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『小説家になりお』シリーズ

復讐

 『人間には綺麗な感情だけが必要だ』 油田あぶらだ奥二おうじ



 また○○県の私立高校で、いじめによる自殺問題が起きた。

 教師は被害者の男子生徒がいじめを受けていることを知りながら、頑なにその事実を認めずに、ひた隠しにしていたという。

 何度、人間は、同じ過ちを繰り返せば気が済むのだろう?


 人間には綺麗な感情しか必要ない、と私は思う。

 もし、人間が、身も心も美しさで満たされたなら、その時『いじめ』などという醜い行為はまだあるだろうか?


 綺麗になろう、と私は思う。

 綺麗になりたい、ではない。それではいつまでもそれはただの願望のまま、私は醜さから逸脱することが出来ないであろう。


 もちろん人間は天使と悪魔の中間だ。

 完全に天使になることなど出来はしない。

 とはいえ、天使に憧れ、悪魔を見下すように心がけていれば、人間として綺麗な存在になれるはずだ。


 ゆえに私は思うのである。

 人間には醜い感情は必要ない。

 人間には綺麗な感情だけが必要だ、と。








 

 小説投稿サイト『小説家になりお』に投稿した俺のこのエッセイは多くの共感を呼び、500ポイント以上を獲得した。


 嬉しかった。俺と同じ、醜い感情を憎む人がそれだけ多いということだ。人間、捨てたもんじゃない。


 俺は部屋に設置した姿見に、自分を映し、見た。


 綺麗だ。

 着ているものは、部屋着とはいえおかしな皺ひとつなく、美しい襞を纏っている。部屋には埃ひとつなく、本や趣味の美少女フィギュアは整然とあるべきところにある。

 そして鏡に映った自分の顔には、思わず見とれてしまう。

油田あぶらだ奥二おうじ』なんてペンネームをつけているが、油っぽいところなどどこにもない。

 サラサラした俺には本名の『昼神ひるがみひなた』のほうが似合っていると思う。

 しかし美しい俺にも足りないものがある。財力だ。

 油田の王子のごとき財力を夢見てこのペンネームをつけたのだ。


 そして俺は夢に一歩近づいた気がしていた。

『小説家になりお』からエッセイで書籍化した者は、未だ一人もいない。

 俺は『小説投稿サイトからプロになった初のエッセイスト』として脚光を浴びるのだ。

 俺にはその素質がある。神に選ばれている。

 俺の綺麗な精神で、この世を綺麗なもので溢れさせ、社会の浄化に貢献してやる。

 ああ……。ノーベル賞が俺を待っている。


 ふと見ると、パソコンの画面に気になるものがあった。

『小説家になりお』のトップページに赤い文字が表示されている。


 感想が書かれました!


『小説家になりお』のユーザーは恥ずかしがり屋が多いのか、500以上のポイントがついても感想はまだひとつも頂いていなかった。

 ふふ。同士よ、嬉しいよ。君はどんな綺麗な感情に基づく感想をくれたのだ?

 そう思いながらその感想を開き、俺は嘔吐してしまうところだった。


『おまえばっかじゃねーの? キモいわ。読んでてウ○コ漏らしそうだったwww (投稿者:チン・チーン)』


 なんという……


 なんという醜い感想だ!


 これは間違いない。いじめをする輩にも似た、汚らわしき精神性の持ち主だ!


 ほっといてもいいが、俺には使命がある。この世を綺麗にしなければならんのだ。

 この汚らわしく醜い可哀想な人物も、俺のことばで綺麗にしてやらなければ──そう思い、その感想に返信を書いた。


『よくもそんな醜い言葉で感想が書けるものだな。鏡を見ろ。おまえの顔は汚らわしく、醜く、嘔吐を催させるものであるに違いない。身も心も美しくなって出直せ。この吐瀉物のごとき精神性のゴミめ!』


 するとそいつは再び感想を送りつけてきた。


『あのな。「過ぎたるは及ばざるが如し」ってことわざ、知ってっか? 正義も行き過ぎれば人を殺す。綺麗も行き過ぎれば汚くなるんだよ? わかったか? バーカ (投稿者:チン・チーン)』


 なんという……!


 なんという劣悪な精神だ!


 こんな汚いものは本来ゴミ箱に投げ捨てて生ゴミの日に出すべきものだが、それが出来ない以上、俺は徹底的にコイツを綺麗にしてやることにした。


 許さない! 綺麗であるべき人間社会を、汚い言葉と穢れた思想で台無しにする輩は、放ってはおけない! この俺が綺麗にしてやる!


 俺は運営に通報した。


『暴言を吐かれました!』


 そいつのアカウントはそれからすぐに消えた。

 ゴミを片付けてやった。社会のために善いことをしたものだ。ざまぁ!





 例のエッセイは680ポイントまで伸びた。

 千越えたら書籍化されるんじゃないか? ふふふふふ……。


 しかし感想はあれから一度もつかなかった。

 まぁ、返答がないのはイコール同意というからな。俺が書いたこと以上にもう言うべきことなど何もないのだろうと思うことにした。


 しかし……欲しい。


 感想とは、じつに欲しいものだ。


 俺が一日に何べんも『小説家になりお』のトップページをリロードしていると、遂にその赤い文字は現れた。


 感想が書かれました!


 ようやくだ。ようやく、ついた。待ってたぞ。ふふふ……。さて、どんな感想がついたのかな? 俺はその感想を、開いた。


『お気持ちはよくわかります。

 ですが、清濁併せ呑む精神も必要だと私は思います。

 いじめはもちろんいけないことですし、それを無いことにしようとするのももちろんダメですが、綺麗にするばかりでは人間、弱くなるものですよ。

 まずは自分の中にも汚いものがあることを認めることから始めるべきではないでしょうか? (投稿者:ハネジューメロン)』


 何、これ……。


 なんでコイツ、俺の美しきエッセイに完全同意しねーの?


 言ってること意味わかんねーし。


 俺は哀れな子ダニを善に導くつもりで返信をした。


『つまりあなたは人間には汚い感情、つまりはいじめをしたり煽り運転をしたり、戦争をしたりすることに繋がる感情も必要だ、というわけですね?

 目を洗ってください。

 この世には綺麗なものはたくさんあります。しかし、満ち溢れてはいない。

 綺麗なものだけで世界を満たしたいとは思いませんか?』


 ふふふ。これでコイツは自分を恥じて、悔い改めることだろう。


 感想返信を送信すると、その数十分後にまた赤い文字がトップページに現れた。


 感想が書かれました!


『綺麗なものだけで満たされた世界? そんなのはファンタジーです。

 現実に汚いものはいくらでもある。それどころか、ほったらかしにしていたら世界は汚いもので満たされます。

 そこに綺麗なものを創り出そうとする精神には敬意を持ちますが、行き過ぎると大変なことになりますよ? 汚いものの粛清が始まってしまう。

 ほどほどがいいんじゃないでしょうか? (投稿者:ハネジューメロン)』


 コイツ……


 この間のチン・チーンだな?


 新しいアカウント作って俺にまた醜い感情をぶつけてきてやがるんだな!?


 俺は早速また運営に通報した。

 しかし今回は暴言だと認められなかった。

 畜生! 言葉遣いを柔らかくしてきやがって! もっと罵れよ、汚い言葉で! そうしたらまたアカウント停止にしてやれるのに!


 そう思っていると、なんだか次々と感想がつきはじめた。


『ハネジューメロンさんに同意だな。綺麗を願う心は立派だと思うけど、現実的じゃないよな (投稿者:すずめのとじまり)』

『私もハネジューメロンさんに同意です。油田さんはロマンチストだと思うけど、やっぱり精神的潔癖症までなると、何かが歪むような気がします (投稿者:めろ村とろ美)』

『俺もハネジューメロンさんに同意。もっと現実的な話をしたほうが建設的だと思う (投稿者:柿のネタ)』


 うわーっ!


 チン・チーンの自作自演がはじまったよ、これ! アイツ、どんだけ複垢持ってやがるんだ?


 俺をコケにしようったって、そうは行かない。

 俺には頼れる298人の逆お気に入りユーザーさんがいるんだ。

 数で勝とうと思うんなら相手が悪かったな!


 俺は早速、特別に仲のいい相互お気に入りユーザーさんに相談を持ちかけた。


『チン・チーンっていうバカが複垢たくさん作って俺を叩いてる。なんとかやり返したいんだけど、協力してくれませんか?』


 すぐに返答がきた。


『いいよ』

『頭のおかしいやつにつきまとわれちゃったみたいだね。よし、巨大掲示板で叩き返してやろう』

『エッセイに同意の感想も書きます』

『みんなでそいつ、追い払おうぜ!』



 ハネジューメロンは小説もたくさん書いていた。

 その作品の多くに、俺の仲間が批判的感想をつけまくってくれた。

 巨大掲示板ではハネジューメロンの発言を弄くって、『コイツ、汚いものが大好きみたいだな。ウ○コとか食べるのかな、やっぱ』とか痛快な書き込みを誰かがしてくれた。

 俺もお返しに複垢を作り、あっちこっちでハネジューメロンの悪口を言いふらしてやった。


『ハネジューメロンはいじめ賛成派だってよ! 人間じゃないよね!』

『ペンネームからして貧乏くさいわwww 一番級に安いメロンの名前だぜ!?』

『ハネジューメロンは下水道で生活して、落ちてきたウ○コでも食ってろ』

『ハネジューメロンは複垢何個持ってるんだ? 一個でも持ってるだけで犯罪者だぞ!?』


 ぜんぶ、俺の書き込みだ。




 すぐにハネジューメロンは『小説家になりお』を退会した。

 垢BANを食らったのか、それとも自主退会したのか、それは知らない。


 俺は、勝った。

 当然だ。汚らわしい精神の持ち主は淘汰されるべきなのだ。


 ざまぁ!


 部屋の姿見を見ると、鏡の中で高貴な俺が、綺麗な笑顔を浮かべていた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 汚いもの醜いものを憎んでいたはずなのに…という感じですね。 ラストシーンでもなお自分が高貴に見えている主人公は、 これからさらに深い沼に嵌まっていくのかもしれない、と感じました。 [一言]…
[良い点] ラストで意地の悪い主人公が自分の姿を見て美しいと思っているところに救いようのなさがありますね。つける薬が無いというかなんというか。どうせこちらが薬を差しだしても、メロンさんのように叩かれま…
[良い点]  ●●叩きで多く見られる皮肉なリアリティーショウの本質が分かり易く描かれていて、読後にタイトルを見てその初まりは何処だったのかに不毛さが際立ちました。
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