第一話 錬金術師、頭を悩ませる
「無い! 」
「何がだ? アルケミナ」
「ハイ・スタミナ・ポーションの原料だ、ケルブ! 」
オレはそう言い頭を抱え薬品棚から一体の猫顔の紳士を見た。
薬品のきつい臭いが漂う中、白いスーツの彼はやれやれと手を横に振つつオレを見る。
すぐさま白いシルクハットから目を離し他の棚へと移る。
薬草が入っている瓶を一つ一つ確認し、引き戸を全てあけるがそこには目的のものはなかった。
「こら。床に膝をつくんじゃない。淑女が聞いてあきれる」
「淑女とかそう言うことよりもハイ・ポーションの原料がないなんて」
「管理不足じゃないかい? ほらこの前使っただろ」
「確かに使ったが……」
立ち上がり受付へ向かう。
木製の机へ足を向けて帳簿を見る。
パラパラと捲り出ていった個数を確認。
うぐっ! 確かに使ってた。
だがその後採りに行ってなかったか?
「はぁ。その様子だと使ったようだね」
と、後ろから呆れた声がしてくる。
どうやらケルブが作業室から受付に来たようだ。
オレの半分以下の体を軽くジャンプさせて目の前に座る。
「ま、まぁ……。こういうことも一度くらいは……」
「吾輩が記憶しているだけでも二桁入っているのだが? 」
「そ、そんなことも……あったか? 」
「アルケミナ。君は錬金術のことになると素晴らしいが、それ以外のことになると疎かになるのはどうかと思うがね」
「し、仕方ないじゃないか」
「……吾輩を君の所へ置いた君の『師』にどう顔向けしたらいい事やら」
そう言いつつケルブは軽く尻尾を振りながら受付台から飛び降りた。
彼——ケルブは師匠から譲り受けた魔導人形の一体だ。
オレは錬金術は出来るが魔法や剣のような戦闘は全くダメで。
そこで心配だからということで置いて行ったのが彼なのだが、いつの間にかオレの保護者のような立ち位置になっている。
解せぬ。
「? ケルブ。何をしているのだ? 」
「……他に不足品がないかチェックしているのだよ」
少し跳ね、品を商品棚を確認しているケルブ。
はねたと思うと少し宙に浮く。
そしてそのまま次の商品棚へ行った。
ケルブは魔導人形——魔力で動く人形だ。
彼は更に知性ある魔道具の一種で魔力ある限り自分で考え自分の意志で動くことができる。
彼はどこかの有名な技師が作ったらしく、それを師匠が「旅の途中で手に入れた」と言って一体を渡してくれた。
ケルブの性能は半端ない。
まず彼は充填した魔力で魔法を使える。どうやらそういう刻印魔法が刻まれているらしい。
しかも彼が得意とするのは剣ときた。
もう、オレの立つ瀬がない。
いいや! オレは錬金術師で薬師だ! ケルブとは分野が違う!
そう思いながらも帳簿を再度捲る。
「スタミナ・ポーション、スタミナ・ポーション、マナ・ポーション……ハイ・マナ・ポーションも出てるな……これは一緒に作り置きしておいた方が良いのか? 」
「ギルドに卸す分はこの前納品したはずだ。作り置くのはいいけれど、次の納期までに時間がある。特段作っておく必要はないと思うのだけれども」
宙に浮いた状態でくるりとこちらを向いてそう言った。
「ん~確かにそう言われれば」
椅子の背に持たれて考える。
この俺の店——『アルケミナ魔法薬店』は冒険者ギルドや商業ギルドにポーションや薬を卸している。あと、顧客と言えば個人の冒険者か置き薬を周りの村に持っていくかくらいだ。
だから今まで、そこまで緊急の用事で薬を出したことは無いがこの先分からない。
作り置きしておくに越したことは無いと思うんだけど使用期限もある。
悩ましい。
「材料費もただじゃない。今回はハイ・スタミナ・ポーションのみにしておいたらどうだね? 」
「……そうするか」
立ち上がり背伸びをする。
肩がこる。
軽く肩を回して凝りをほぐす。
……胸が重いというのも悩みである。
だれか薬を作ってくれ。
「じゃ、準備しようか! 」
そう言いつつ俺は準備を始めた。
★
「農具はどこだったっけ? 」
「倉庫の、端だったろ? 」
「あぁ……。ここら辺を探してないはずだ」
オレとケルブは店の裏手に回り店の倉庫に来た。
ケルブが光球の魔法を使い周りを照らして道具を探す。
他の錬金術師なら冒険者ギルドに依頼するのだろうがハイ・スタミナ・ポーションに関してはオレは自分で採ることにしている。
依頼で出すには高額になるのもあるし何より三つある素材の一つ、モルト草は小さすぎて見逃す可能性があるからだ。最悪踏んづけるかもしれない。
他の二つに関しても乱雑な採り方をされてダメになったことが多かった。
だから自分で採ることにした。
「お、あった、あった」
隅まで歩き、鎌を手に取る。
小さめの普通の鎌だ。
「刃こぼれはしていないかい? 」
「うむ。大丈夫だ」
光球に照らしてよく見る。
鎌から目をずらしてまた違う方向を。
「スコップもあるな」
鎌を大きめのマジックバックに入れて手に取る。
体の半分ほどあるそれを同じようにマジックバックへ入れる。
「あとは……」
「樹皮を削るものもいるんじゃないのかい? 」
「樹皮? はて。ハイ・スタミナ・ポーションの素材に樹皮が必要なものはなかったと思うんだが」
「何か面白いものがあるかもしれないだろ? 」
と、オレの前まで来てそう言う。
人形故か表情があまり変わりないがこれが人間だったら物凄く興奮した顔をしているのだろうね。
彼は常にすまし顔だけれど。
にしても……。
「何だ、その冒険者的発想は」
「吾輩は常に冒険をしているのだよ。外の世界を知りたくて、工房を出た。故に君の指摘も間違いじゃない。しかし君に言われると心外だが」
「なんだそれ」
「それに、もしも珍しい薬効を持つ木があったらどうするんだい? 」
「うぐっ! 」
「そう言う時の為に色々と準備は怠らない方が良いと思うのだが? 」
「た、確かに」
「と、言うよりも君の師はそう言っていたと、吾輩は記憶しているが」
「ああ“あ”!!! わかった、わかったから!!! 」
少し大きな声を出しつつ大股で樹皮を剥がす道具を探し、アイテムバックに入れて準備完了。
全く失礼な魔導人形だ!
知性ある魔道具は全部こうなのか?!
もっと自我というものが少ないのが普通じゃないのか?
いや、普通なら自分から作られた工房を出たりはしないか。
軽く自分で納得し、店の中へ再度入り残っている、いざという時の為のポーション類をバックに詰めて扉を開けた。
「さぁ。冒険者ギルドへ行こうか」
「……一先ず君は外向きの服に着替えたまえ」
無言で店に戻った。
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