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「化物怪奇譚」④


          *   *   *


 化け物の事について、僕から直接住職に尋ねるのは何故か憚られた。何か、知ってはいけない事を知ってしまったかのような後ろめたさがあったし、刑部さんへ深く入り込んでしまうような恐ろしさを感じていた事も否めなかった。

 その代わり、僕は階蔀さんに末崎住職の秘密はないかと尋ねてみた。彼は、住職の父の世代から量仁寺でスタッフとして仕事をしていた。何か、住職と刑部さんの間に因縁があるのであれば知っているのではないか、と思った。その関係に、正体不明の異質なものが関わっていたとしても。

 住職の居住空間と寺を繋ぐ休憩用の四畳半程度の居間で、バイトが始まるより少し早めに寺を訪れた時の事だった。たまたま二人だけになったので、怪訝な顔をする階蔀さんに、かつて僕は住職が刑部さんに送った「化け物」を運んだ事があるのだ、と打ち明けると、彼は少し謎が解けたように微笑んだ。

「彼は小さい頃、この寺と辰巳の森……加苅神社の間で、似たような異質なものを捕まえたんだよ。多分彼が去年刑部さんに送ったのは、二体目だろうね」

 階蔀さんによると、それを住職は幼い頃「化物(けもの)」と呼んでいたそうだ。先代始め、階蔀さんや弘津さんは彼が「獣」と言っているのだと思っていた。だがそれが「化け物」の意だと分かると、先代は顔色を変えた。

「ひょっとすると、彼が禁忌を破ってしまったのかもしれない、と先代は考えていたらしいんだ。何の禁忌なのかは、私たちにも分からない。だけどあれは、確かに鼠や鼬の類ではなかった。だから慎重に調べる必要がある、と言って、先代はその『化け物』を籠に入れ、一晩仏壇のある座敷に置いておいた」

 ただならぬものだとは薄々予想していた、と階蔀さんは語った。だから、少しでも邪念が祓えるようにと、神聖な場所に置いたのだと言う。

「そうしていたら、その『化け物』は翌朝にはもう死んでいたんだ。時が捻じれて早まったかのように、籠には塵が厚く積もって、その中でそれはミイラのように乾燥していたよ」

「じゃあ、化け物というのはもう死んでいるんですか?」

「化け物騒ぎはそれで終わったと誰もが思っていた。いや、私がそう見えていただけだったのかな。君が昨年、二体目を運んだと考えると、あれは邪悪の元凶ではなかったのかもね。大本は別に居る」

 そう話す階蔀さんの顔は、少し疲れたようだった。

「住職は、幾ら相手が苦手な人だとしても、邪悪なものを何の前触れもなく送り付けるような陰湿な人じゃないよ。あの人を子供の頃から知っている私には分かる。だからね、私はどうにもあれが、刑部さんに関わりのあるもののような気がしてならないんだ」

 僕は、幽霊の如く墓場から現れる刑部さんや、不気味な植物に侵された森陰の屋敷で僕を迎える刑部さんの姿を何度も思い起こした。それから、無邪気さと、それ故の残酷さを以て動物に相対する子供の姿。幼い末崎住職が、六十サイズ段ボールに収まる大きさの「化物(けもの)」を素手で掴む様子。

「住職に、内緒にしてくれるって誓うかい?」

 卓袱台の前に座っていた階蔀さんは、まだ四十代前後(予想)に似つかわしくないような「よっこらしょ」という掛け声と共に立ち上がり、悪戯(いたずら)っぽく僕に微笑み掛けながら唇に人差し指を当てた。

「ミイラ化した『化け物』の実物を見せてあげようか」


          *   *   *


 住職の居住区まで入っていくのは初めてだった。大抵、僕が末崎住職らと話す時は寺の講堂や別棟、スタッフ用のプレハブ小屋などだった。

「お邪魔します」を言いながら、おっかなびっくり廊下に足を踏み入れると、階蔀さんはそこを少し進んだところにある戸を開け、物置のような部屋に僕を手招きした。

 脚立や大小の段ボール、ビニール紐で束ねられた新聞紙などの雑紙、掃除機などが無秩序に置かれた部屋の左手側の壁には押入れがあり、以外にもがらりとしたその中から階蔀さんは僕が配達した例の箱より一回り小さい蓋付きの籠を引き出した。

「これだよ」

 彼が蓋を取った途端、辰巳の森の不法投棄のゴミのような、甘ったるく粘つくような、喉がひりひりしてくるような匂いが鼻を突いた。

 乾燥しているからか、息の根を止められた生き物特有の腐臭は感じられなかった。

 それは、塵の積もった籠の真ん中で、腹の皮が背に付く程薄く長い胴を海老のように丸め、眠るように目を閉じていた。一見すると鼬に似ている。だが、その顔は尖っておらず、何かに潰されたように平たく、鬼面を被っているようだった。

「鵺のような混合獣の類が実在するなら、こんなものかもしれないね」

 階蔀さんが、毛のすっかり剝落したそれを片手で掴み、向きを変えて僕に顔がよく見えるようにしてくれる。何処か、人間の考えた妖怪臭い顔とは不釣り合いな程、その半開きの口から覗く牙は磨かれたように白く、鋭い野生のものだった。

「触ってみる?」

「いえ、遠慮しておきます」

 僕は慌てて手を引っ込め、ズボンのポケットに突っ込んだ。何故だか、触ってはならないような気がしたのだ。

 閉じられたはずのそれの目が微かに開き、僕を睨んだように見えた。


          *   *   *


 末崎住職の母が体調を崩して、市立病院に入院したという事だった。付き添いで最初の日は住職も病院へ行き、寺は僕と階蔀さん、弘津さんで番をする事になった。

 僕も心配になり、何処か悪いのか、と住職に尋ねてみたが、母はこのところ少し体調が優れない日が続いていたので、少し限界が来たのだろう、との返答だった。

「念の為に聞くけど、刑部さんはあれから何も言ってきていないよね?」

 僕たちに、任せたよ、と言って、大きな荷物を背負い私服姿で出て行く時、住職はふと思い出したように僕に尋ねてきた。

「いいえ。特に何も言ってきていませんけど」

 何かあったんですか、と逆に尋ねたが、住職は「いや、深い意味はないんだ」とはぐらかすように言い、改めて挨拶をして出て行った。

 彼自身も、何処か疲れてきたように見えた。階蔀さんに対して数日前に思った事と同じだったが、偶然だろう、と僕は思った。

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