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第6話 それぞれのアイデンティティ

 



 数日後、俺は放課後のクラブ活動に精を出していた。所属している部活はサッカー部。三年が引退した今、二年の部員が羽振りを利かせていた。


 裕賀「おい、勝っ。ちゃんとつま先の中心でボールを蹴ろっ。

 それができないならそもそもインステップキックという名称さえ賜われない」

「すっ、すいませんキャプテンっ!」



 ……お分かりいただけただろう。

 八美隆二は確かにサッカー部主将。だが本質的にその地位に就いているのは裕賀だ。実質俺は何もしていない。


 充(やっぱりスポーツは見てる方が楽しいや。見たことしかないけど……)

 翔太(裕賀のスポーツセンスはやはり一頭地を抜いている。この分野に関しては俺は足元にも及ばないな)


 俺たち他の三人は脳内でボールを蹴る感覚、足元のボールを追う景色をバーチャルリアリティのように快感している。勉強と違い、裕賀がやりたいと言い出したサッカーは俺たち傍観者サイドもめり込めるという益がある。


「隆二っ、ナイスシュー!!」

 裕賀「わざわざ口にするな、当たり前のことを」

「キャー、隆二先輩かっこいいっっーー!!」

 裕賀「おい、お前らっ。あそこの雌ブタどもを黙らせろっ。サインならあとでしてやるとな」


 なんだろう。自分が称賛されてるようでされてないこの感覚。

 誇ってもいいはずなのに……テレビで同じ名の著名人を発見したときにはない虚しさを孕むこの感覚はなんだ? ……やべっ、また涙が。


 翔太(まるで弟の活躍を見る兄の心意気だ。俺は。)

 充(うん。裕賀は綿野原高校のエースストライカーだしね。

 今は次の練習試合の相手をシュミレートしたメニューを組んでるんだって)

 俺(俺は……自己嫌悪に陥りそうだ……)


 裕賀がサッカーに興味を持ち始めたのは高校に入る前だった。その頃はまだ受験シーズンの真っ只中であり、体はほぼ二十四時間翔太が独占していた。

 その合間合間にあてがわれた個々の自由時間で、裕賀はネット記事でプロサッカーという存在に出会い、魅了された。

 敵と味方が乱れ狂う草地の上での司令官という立場が裕賀の性癖をくすぐったのだ。

 そして高校に入ったなり裕賀はサッカー部入部を主張し、特に入りたい部がない俺たちは人脈を広げるという観点でそれを許可した。もちろん、それぞれの意見を尊重するというパラダイムも込みで、だ。


 そうして今のところまで裕賀は上り詰めた。俺としては裕賀の恣意的な面がチームワークにおける不安要素だと思ってた。

 が、それに目を瞑らせるほどに裕賀の実力はこの業界の中で逸材だった。

 今では裕賀のこの我が道を往くキャラがファンを集める要因となってる。


 裕賀は俺たち他の三人の脳内会話が耳に入らないほどにサッカーをしているときは熱血になる。


 翔太(綿野原高校のサッカー部自体も着々と力を伸ばしている。もしかしたら、裕賀にスポーツ推薦なんてこともあるかもな)

 充(へぇっ。それはいいね。僕はどうせ無能で何も成せないから、裕賀がこの道に進んだら手放しで応援するよ)


 俺はこの二人の何気ないやり取りに引っかかった。


 俺(なあ翔太。お前行きたい大学あるって……)


 俺は以前翔太がとある国立大学に惹かれていると語っていたのを思い出したのだ。翔太が普段血眼で勉強してるのから察するに本気なんだろうとも思ってた。

 だから翔太の今の発言にはそれにそぐわないものが認められた。


 翔太(う〜ん、まあそんなこともあったらって話だ)

 俺(じゃあそのもしもがあったら?)

 翔太(あったら……まあそんときはそんときだろう)

 充(ねえ二人ともなんの話してるの?)


 もしもがあったら……翔太はきっと譲るんだろう。はぐらかしたのはそういうことだと俺は捉えた。


 俺(なあ翔太。お前がやりたいことってなんだよ)

 翔太(うん? 俺は特に……ないな)

 充(ねぇだから……)


 ……嘘だ。とは言えなかった。翔太が学年二位の成績を取るほどに励む理由、それは翔太が描く夢のためか、それとも隆二という人間のためか。はっきりと前者であるという確証がなかったからだ。

 もしかしたら翔太は隆二という一人の人間の為に勉学に勤しんでいるのでは? いい大学に行きたいと言っていたのもそれは翔太の意志ではなく、隆二(この人間)の将来のため……俺たちのためではないのか。

 だとしたらそれは、翔太が日頃からそれこそ口酸っぱく口ずさむ、俺たち四人はここのやりたいことを尊重するという理念に反しているのではないのか。


 俺(翔太、お前好きな奴は?)

 翔太(笑えないぞ、隆二。彼女が出来たばかりなのに不謹慎だろ。あと俺にはいないから安心しろ)


 違う! けど、それ以上は言えない。

 俺は翔太が春香の方が好きだったのかどうかが知りたかった。

 あの日おでん屋であったのを最後に春香とは会っていない。朝の校門でも会わなくなった。

 そして俺たち四人の中で唯一春香とメール交換をしていた翔太もあれから一通のメールを打たなくなった。

 俺が自責の念から寄越そうとしたメールにさえも翔太はよせと言った。安い言葉は相手を傷つけるからと。

 それが俺には翔太が春香のことを必死に頭から抹消しようとしているように見えた。俺のために自分の恋心を殺しているように。


 ……ダメだ。


 俺は沼に沈みかけてる。きっと今の感情は由紀に告白し歓喜にあふれたあの日に付随してきた筋肉痛のようなもの。楽しんだ後に来る黄昏みたいなもの。そう思うしかない。

 今翔太に春香のことを持ち出すのは勝ちが決まった後出しジャンケンと同義。俺から言い出す資格は無い。俺は少なくとも翔太の優しさに甘んじたのだから。


 裕賀「おい松屋っ、ちゃんとパスのコースは選べ。俺が走りたいと思った場所をお前が予測しそこに俺が取りやすいボールを運べ」

「イエスっ、キャプテン」


 充(すごいっ、ちゃんと的確なアドバイスをしてるっ。でもやっぱり思うように行かないんだね)

 翔太(そうだ充。リアルと仮想現実では訳が違う。意思疎通が集団プレーでは付き物だ。ワンフォーオール、オールフォーワン。基本事項であり極意だ)


 裕賀の活躍に他の二人が感嘆する。需要と供給は満たされている。なら他への献身は決して自己犠牲にはならないのか。

 いや……もうこれについての思考はやめよう。

 今はただ、裕賀の邁進ぶりに舌でも巻いていればいい。


 翔太たちが後援してくれたように、俺もそうしよう。




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