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「化物怪奇譚」③


          *   *   *


 量仁寺のアルバイトから帰る途中、(うすづ)き始めた鉛丹(えんたん)色の空の下自転車を転がしていたら、竹刀のようなものを背負った女性に声を掛けられた。

「おーい、そこのテラバイト!」

(カスミ)さん?」

 僕は自転車を減速させ、ブレーキを緩く掛けながら飛び降りる。

 近づくと、霞萌花(ホノカ)さんは手に持った竹刀で思い切り僕の肩を打ってきた。

「いきなり何なんだ」

「霞って呼ぶなって言っただろ、璃紗。何だか、存在感薄そうに感じる」

 霞さんは憮然としたように、両腰に手を当てて上目遣いになる。僕は、やれやれと思いながら「情報量じゃないんだからテラバイトもやめてくれ」と応じた。

「寺でバイトしてるからだろ。今終わりか?」

 彼女は同じゼミ生だが、気付いたのは入学からかなり後だ。最初にお互いに認識したのは、前述した山猫宅急便のアルバイト先でだった。僕がバイトを辞めた事を逆恨みしているような節があるが、僕が彼女に迷惑を掛けた覚えはない。

「僕は今から帰るところだけど。か……萌花さんこそ、こんな時間に何処かに出掛けるの? 夕食には少し早いし、遊びに行くには遅い。竹刀まで持って」

「地区巡視、かな。小中学生はそろそろ夕焼けチャイムの時間だし。最近人攫いが出るって言うだろ、だからそいつが居たらこれでぶん殴るんだ」

 霞さんは得意気に、竹刀をバシバシと振って左の(てのひら)に叩き付ける。彼女は中学時代から剣道を行っており、高校一年の時はインターハイ選手にもなる程の実力だったという。今はガス抜きと称して園芸サークルに所属しているとの事だったが。

 もしかしたら男勝りな性格なのも、僕を含め男全般に対してかなり開けっぴろげな面があるのも、長い事殺伐とした勝負の世界に居たからなのかもしれない。

「人攫い?」

 僕は、何処か土臭く物騒なその単語を繰り返す。

「そう。まさに今頃の時間帯を境に、消息を絶つ子供が最近多いんだって。小学校によっては下校時間を繰り上げたところもあるってさ。……って言うか、璃紗は知らなかったのかよ?」

「知らないよ。何処の話?」

「ニュースで普通にやってるだろ。璃紗、下宿にテレビないからってちょっと知らなすぎだぞ。もう十人近く行方不明だって言うじゃないか」

「十人近く? まさか、山とかに入って遭難してるんじゃ……」

「な訳ないだろ。山林の防犯カメラも念の為チェックされてるけど、山に入っていく子供なんて居なかったってさ。しかもそんな大勢が一度に消えるなんて、偶然じゃない。中の一人、女子小学生は失踪する前、黒ずくめの男、いや性別は分からないけどさ、誰かと手を繋いで歩く様子も確認されている。変質者の類だって」

 全く知らなかった。やはり地域広報紙でもいいから、僕も何らかのマスメディアを身の回りに一つくらい用意しておくべきだろうか。

「町内会の地域安全活動で、私もボランティアしてみようって思ったんだ。変態の仕業に決まってるな。だから殴って懲らしめてやらないと」

「殴るって、萌花さんが?」

 僕は、思わず霞さんの頭から爪先までまじまじと見つめてしまう。

 霞さんは水着のようなタンクトップに太腿までの丈のショートパンツ、足は裸足にサンダルという出で立ちで、背中に竹刀を収納するケースを背負っていた。不審者と対峙するにはあまりにも軽装すぎる。

「その格好で?」

「そんなの関係ねえよ。舐めて掛かりやがったら、ぐうの音も出ないようにしてやるから。何なら、璃紗ちゃん試してみる?」

「いや別に。でも危ない事はしすぎるなよって言いたい」

「テラバイトの奴は芯までナイーヴになんのかな」

「ド偏見だ」

 主旨不明の会話を交わしながら、方向が同じだったので僕と霞さんは並んで歩く事になった。僕は自転車を降りたまま、それを引いて歩く。

「璃紗も気を付けろよ。夕方は魔の時間だ」

「僕って、そんなに童顔に見えるかな?」

 まさか小学生に間違えられる事はないだろう、と溜め息を()く。

「山猫のバイトで初めて見た時、一瞬女の子かと思った」

「はいはい、分かったから」

 僕のアパートの前まで辿り着いたので、そこで僕たちは別れる。霞さんは「本当に気を付けろよ」と念を押すように言い、軽やかな足取りで歩み去って行った。

 ──魔の時間、か。

 夕暮れ時、ふと、えも言われず漠然とした、だけど恐ろしい程の不安に襲われる事ってありませんか。ねえ、末崎さん?

 夕暮れ時、薄暗くなって人の顔が分からなくなってくる「()(がれ)」の時刻。人とは異なる何かがこの世に紛れ込んでもおかしくない時間帯。逢魔(おうま)ヶ時、なんて名前を最初に考え付いた人の見識は卓見ではないだろうか。

 駐輪場に向かいかけた僕は、不意に何者かの視線を感じて振り返った。

 だが、そこには人影にも似た背高草が、斜陽を背に、濡れたような影を黒々とアスファルトの上に伸ばしているのみであった。


          *   *   *


 翌日も、その翌日も刑部さんは量仁寺にやって来て僕の座るカウンターを訪れた。

 相変わらず、墓の方からそろりと現れる様には驚かされる。相手が彼だからこうも書けるのだが、あなた自身が鬼魅(きび)の類なんじゃないですか、と言いたくなる。

 人々はお盆に一気に墓参りに来る予定なのか、それともその混雑を見越してこの間までに参拝を済ませてしまったのか、殆ど来なかった。カウンターに立ち寄る人が居ないのをいい事に、刑部さんは僕を相手に喋り続けていた。

 彼は、以前会った時からなのだが、自分に関する事は殆ど話さない。だが、近頃起きた事柄や噂話、昔聞いた妖怪話など、話の種は尽きなかった。

「末崎さんも、君が以前勤めていた山猫さんの配達員の方もだが、何だか私を恐れているような節があるよね。確かに私はあの暗い森に住んでいるし、人と交わる事も普段は全然ない。顔立ちから不愛想な奴だと思われる事もある。だけど、いや、だからこそと言うべきなのかな。土門君とこうして話せて嬉しいんだよ」

 いや、僕もどちらかと言えば、あなたが苦手なんですよ。特に、散々思い知らされたそのデリカシーのなさが。

 配達員時代の事を思い出し、僕はぼんやりと嫌な気持ちが蘇ってきた。

 刑部さんとの延々続く雑談を終わらせる口実を探すものの、こういう日に限って参拝者も檀家の方々も訪れないものだ。あたかも、僕たちだけ世界から見えない結界のようなもので隔離されてしまったかのように。


          *   *   *


 当時、刑部さんはお得意様でありながら有名なクレーマーでもあった。

 面倒なあれこれは、新入りで怖いもの知らずの僕に任せてしまえという気でもあったのか、刑部さんへの配達は採用当初よく行った。僕もあの辰巳の森の不気味な空気感と、霊的な意味ではなく怖い人が出てきそうなあの道中を知ってからは、あまり霞さんのような子には行かせたくないなと思っていたので一応納得していた。どうやら刑部さんへの配達──いわゆる厄介事──は新人に押し付ける風潮が知らず知らずのうちに社内で出来ていたようで、僕が来る以前はその少し前バイトに入った霞さんに頻繁に任されていたそうだ。

 誰かが刑部さん宛てに送り付けた──僕が最初に運んだ「化け物」の段ボールのような──ものは大して問題ではないのだ。だが、刑部さん自身が通販などで購入したものや取り寄せたもので少しでも不備があると、彼は少し尋常でないくらいの言い草で会社自体を非難してきた。

 梱包が悪い、扱い方が悪いなどなら僕たちにも非があるのだろうが、ただ漠然とこれは駄目だ、などと言われると僕にはどうしようもなかった。バイト生の僕や霞さんは社について何と言ったらいいのか分からずマニュアル通りに謝ったり何だりしていたが、そういう曖昧模糊とした態度も彼は気に入らないようだった。その場合、鋭利な鋒鋩(ほうぼう)は僕たちに向く事になる。

 それだけなら、僕も成人を控え、年齢的にも社会人なので堪えられるが、反撃とばかりに次回訪問した際、雑談がプライバシーに関わる事や一歩間違えればハラスメントにも抵触するような事にまで及んでくるのは我慢ならなかった。

 実家からの仕送りの金額についてだの、壊れた人間関係はないかだの、異性として霞さんや他の仕事仲間をどう見ているか、など。

 それで居て、機嫌のいい時にはそんな事も忘れたようにけろりとしている事もあって、大袈裟な言い方かもしれないが、何だか僕の人生が軽んじられているような気がしてならなかった。バイト仲間に愚痴を零すと「分かる」と揃って肯かれるのだから僕の勘違いなどではないのだろう。

 その一方で、配達員を単なる配達員としては見ず、顧客の中で最も僕たち一人一人を”人間”として見ているのもやはり刑部さんだった。


          *   *   *


 話の種は幾つもあるのに、自分の過去や趣味嗜好に関する事を一切話さないというのも刑部さんの不思議なところだった。その代わり、他人に関する話は過剰な程に興味を持った。俗世とはかけ離れたような生活をしているようなのに、噂話には敏感だし、事あるごとに僕の周囲に関する人間関係を掘り下げようとした。

 そして僕が、彼が特に注視している人間というのが末崎住職であると知ったのはつい最近の事だ。僕が直感的に彼を末崎住職に会わせなかった時から、彼は僕を通じて末崎住職の普段の様子を聞き出そうとするようになった。

 僕が最初に届けた「化け物」の送り主が末崎住職だったと知ったのも、それがきっかけだった。

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