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イマジナリ・ハーツ  作者: 流川真一
Case-001 Soulless Lover
5/26

05

 登悟は百合香に連れられて、入り口付近のテラスにやってきた。冷気が差し込むスペースに人影はほとんどなく、カフェと表通りとの間の空白地帯となっていた。


「何の用だ」


 登悟が切り出すと、百合香は真剣な面持ちで返答した。


「今回の依頼、白紙にして頂けないでしょうか」

「……そりゃまた唐突だな」


 登悟は目を瞬かせて、席を立った理由に納得した。


「そりゃ神宮寺実篤の前で話を切り出すわけにもいかないだろうが……何でだ? 今のところ、俺たちは単なる護衛で、余計なことはしちゃいないだろ」

「先日も言いましたが、私たちには立場というものがあります。オフィシャルでない組織への依頼は、本来ならタブーなのです。何処で軋轢が生じるか分かりませんから」

「富裕層特有の悩みってところか」


 けど、と登悟は首を振る。


「無理だぜ。俺は単なる雇われだし、第一クライアントは神宮寺実篤だろ。向こうから直接交渉がないとどうしようもない」

「もちろんそうなるでしょう。ですが話を進める前に、それとなく鷺森様に打診して頂けないでしょうか」

「回りくどいな」


 登悟は面倒臭くなってきて顔をしかめた。


「あんたが直接言えばいいだろ。何で俺個人を呼び出して、こんな話をしてるんだ」

「貴方が私と同じ主義をお持ちだと思ったからです」

「主義?」

「実篤さんのhIEの話を聞いているとき、貴方は納得がいかない様子でした」

「ああ……まあ」

「正直に申しますと、私は鷺森様を以前より知っていたのです。世界有数の義体デザイナー……最近はメディアの露出を控えている風ではありますが、その名声は未だに高いと聞きます。恐らくは、実篤さんの悪癖も、彼女なら肯定的に捉えているはず」


 なるほどな、と登悟は内心で頷いた。確かに、部外者である百合香があの鷺森詠子に直談判したところで、面白がって相手にされないことは目に見えている。


「言いたいことは分かった。でも俺には関係ねえな」

「個人的に報酬を支払っても構いませんが」

「そういうことじゃねえよ。いや金は欲しいけど、余計なことしたら後で何されるか――」


 言いかけて頭を振り、

「それにな、あんたと同じ主義? とか一方的に言われても、共感も何もないっての。あんたとは今初めて話したんだからな」

「hIEを道具として認識しているか。ただそれだけの話です」


 百合香は酷く冷めた口調で言った。


「実篤さんはあの生体hIEをまるで人間のように扱います。貴方の同僚の少女も、どうやら実篤さんに近い考え方のようです。でも私や貴方は違うでしょう。アレが道具だという正しい認識を持っている」

「……つまり?」

「道具は道具として使い捨てれば良いと言うことです。単なる家電の存在に執着するなど、馬鹿げています。もし反hIE主義の人間たちがあの生体hIEを狙っているのなら、大人しく差し出して、人間の護衛を雇えばいい」


 登悟は一時沈黙した。登悟の一部は、百合香の考えを肯定していた。だが――

「そんな簡単に割り切れれば苦労はねえよ」

「……なんですって?」

「そりゃ俺だって神宮寺実篤のアレは行き過ぎだとは思うぜ。でも……それに対する明確な反論を俺は持っていない」

「しっかりして下さい。あれはhIE、道具ですよ」

「だがその道具が人間と見分けが付かなくなったとき、それでもあんたはhIEの存在を単なる道具として割り切れるのか。心の有る無しなんて、外見からじゃ判断できないってのに」


 百合香は怒るというよりは訝るように登悟を見つめた。恐らく彼女の中では、登悟の姿がhIEに人権を認めろと主張する過激派団体の一員に見えているのだろう。

 しかし登悟の中にあるのは、それよりもずっと単純な疑問だった。

 少なくとも登悟の近くには、人間より人間らしいhIEがいる。

 ともかく、と登悟は話を打ち切り、

「俺を懐柔して依頼を白紙にしようとしてるなら期待外れだぜ。俺に決定権はないし、交渉の手伝いをする理由もない」


 はっきりと言った登悟に、百合香はここに来たときとは別人のような冷たい眼差しで「分かりました」と短く言い、席へと戻っていった。

 その仄暗い瞳が酷く凶暴なものに見えて、登悟は眉をひそめた。

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著者ページ:流川真一
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