第二十話 冒険者ギルドの異常な依頼
「おい、何だこの依頼」
「どうしたって、え? 」
アルミルの町の冒険者ギルド。
早朝、その一角に置いてある依頼ボードに一枚の依頼書が張られていた。
内容は簡単。
ランク不問でウルの町付近の山に自生するスタミナ草の採取。金額は十束につき銅貨十枚となっている。
いつもの如く依頼争奪戦が始まる前にその依頼を発見した若手冒険者が驚き、食い入るように見ていた。
仲間が争奪戦に入らない彼に文句を言いに行こうとすると、同じように驚く。
「流石に詐欺じゃねぇか? 」
「この依頼でおびき寄せる、と? 」
「依頼が簡単すぎる。そして報酬が高すぎる」
「しかしよぉ。それならこんな堂々と張り出すか? もっと、こう個人的に接触しねぇか? 」
「それもそうだが」
考えていると、時間がやってきたらしい。
彼らの周りで怒声が響く。
大きな音を出しながら高ランクの依頼が剥ぎ取られていっていた。
それに気づき「しまった」と思いつつもその依頼から目が離せない二人。
怪しいが、高額な報酬料が気になる様だ。
音も静まり完全に良い依頼が無くなった後、二人はどうしようもなくその依頼を見ていた。
「……よく考えればこれ何で一枚なんだ? 」
「分からん! お～い、ミミちゃん! 」
考えるも、分からない。
すぐに受付で少しぐったりとしている兎獣人の受付嬢に声をかけて聞くことに。
声を掛けられたミミは少し恨みがましく彼らを見ながらも笑顔で「どうかしましたか? 」と返事をした。
それを気にする様子もなく二人は聞いた。
「この依頼、なんで一枚だけなんだ? 」
「確かに他の町じゃいつも張ってるような内容だけどよ。この依頼、緊急じゃねぇか? 」
そう言い、依頼ボードの依頼書を指さす彼らに溜息をつくのを堪えながらミミは答える。
「その依頼は確かに最近張られたものです。しかし、期限付きではありますが全員に向けた依頼ですよ」
それを聞き、すぐに再度目を通す。
「マジか! 」
「え、じゃぁ、もしかして、極論このギルド全員が受けれるってことか?! 」
「そうなりますね」
ミミがそう言うと同時に二人は依頼の手続きに入った。
★
「……店長。まずいですよ」
「しかしご子息が」
ここはウルの町の小さな薬店。グレカスの店にスタミナ草を卸している店の一つである。
実の所グレカスはこの町の幾つかの薬店と契約を結んでいる。
それはある意味当然で、薬店が潰れても共倒れにならないようにリスクを分散するためだ。
加えてマネリオ商会としては輸送コストを考えて近場を抑えておきたいためこうしてウルの町の薬店と契約を結んでいる。
この町の薬店からしても大商会となったマネリオ商会は良い取引先で、普通に売るよりも二倍以上の値段で買い取ってくれていた。
これはアルミルの町の薬草事情が絡んでいるのだが、今回は裏目に出ていた。
「返しましょう」
「一度受け取った物を返すのは」
「このままだと本当に潰れますよ、この店」
自尊心を傷つけられ復讐に燃えた上司を宥めるためにロドリゲス・マネリオが真っ先に考えたのはこの町からアルケミナがいる、アルミルの町への薬草搬送の中止であった。
ロドリゲスは——アルケミナの名前は知らないが——アルミルの町の薬師がトリアノを治したと情報を得た。
アルミルの町付近はスタミナ草が自生しない特殊な土地。
隣町であるウルの町にその生産を依存しているのはロドリゲスもよく知っていた。
よって昔からの馴染みである薬店に大量の金をばら撒き一時的にスタミナ草の輸送をやめさせた。
医師という権力に金を用いて取引中止を押し付ける外道。
まさかグレカスも自分の息子がそんな風に育っているとは思うまい。
しかしながらロドリゲスの思惑通りにはならなかった。
そう。
グレカスが冒険者ギルドに依頼をしてスタミナ草を採りに行かせたのだ。
最初は胡散臭そうに依頼書を見る冒険者達であったが実際報酬を受け取っている所を見ると目の色を変えてその依頼に群がる。
結果としてウルの町からスタミナ草を仕入れなくてもアルミルの町のだけでポーション作成や薬の作成が行えるようになるのであった。
逆に今度窮地に立たされたのはマネリオ商会に卸せなくなった薬店達である。
今まで高額な値段で安いスタミナ草を引き取ってくれていたマネリオ商会。
その相手がいなくなったのは大きい。
この町の薬店はそれぞれ個々で成り立ち他の村や町に販路を持たない。
幾らこの町の治療院に薬を卸しているとはいえマネリオ商会からの売買価格からすれば微々たるもの。
よって今にも露頭に迷いそうな店主達であった。
「……ここはグレカスさんに謝りに行きましょう」
「しかし」
「今ならまだ間に合うかもしれません。だから」
「ご子息の、医師との契約が」
今にも動きたい店員に契約してしまい動けない店主。
ロドリゲスは今回の件を実行に移す時、それぞれの店と「本件について口外しない」という、異常な契約を半ば無理やりさせていた。
この国——他の国でもだが——医師というのは、ある種の特権階級でもある。
名乗るだけでなれる薬師、所属が聖国になる教会の司祭とは別に、自国——この場合だとシルヴァス王国——がその腕を保証した者で「医師であること」、これ自体が爵位と似たような扱いとなっている。
よって歯向かう訳にもいかず契約し、金も受け取ったのだが今回ばかりは分が悪い。
しかしながら当然このような契約には穴があるもので。
動きそうにない店主を見て店員達は顔を見合わせ、動き始めた。
「お前達、何を?! 」
「行くんですよ」
「店長を捕獲しろ」
「引き摺ってでも頭を下げさせに行くぞ! 」
「お、お前達?! 」
店長の悲鳴のような声も虚しく、それぞれの薬店の店長が縄で縛られ馬車に詰め込まれて、マネリオ商会へ向かった。
★
「……そのようなことが。わしの監督不行き届きじゃ。申し訳ない」
縛られた状態で来た顔なじみを見てギョッとしたグレカスだったが、謝罪と共に起こったことを話した彼らに頭を下げた。
それに驚きつつも、権力や金を得たことで人が変わったロドリゲスと違い見知ったグレカスのままでよかったと内心ほっとしている薬店の者達。
「あ、頭を上げてください。元よりうちの馬鹿店主がこんな契約をしなければよかったのです」
「そうです。貴方はもはや大商会の会長じゃないですか。頭を上げてください」
そう言われ、ゆっくりと頭を上げるグレカス。
ふぅ、と軽く息を吐き冷静さを保つ。
内心彼は今にも暴れたいくらいに怒っていた。
しかしここは謝罪と交渉の場。
感情のままに動くわけにはいかない。
「まずは……色々と決めないといけないことがあるんじゃが、そうじゃな。再度わしの店にスタミナ草を卸してくれんじゃろうか? 」
「「「よろこんで」」」
その言葉を聞いて心底安心するグレカス。
「後は……あの馬鹿息子との契約についてじゃが、破棄しても大丈夫じゃろう」
それを聞き「本当に大丈夫なのだろうか」と顔を見合わせる店主達。
しかし店員達に睨まれ背筋を伸ばした。
「まずもってその契約とやらは国法に触れる。すぐに町長……いや、アーク公に取り次いだ方がいいじゃろう」
「ア、アーク公爵閣下にですか?! 」
そう聞き返されて、深く頷くグレカス。
「この領地で起こったことだ。しかし、もしかしたらウルの町の町長にまで手が及んでいるかもしれん。ならばアーク公爵に直接直訴するのが最善じゃて」
「しかしそんな恐れ多い」
「それに門前払いされると思うのですが」
「これが普通の事件ならば、そうなるじゃろう。だが事件の発端はどうも医師ギルドの領都アーク支部の様じゃ。そうなると話が変わってくる。領都の医師ギルドが起こした事件ならば、むしろ領地を治める者として率先し、動かなければならなくなる」
なるほど、と言いながら頷く店員。
「そういうことじゃ。今回は本当に申し訳なかったわい」
再び頭を下げるグレカス。
それに恐縮しながらも、言われた通りアース公に直訴しに彼らは行った。
薬店の人達がいなくなった後、グレカスは執務室に戻る。
そして——
「あんのぉ、馬鹿息子がぁ!!! 」
怒鳴り散らしていた。
その声は執務室がある階中に響き渡り、すぐさま「どうしました?! 」と犬獣人の秘書がやってきた。
そして顔を真っ赤にし、憤怒に燃える上司をみて体中を震わせた。
「おい! 」
「はいぃ! 」
「馬鹿息子……。ロドリゲス・マネリオを家系から除籍しろ! 」
それを聞き、瞳を大きく開ける秘書。
いくら毒ついても縁だけは切らなかったグレカスがそう言ったからだ。
「そして全店舗に、契約している店にも伝えろ! 今後一切ロドリゲスと我がマネリオ商会は関係ないと! そして名乗らせるな! マネリオの苗字を!!! 」
その後、何があったのか聞き納得した秘書が動いた。
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