなの?」
「詳しくお話します。まずは部屋を元通りにしましょう」
ノラが床の本を拾い始めた。ライモ魔術で机を運び、元の位置に戻した。そうして部屋が元通りになって、夕刻前の遅いティータイムに、ノラは語り始めた。
「私は同じ娼館で働いていた、女たちを愛していました。何人も女の恋人を作りました。彼女たちを私は愛していたのです」
ノラはそういって、そこに愛する人がいるかのように愛しそにティーカップの中を見つめた。
「その前に、まずは私が犯した人権侵害についてお話しします。まずはアイラ王女の部屋を勝手に変えて、大切なものをぞんざいに扱ったこと。アイラ王女とリディア嬢のフェミニズム思想を否定しやめるよう言ったこ、そしてライモくんに、あなたは性的なことでかわいがられている、と発言したこと。これらすべて人権侵害です。不快な思いをさせてしまってごめんなさい。でも、これから生きていくあなたたちに、人権侵害とは何かを教えたかったの」
ノラが手を膝において頭を下げて、ごめんなさい、と頭を下げる。
「理由はわかった。私がライモを呼びに行ったのは、アイラ王女がこうなったら、ライモしか止められないと思ったからだ。しかし、ライモ。ノラがあんたに言ったこと、嫌なことだったが覚えていてくれ。あんたが陛下に可愛がられているのに嫉妬して、下卑た考を持ってる奴はいる」
ライモはエルサに言われて、心当たりはあった。
貴族たちが自分のことを「ジーモンと王の二股をかけている小姓め」と言っているのを聞いたことがある。それが良くない意味であることはわかっていた。そんな悪口を言われないためにも、ライモは早く大人になりたい、宮廷道化師になりたいと努力している。
「女らしくあることを押し付けられることは人権侵害なのよ。生まれてきた性別で社会に生き方を押し付けられるなんてバカらしい。ライモ、意地悪されたら私に言いなさい! ジーモン様は子供に手を出す人じゃないってぇの!」
リディアが怒ってくれて、ライモは嬉しくて笑ってしまった。
「わかった。ノラ、かみついてごめんね」
「いいのですよ、アイラ王女」
「ノラ、あなたのことを聞かせて」
「はい、王女。私のことを話しましょう」




