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第十二話 レディは嫌だ

  太陽よりも早く目覚めてしまった。横で眠っているリディアの体温から離れる。アイラは重いカーテンを開けて、夜と朝の間を見つめる。


 夏のみずみずしい朝の匂いがする。

 ライモはまだ眠っているだろうか。夢を見ているだろうか、彼が私の夢を見てくれていたら、どんなにいいだろうか。

 アイラは妄想に耽った。


 朝になりメイドたちがやってきて、寝巻きからドレスに着替えさせられる。リディアに鏡台の前に座らされて髪を編まれ、ぐるりと頭に三つ編み巻き付けられ花の髪飾りをつけられる。


 朝の支度の時間は嫌いだ。一人で着れないような、背中にクルミボタンがたくさんついたドレス、歩きにくい小さな靴、長すぎる髪。

 アイラは父に朝の挨拶をして、朝食の席につく。


「お父様、私はライモと結婚するから」


 アイラは父エドワード王にはっきり言ってから、朝食のパンケーキをガツガツと食べた。


「ん? アイラ、なんて言った?」


 エドワード王は聞こえなかったようだ。

 アリス・ガード夫人が持ってい銀のトレイからポットもカップも滑り落として、粉々に割ってしまった。


「アイラ王女は何もおっしゃっていません!」


 ガード夫人が叫んで、使用人たちは目配せをして割れ物を無言で片付けた。


「ガード夫人、大丈夫ですか? お怪我はありませんでしたか。顔色が悪いですよ、今日は休まれた方が…………」


「陛下、わたくしは休んでいる場合ではありません」


 ガード夫人はエドワード王の気遣いに首を激しく横に振って、食堂から出て行った。


 アイラが自室に戻ると、メイドたちが勝手に部屋の模様替えをしていた。机ごと廊下に出され、代わりに三面鏡の鏡台が置かれ、クローゼットの中からお気に入りのシンプルなドレスはすべて出され、レースとフリルにリボンがたっぷりついたドレスが代わりにひしめいている。


 鏡台にライモからの手紙、フェミニズム協会からの手紙が並べられている。アイラは悲鳴をあげて、これらをかき集めて胸に抱きしめた。これだけは奪われたくない。


「ひどいじゃない! 私はこんなの嫌よ!」


 アイラは叫び、廊下に出された机を押して部屋に戻そうとするが、重くてびくともしない。


「こんなに本を読んで何になるっていうのかしら。あなたは王女様でしょう」


 ねっとりとした声が言って、机に積まれた本を床に放り投げた。金色の髪を高く盛り上げてパールで飾り、コルセットで豊満な胸を大胆に見せつけた、華やかな女が立っている。知らない女だ。


「ご機嫌よう、私の名前はノラ。夫は伯爵のサイモン・シェーン。今日から私があなたの教育係です。あなたを素敵なレディにしてさしあげます」


 ノラがアイラの額をそっと撫でた。垂れた目にぽってりとした唇、柔らかそうな頬を化粧で紅色に染めている。


「やめて、レディになんかなりたくない。部屋の模様替えはあなたがやらせたの?」


「ええ、そうですわ」


「この手紙を読んだ?」


 アイラはノラに手紙を見せつけた。


「ええ、失礼ながらあなたの教育のために読ませていただきましたわ」


 ふふふ、ノラが笑う。


「何がおかしいの?」


「王女、男なんてものはみんな手紙には良いことを書くものですわ。坊やの手紙から必死にあなたに好かれたい気持ちが伝わってきました。アイラ王女はすっかりお熱をあげてらっしゃるのね、かわいそうに。宮廷道化師の坊やが好きなのは、あなたではない。王女というあなたのご身分よ」


 ノラが耳元でいう。アイラの振り上げた手は、ノラが扇で制した。


「フェミニズム協会が欲しいのも、あなたのご身分ですわ。フェミニズムなんて馬鹿らしいこと、女の成功とは、金持ちの男をモノにして子供を産むことですのよ。女性参政権? 男と同じ地位が欲しい? お馬鹿さんたち、女の享楽にありつけないとは哀れね」


「嫌い! あんたなんか大っ嫌いよ!」


 アイラは叫んだ。

 にっこりと、ノラは色っぽく笑う。


「アイラ!」


 リディアが走ってきた。


「どういうこと、私を侍女から外すなんて! シェーン伯爵夫人、こんな横暴が許されると思っているの!」


 リディアの怒鳴り声にも、ノラは笑っている。


「お嬢さん二人では、ただ夢物語を語るだけ。アイラ王女、今日からはノラがずっと傍にいてあげますからね。私の愛情を知れば宮廷道化師の坊やも、女性権威なんて妄想を語るお嬢さんもいらないでしょう。母親の愛情を教えてあげますわ」


 ノラがアイラを抱きしめた。

 アイラはノラの手首に噛み付く。


「あんたと同じ空気も吸いたくない、王女でもなんでもない、犬になった方がマシよ」


 アイラは床に座りこむ。

 ノラが広げた扇で顔を隠し、身をよじって笑い転げた。  


 ※


「ライモ! 遅れるぞ!」


 ジーモンがドアを開けて入ってくる、ライモは重いまぶたを開けて起きあがろうとするが、頭が痛くてすぐベッドに戻った。

 体の節々が痛くて吐く息が熱い。


「だめです、熱が出ました。知恵熱です」


 ライモが言うと、ジーモンが額に手を当ててきた。


「病院に行くぞ」


「行きません、知恵熱です。今日は僕は誰にも顔を見せません」


 ライモは布団で顔を隠した。


「そういうことか…………私としたことが忘れていた。おまえはもう思春期だったか。急に熱が出ることもあるな。今、冷やすものを持ってくる。今日は療養しなさい」


「ありがとうございます」


 ライモは仰向けになって枕に顔をうずめ、足をばたばたさせた。アイラが悪い、仮面をとってしまうから、顔を見られてしまった。あしたから何事もなかったかのように、振る舞うことができるだろうか。悩みながらもライモは熱で体力が奪われ、眠りについた。


 昼ごろに起きると寝汗をかいていたので着替え、腹が減ったで台所に行った。ジーモンが作ってくれた玉子がゆを食べて一息つていると、玄関ドアがノックされた。


 玄関を開けると、女騎士エルサが立っていた。

 意外な来客だ、エルサとは挨拶程度の会話しかしたことがない。


「エルサさん。どうされましたか?」


「アイラ王女に緊急事態だ」


 冷静沈着なエルサが珍しく、焦っているようだ。


「新しい教育係のノラという女が現れて、アイラ王女を怒らせてしまった。アイラ王女はノラに従うなら王女ではなく犬になると言って、その通り犬のように暴れている。私はノラに女王護衛から外されたし、とにかく、とんでもないことになった」


 エルサは一気に言って、ため息を吐いた。


「い、犬? あの、お疲れのようですし、うちで一休みして行ってください。ゆっくりお話を聞かせてください」


 ライモが言うと、エルサは頷いて家に入ってきた。

 お茶を飲みながらエルサの話を聞いて、ライモは怒りでカッと頭が熱くなってまた熱が出そうになった。


 ノラはアイラを無理矢理、変えようとしている。


「どうしてみんな、アイラ王女を自由にさせてあげないんだろう。城に閉じ込めて、ただ美しい淑女であることを求められて」


 ライモは悔しくて唇を噛む。


「ライモ。君は若すぎてわからないだろうが、アイラ王女だけではない。女はみんな女の役割を求められるだけで、一人前の人間扱いされず、不幸になる。私は女であることをやめるため、髪を剃った」


 エルサの言葉に、ライモはハッとした。

 

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