第十一話 難しい恋
うらやましい。リディアはライモを見るたびに、嫉妬でケンのある態度をとってしまう。ジーモン宰相は孤児院で問題を起こした子を引き取っては更生させてきた。
ライモもその一人と思っていたが、どうも様子が違う。
まるで、本当の親子のようではないか。
一緒に城を出ていくライモとジーモンの後を、リディアはつけていく。ジーモンとライモは市場によって食料品を買い込んで、貧困街に帰っていく。小さな家からは暖かな気配が漂ってくる。
あいつ、あいつ、あいつめ。
私が教室で一番、可愛い顔をしていたのに!
いきなり教室にやってきたライモを見てリディアは目眩で倒れそうになった。
珍しい水色の瞳、きれいな三角の鼻、血色の良い唇。長い手足。ライモは十四歳になって、さらに顔立ちがくっきりして美しくなっている。
リディアは毎日、ニキビと格闘しているというのにライモの肌は絹のように真っ白できれいだ。
それに、アイラだって彼のことが好きなんだ!
全部、ライモに持って行かれてしまう。
ああ、なんて悔しい。
リディアはジーモンを愛している。
公爵大臣の父は三人兄弟の末娘であるリディアに対して冷たかった。どうせ嫁にやるのだからと教育を受けさせない方針だった。
十歳になったリディアはそれに逆らい、ドレスを売った金で下町の教室に通った。その頃はとにかくどんな教室にも行けるだけ行って、格闘技まで習得してしまった。
そんなリディアに父は激怒して、メイドに見張らせて外出させてもらえなくなった。
リディアはメイドが寝静まった夜に、窓から脱出を試みた。足をすべらせて庭に落ちて、立ち上がることができない。
酔っ払った父をおぶっているジーモンがいた。
父を玄関まで送り届けると、ジーモンはリディアに手を差し伸べた。月光の下で見た男の顔は精悍でリディアは見惚れた。
「足を骨折しているようだ。マダム、お嬢さんを病院に連れて行きます」
ジーモンが母に言うと、リディアを背中におぶってくれた。あのときの背中の広さ、大人の香りがする髪をリディアは忘れられない。
「お嬢さん、どうしてそんな無茶をしたのですか」
病院へ行く途中、ジーモンに尋ねられたのでリディアはすベて話した。
「あなたが学びたいという気持ちは大事です。これからは女性も社会進出するときだ。あなたが政治について学びたいという思いをお父様に話してあげますから、もう無茶をしないように」
ジーモンのどこまでも暖かい言葉に感動したが、骨折した足の痛みもあってろくに返事もできなかった。ああ、ありがとうございます、それだけ言うのが精一杯だった。
それ以降、リディアは父から「好きにしろ」と言われ、心配性の母がもう無茶をしないようにと学費も工面してくれた。
兄たちにはさんざん馬鹿にされたが、リディアは十四歳で名門女学校に通い、女性参政権運動に加わりフェミニズム学の論文を書いている。兄たちはリディアより恵まれた環境にいながら、遊んでばかりでろくに勉強をしていない。
リディアは兄よりいい大学に行くと誓っている。
リディアはジーモンを愛している。
しかしあまりに歳が違いすぎる、今は遠くから見つめるだけの恋、大人になってジーモンと同じ壇上に立つ、初の女性政治家になれる女になって愛を告白する。
この決意はライモに負けない。
リディアは夜の街を歩く。
「やめて、放して!」
路地裏から女性の悲鳴が聞こえてきた。 リディアは肩を動かして慣らし、女性に絡んでいる男たちをぶっ飛ばした。
※
夕暮れとき、ライモはアイラの部屋へ向かった。書いたばかりの手紙、この内容でよかったかな、もう少し書けばよかっただろうか。バラの模様の封筒を胸に抱く。
アイラの部屋のドアは、開いていた。夕焼けがアイラの影を長くしている。そでが大きくふくらんだ赤いドレス、長くほっそりとした首、金色の髪が緋色で輝いている。いつもより大人びて見えたアイラの姿に、ライモは心臓が高鳴った。
「ごきげんよう、ライモ。今日も一日、おつかれさま」
アイラが振り返った。
「ごきげんよう、アイラ王女。あの…………手紙を持ってきました」
「まあ、ありがとう。あなたからの手紙、いつも楽しみにしているのよ」
アイラが近づいてくる。ライモは両手で手紙を差し出した。
仮面が、アイラの手によって外される。
「あなた…………とてもキレイになった」
アイラが感嘆の声をあげて、ライモの頬に触れようとする、ライモは飛び退いて逃げた。
心臓の音がいつまで経っても穏やかにならず、苦しい呼吸をしながら家に帰った。
※
「彼は男だった」
アイラはシーツにくるまって繰り返し言った。
「女の子みたいな顔だと思ってた、でも少年の顔になっていたのよ。あれがライモなの、私の道化師なの? 彼を男だと意識しまって、頭がおかしくなりそう」
アイラは全身を震わせる。
「まあ、お茶でも飲んで落ち着いたら。ライモなんてまだ子供じゃない。そこまでいう深刻なことではない」
リディアはティーカップをアイラに持たせようとして、やめた。アイラの手がとんでもなく震えてティーカップを持てそうにない。
リディアとアイラは親友で、時々、一緒に夜を過ごして同じベッドで眠る。
「これが恋なのね。ようやく気づいた。私はライモが好きなのよ、恋として。これ愛なの!」
アイラは叫んだ。
「愛って戦慄なのね。全身が怖気立っているわ。彼を愛する気持ちでとてもたまらない気持ちだわ」
「あのね、こっちの方が怖い。今のあなた、ライモと会ったら頭からガジガジ食べてしまうそう」
「そんなこと…………するかもしれない」
アイラは顔をしかめる。
「でも、今の自分が異常だってことはわかる。今夜は眠れる気がしない。もう一度、ライモの仮面をとって素顔をじっくりみたい。そもそも彼が私の前で仮面をつけることに腹が立っていたのよ」
「それはね、アイラ。あなたが王女でライモは宮廷道化師だからよ。身の程をわきまえていたのよ。冷静になってよ、アイラ。ライモは美形なだけ、のぼせないで」
リディアはベッドに腰掛けて、シーツにくるまっているアイラの髪を撫でる。
「違う。私がライモを愛しているのは美しいからだけじゃない。彼は私を助けてくれたのよ、この窮屈で退屈な城の生活を楽ししてくれた。自分を愛することも教えてくれたの。彼の仮面に隠された顔を見て全身で感じ取った、これは愛よ」
血流を感じる。
胸の底からあふれてくる
体のあちこちから愛しているの音が聞こえる。
呼吸していることだけで悦びを感じる。




