第十九話 グレカス・マネリオという男
「……こんなもんじゃろ」
自称三賢人の一人グレカスは巨大な丸いガラス瓶から出てきた液体——ハイ・スタミナ・ポーションを少量違う瓶に移して観察し、納得する。
「会長。お疲れさまです」
従業員がグレカスをねぎらう。
グレカスが振り向くとそこには白衣を着た魔族が。
彼を見て嘆息気味に言った。
「なにがお疲れ様じゃ。お前さん達が作れればわしはとうに引退できとるのに」
「このマネリオ商会でハイ・ポーション類を作れるのは会長のみというのを御存じでしょう? 」
「だからと言って研鑽をやめて良いというわけではない。研究員に配合・抽出手順を公表しとるのに何故出来んか」
「会長達が異常なだけです」
聞き飽きた言い訳に嘆息しながらグレカスは扉の方に足を向けた。
それを追うかのように魔族の従業員がついて行く。
振り向かず、口を開いた。
「今回の納品はこれで全部じゃな? 」
「はい。すでに各方面に送るように手配しております」
そう言うと同時にグレカスがいる大きく白い部屋の扉が開いた。
他の従業員が入ってきて彼に挨拶し、瓶に群がる。
軽く後ろを振り向き再度嘆息し、嘆いた。
(確かにこの商会でハイ・ポーション類を作れるのは確かにわしだけじゃ。しかし、だからと言ってこれがいつまで続くかわからん。どうしたものか)
マネリオ商会はこのアルミルの町に本店を置くシルヴァス王国の各領地に支店を持つ大規模商会である。同時にこの商会はマネリオが立ち上げ、そしてここまで昇りつめた。
複数店舗を彼の息子・娘、そして孫や孫娘が運営し、経営は順調。いやマネリオの全盛期を上回る活躍を見せている。
しかし同時に問題となっているのは技術の伝授。
ハイ・ポーション類はもとより様々な技術が商会の中で伝授が出来ないでいた。
(下手に商会外のもんを使うわけにはいかんしの。一族の者で数人錬金術師と薬師の才に恵まれた者がいたらよかったんじゃが……)
グレカスの子孫達はほぼ全員が商才に極振りしたような人物だ。
細かな計算は得意でも、細かな作業は苦手。
錬金術や調合のような寸分の狂いが許されない配合がある技術には総じて不適合。
(錬金術、調合……。良い顔はせんじゃろうがアルケミナの嬢ちゃんに技術顧問でも頼むか? 出来れば己の力でしたかったのじゃが、歳もそろそろ……。ん? そういえばあの馬鹿息子は今どうしとるんじゃ? )
グレカスには一人だけ商才にも恵まれなかった息子がいた。
その名を——ロドリゲス・マネリオという。
★
巨大な作業室から出てきたグレカスは魔法で体を消臭し、執務室に向かった。
彼が通り過ぎるごとに従業員が挨拶し、頭を下げる。
威厳に満ちた彼の姿は賢人会 (笑)の時とは違う。
いや、この姿が本当の姿なのだろう。
木製の——しかし艶のある綺麗な廊下を行くと、豪華な扉が彼を待っている。
着く前に彼の秘書長で研究員の男が先に進み、扉を開けた。
それを当然の如く流して、中に入る。
中は豪華絢爛、という程ではないが誰か有名な画家が描いたであろう絵が飾られ幾つか机が見える。
その中でもとりわけ資料が山積みになっている机の後ろには大量の本棚が置いてあった。
「さて、今日の仕事は」
サンドラーという国から輸入した赤い絨毯を歩き、自分の机について秘書長に聞いた。
秘書長もそれに答え、今日の予定を伝える。
「子供達は上手くやっとるようじゃの」
「ええ。見事会長の才を受け継いだようで」
「才は受け継いどらんよ。この商会はわしが立ち上げ勝手に成長しただけ。基本は錬金術とかにある。才を受け継いだのならばそっち方面で伸ばしとるだろうに」
それを聞き、苦笑する秘書長。
彼は自分に与えられた机に戻り、仕事に取り掛かる。
それを見届けたグレカスが数少ない商会長としての仕事にとりかかろうとすると、扉からノックの音が聞こえてきた。
返事をし、中へ入る事を許可すると犬獣人のスーツを着た秘書が入る。
挨拶をし、おずおずと言った感じで中に入るとグレカスの前まで来て、口を開く。
「会長、こちらの資料なのですが」
そう言い出してきた資料を少し眉間に皺を寄せながら受け取り内容を読む。
グレカスに渡る資料の殆どは、あとサインをするだけで良いもので部下がすでに精査したものになる。
こうして直接渡してくるのは緊急を要するか、部下の手に余るかのどちらかなのだが……。
(これは……)
内容を見て更に皺を刻むグレカス。
片肘をついて頭を支えて、内容を見直す。
(この町へのスタミナ草の輸送を一時的に中止したい? どういうことだ。確かこの店はウルの町の薬店。十分な値段で取引しているはずだが)
と、思い軽く顔を上げる。
そこには困った顔をした犬獣人の秘書と何があったのか興味深そうに近寄って来る魔族の秘書長が見えた。
グレカスが真っ先に思いついたのは部下の失礼だ。
これならば有り得る話。
尊大な態度を取って相手の機嫌を損ねた可能性。
しかしスタミナ草の取引はこの町にとって重要案件。信頼のおける者に任せているし、何よりそのような人材を送り込んだ覚えはない。
(……違和感を感じる。なんだ、この圧倒的違和感は)
グレカスは引っ掛かりを覚えていた。
長年、それこそ薬店の頃から付き合いのある店だ。
そもそもこのような陳情のような物を送って来ること自体がおかしい。
「……冒険者ギルドに依頼をし、ウルの町付近のスタミナ草を採りに行ってもらおうか」
「この取引一時中止の件は如何いたしましょうか? 」
「保留だ。向こうにも何かしらの事情があるのかもしれない」
「少し……甘くないでしょうか? 」
そう言う秘書に苦笑いをして、返す。
「そうだな。確かに甘いかもしれない。だが……やはりおかしい。何か起こっている可能性がある。相手が知らない商会ならばすぐに縁を切っていただろうが、古馴染み。少し様子を見よう」
承知いたしました、と犬獣人の秘書官は返す。
それと共に「冒険者への報酬は如何いたしましょうか」と聞く。
「……そうだな。確かスタミナ草の依頼料の相場は銅貨一枚だったな? 」
「ええ」
「ウルの町まで約一日。途中の山で採って帰ることも考えると、やはり一日係りの仕事になる。薬店から高値で仕入れていたことも考え……銅貨十、いや十五枚出そう」
破格の依頼料にゴクリと喉を鳴らす二人。
この金額は一日で最底辺のFランク冒険者が約半年過ごせる金額を稼げることになる。
いつも取り扱っている金額が巨大な為驚きはしないものの、その豪快さに笑みを浮かべる二人。
「それに……」
「「? 」」
「今回の件。保留にしていればいずれ向こうから説明が来るだろう。何せ一番高く買うわしの店との取引を、一時的にでも中止するんじゃからの」
少し暗く映る瞳に少し背筋がぞくりとさせつつも、仕事に向かう二人であった。
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