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前編

短編「ある楽団員のひとり語り」シリーズがありますので、よかったら先に読んでいただけるとありがたいです。

 



 馬車に揺られて二日。

 何度も挟む休憩、夜やしっかり宿屋に泊まって、速度もゆっくり。

 これは王都からカーンサーイ地方までクッションたっぷり三日もかけて進む貴族コース。

 庶民なら一晩中馬車で移動するコースがあるんだけどね。

 普段、両親が住むカーンサーイ地方へ帰る時はもちろん庶民コースで移動する。


 ではなぜ今回貴族コースでカーンサーイ地方へ向かっているかというとーーー。




「ねえ、『よろしゅう頼んまっせ』って発音、合っていて?」


「いえ、そんな言葉、最近は使いませんから。ていうか、いったいどんな状況で使おうと思っていたんですか」


「ふふふ、やぁね。なんでも備えていていれば心に余裕を持てるでしょう?」



 ないと思う。

 そんな事態ルナ様に訪れないと思いますから!



「いやぁ、ほんまルナ様は勤勉な方ですわ。こないにカーンサーイ語を覚えよう思ってくれはって、私嬉しいですわ」


「キャサリン様、郷に入っては郷に従えと申しますでしょう。それでまずは言葉からと思いまして」


「さすが名門伯爵家のご令嬢ですわ!感動で涙が出てしまいます」


 と、キャサリン様が目にハンカチをあてながらこってこてのカーンサーイ語で話す。

 やめてくれ、やめてくださいませキャサリン様!

 カーンサーイ地方の人間はいくら王都の話し方を覚えても、カーンサーイ語が側にあるとすぐに忘れて話してしまうんや!

 あかん、もうあかん!

 くっ・・・時すでに遅し、か。


 気を取り直し。


 今回、ルナ様が私の故郷であるカーンサーイ地方に旅行に行きたいと言い出した。

 まあ表向きは、先日の婚約破棄未遂事件のキャサリン・ウェイマス様と懇意になったので、ご出身であるリンジー子爵領に訪問する、というのだ。


 私は一介の楽団のバイオリニスト兼バイオリン講師だ。

 いくらルナ様から指名されたからといって楽団員たる私が伯爵令嬢の私的な他領訪問に同行するのはおかしい。


 おかしい・・・、おかしいよね!

 しかも、なんで馬車同乗してんの?

 貴族のご令嬢二人と庶民が馬車に同乗。

 いいの?



「カーンサーイ地方には美味しい名物があるそうですわね。確か・・・フェイバリット焼き」



 ド、ドドドド・・・ドキィっっっ!!!


 胸の鼓動が飛び跳ねて口から出そう!

 あれか、カエルが内臓飛び出すレベルだ!



「ああ!フェイ焼きですね。いやぁ、さすがルナ様ですわ。あ、そうですわ。地元で有名なフェイ焼きのお店があるのですが、いかがでしょう。ご一緒しません?」


「まあ、素敵なご提案。ぜひご一緒に」



 待って、まだ私の親のお店とは限らない。

 まだ大丈夫よ、大丈夫。だいじょー・・・




「キャサリンお嬢様、いらっしゃい!」


「いやぁ、ますますお美しくなられて。うち泣いてまいますわぁ」


「ほんま久しぶりやね。えらいご無沙汰してもうてかんにんなぁ」



 ハイ、あきませんでしたーーーー!

 見事に実家です。

 キャサリン様、なんでピンポイントでウチなんですか!

 くぅ、両親が営むフェイ焼きのお店が領主のご令嬢御用達って喜んでいい・・・やろうけど。


「あ、いやや。なんであんたこのタイミングで帰ってきたん?連絡くらい寄越してから帰ってきぃや」


「キャサリンお嬢様、すみません。これ、うちの娘ですわ。いつも王都にいるんですけど」


「ご挨拶しぃ!小さい時から来てくれはってるキャサリンお嬢様やで!」



 もう、どないしたらええねん。

 困った時、頭かかえるってホンマやったんや〜。


 お母さんにもお父さんにもルナ様のこと何も話してないから(知ったらめっちゃ興奮していじってくるやろうし)もう説明したない〜。



「ごきげんよう、王都から参りましたルナと申します。今日は美味しいフェイ焼きがあるとキャサリン様に案内していただきましたの」


「いやっ!えらい別嬪なお嬢様や!なんて言うか女神様や!」


「せや、女神様やな!お母さんの例えは間違うてないで。隣国やと女神様のお名前やで」


「そうなん?いやぁ、お父さん博識やなぁ、カッコええ上に教養があるなんて。ほんまウチこんな素敵な人と結婚できて良かったわぁ」


「お母さん、キャサリン様たちの前で何言うてんねん」



 そこ、なに軽くどつきながらイチャイチャしてんねん。なに阿呆夫婦してんねん。ツッコミできる人間おらん時にせんといて!


 私はその時とにかく両親のことが気になって、すぐ側にあの方がいるなんて思っていなかった。だから気づくのに遅れたのだ。



「あなたのご両親、とても面白い方達ね」



 耳元でルナ様に囁かれ、いい匂いがして耳がこそばゆくて・・・!私は絶叫した。



「・・・あんた、何叫んでるの。びっくりしたわ」


「どないしたんや、顔真っ赤やで」


 両親が心配してくれたが、ごめん。もう何も言えない。というかなんて言っていいかわからへん!

 って、あれ?

 ルナ様、この二人が私の両親ってご存知で・・・!

 ひっ・・・ひぃぃぃぃ!



「まあ、どうしたの?お顔を赤くしたり青くしたり」


「あのっ、ルナ様。私ちょっと気分がすぐれなくて」


「え、あんたなんでこの女神様みたいなお嬢様と気安ぅしゃべってんの?・・・まさか」


「えっ!?いや、これは、あの、お母さん、あんな?これは、あれやねん。あの、ちょっとあれやねん」


「あれこれちょっとって、なんやねん。話になってないで。ちょっと落ち着き」


「お父さん、この子もしかしたらバイオリニスト、クビになってもうたんとちゃう?」


「ええっ?でもそんな、まさか」


「せやかて、この慌てぶり。この光明に溢れる女神様みたいなお嬢様とウチの子が一緒にいるのおかしいやん。閃いた!多分、あれやわ。仕事がクビになってもうて行くアテがない哀れな娘を慈悲の光明を放つ女神様のようなお嬢様がここまで連れてきてくれはったんやで。多分」



 あれ、なんかお母さんルナ様のことすっごい女神様って連発してない?しかもルナ様を例えるの詩的で宗教的な調べっぽくない?



「お母さん。うちが言うのも変やけど、なんかお母さん変やで」


「何言うてるの。それよりあんたいきなり帰って来て仕事クビになったんやろ?」


「ちゃうわ!ちゃんとお休みもろて(もらって)帰ってきたんや!」


「えぇ?ほんまに?」



 お母さんが疑いの目で「あんたなんか隠してるやろ」って心にテレパシーを送ってくる。

 あかんあかん、あかんはもう。

 目に浮かぶ。

 バイオリンの授業が終わると素敵なお庭でええ香りのする紅茶と料理長自慢のお菓子がぎょうさん(たくさん)出できて、ルナ様と一対一、もしくはお姉様のイヴリン様やそのお友達のシャーロット様も加わって、さながら貴族令嬢のお茶会午後三時!みたいになってるなんて・・・あまつさえ、ルナ様と二人の時は侍女さんやメイドさんもいなくて・・・、


 めっっっっちゃ、ルナ様にからかわれてるなんて、言われへん!


 それはもう・・・何でこの人、私の仕事の話そこまで知ってはるの?ってなるんや。

 なんで第一バイオリンのバルトさんが私に嫌味を言うてきた時、腹立ったからお茶休憩の時にこっそり量が少ないの渡たって、何で知ってはるの?

 お得意先である侯爵様はアホな息子のせいで隠居しはったから切られてかなりショックやったから最初は気の毒になぁ思ってたら、私がルナ様のバイオリンの講師に迎えられてやっかみ言うてきてん。せやから報復に、と誰も見てへん思ってたのに。



「お待ちどぉさんです!フェイ焼きです!」



 お父さんがめっちゃええ笑顔でフェイ焼きをルナ様に渡してる。

 キャサリン様がキャッキャウフフとルナ様を店の中に案内して席に座ってる。

 え、なにこれ。



「ちょっとあんた、そんなところでうずくまってんと早う店に入り」


 お母さんに促されてお店に入るとお父さんが令嬢二人が座る席の隣に直立で立っていた。

 あれや、お客さんにシェフを呼んでくださる?って言われてスチャっと立つシェフの姿や。



「とっても美味しいわ。ふんわりとした生地にシャキシャキとしたキャベツ。もっちりとしたこの麺は何かしら」


「卵と小麦粉とでこしらえたチューカソバです。フェイ焼きに入れたら美味しなる思いまして、最近メニューに入れました。モーダン焼きと名付けました」


「モーダン・・・詩的な名前ね」


「恐れ入ります」



 ルナ様達に新作を出すって、お父さんちゃっかりしてるわ!



「めっちゃ美味しい!ソースとチューカソバが絡み合って、美味しいわ」


「キャサリン様、お口にソースが」


「あら恥ずかしい。うふふ、美味しいものっていいですわねぇ。嫌な事があっても笑顔になりますもの。王都より離れた領地は・・・いいものですわね」



 キャサリン様・・・もしかして先日の婚約破棄未遂事件後でなにかあったのかしら・・・?



「はあぁ、このソースのにおい。懐かしい。子ども時分に返ったみたいな気がいたしますわ」


「今宵はゆっくりお話しいたしましょう?ジョシカイという、女のみで語り合う会をいたしましょう」


「いいですわねっ。もちろん、あなたも一緒なのよね?」



 あなた。


 この場にいる誰もが注目した。

 そう、私にだ!



「・・・キャサリンお嬢様。つかぬことを伺いますが、うちの子とは、どういう・・・」


「ああ、ルナ様のバイオリン講師よ」


「「ここここここ、こう、講師ぃぃぃぃ⁈」」



 あかん、バレた。



「いやっ!どないしよ!ウチの子が女神かボーサーツ様かくやと見紛う、いや、やっぱり女神様なルナ様のバイオリン講師⁈」



 お母さん、どないした。



「おおうおおおおう、おうおう、落ち着きぃぃ、お母さん」


 お父さん、オットセイになってるで。



「知らんかったんやねぇ、そりゃあ驚くわ。貴族のバイオリン講師といったら年配のバイオリニストばかり。バイオリニストの中でも栄誉ある仕事になるらしいし。でも、私も先日ルナ様と一緒にお話ししたけど礼儀のある確かなお嬢さんやわ。さすがやね、おっちゃん」


「キャサリンお嬢様・・・そないに言われたら、泣いてしまいますわ」



 ぐしゅぐしゅ鼻をすするお父さん、あれ、なんかここ感動する場面だったっけ。



「せやけど、一介のバイオリニストがなぜお二人とご一緒してるんです?話を聞く限り、ルナお嬢様のバイオリン講師なんはエライ名誉あることとわかりますけど・・・その、なんでうちの娘を・・・」


「そうね、これはまだあなたのお嬢さんにも話してないことなのだけれど。私、もうしばらくしたら隣国に嫁ぐの。その時にあなたのお嬢さんを連れて行きたいの」



 それはもう優雅な手つきでフェイ焼きを食べ終わったルナ様は、ナフキンで大して汚れてもいないお口を拭いた。


 ん?


 いや、描写説明いらないよ?

 だって今さ、なんかすごいこと言ったよね。



「ど、どどどどういう、ことですかっ?うちの娘が、え、なんで?」


「ちょっ・・・女神様が我が国からいなく・・・なる?」



 まって、お母さん。驚くところが違うやん。ここ、お母さんの娘がなんでかルナ様の嫁ぎ先まで連れてくよーってなんでなんーってところやんな?



「ごめんなさい。本当は二人きりでお話ししたかったのだけれど、ご両親を見ていると今がチャンスなのではと思ったの。ヴィオラ、どうか私と一緒に隣国に来て欲しい」


「ーーー、そんな。私は平民です。伯爵令嬢で国王陛下の従姪であらせられるルナ様とご一緒できるはずありません」


「今は、よ。私知っていてよ。あなたのーーヴィオラの本当の名前はヴァイオレット。隣国の元子爵令嬢だということも。あなたの姉妹がそれぞれ隣国の伯爵家へ嫁いでいて、社交界で確固たる地位を築いていることもね。

 姉妹どちらかの伯爵家の養女となり、私の補佐をして欲しい。王太子妃の侍女になって欲しいの」



 ズガーーーーーーーーン

 ドドドドドドドォォォォォ


 脳内に大砲が鳴った。

 これマジで脳内に情報過多でぶっ壊れるヤツでね、一回なったことあるねん。

 小さい頃、お父様が爵位を返上するでってなった時やねん。あれもびっくりしたけど、どないしよ、これもかなりびっくりすぎて、どないしよ。



「まぁ、ルナ様。隣国の王太子妃って、これまた驚きですわ」


「キャサリン様、このカーンサーイ地方の訪問旅行が終われば公式発表されるのです。このカーンサーイ地方は隣国から境界を守る要。今は友好的な同盟国であるけれども、そうでなかった数十年前までは殺伐とした地だったそうですわね。私も無事に婚姻が済めば王太子妃として両国の架け橋になりたいと思っておりますの。

 そのためにも、腹心の友と一緒に隣国に行きたいーーー、私の我儘とわかっております。けれど、どうかお許しいただきたいのです。元ダルトワ子爵」


「ーーーどうか私のことはチャールズとお呼びくださいお嬢様。シャルル・ダルトワはもうこの世におりません。爵位は返上し、妻の故郷であるカーンサーイ地方にて新たに生まれ変わったのです。

 そして娘に過分なお申し出をありがとうございます。本人の、娘の気持ちを第一にしたいと存じます」


「そう、わかったわ。チャールズさん。

 ヴァイオレット、私とこれからもずっと一緒にいてくれる?」



 ・・・、どうしよう。

 言葉が出ない。

 いきなりすぎるよ、だって、私バイオリニストだよ?

 そりゃあ、まだまだ楽団員の中じゃあ後ろの席だよ?

 でもね、でもお父様がどうしてもって手放さなかったバイオリン一本で、両親が働いたお金で音楽院に行って、やっと憧れのバイオリニストになったんだよ。



「・・・無理に、今答えを出すことはないわ。ごめんなさい、急な話をして」



 ルナ様は扇子をはらりと広げ、目を伏せた。

 そんな風に悲しげな顔をしないでほしい。

 でも悲しませているのは、すぐに返事をしない私だ。





フェイバリット焼き、略してフェイ焼き。

お好み焼きですね。まんまです。

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