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第4話 奪われた純潔

 



 俺が由紀に告白したその日の夜。

 俺は何をしたと思う?

 いきなり一夜を共に過ごしたと思う?


 ……残念。俺は今屋台でおでんをつついている。

 しかも、由紀とは別の女と。

 なんてこった。




「何静まり返ってるんですか。まるでこれじゃ私が加害者で貴方が被害者みたいじゃないですか」


 カリカリしながら、隣の彼女は屋台の親父さんに矢継ぎ早に注文を足していく。

 大根、玉子、こんにゃく、厚揚げ、はんぺん。

 某ネットサイトが昨今実施した、おでん人気の具ランキング上位そのまんまだ。

 ミーハーかよ。この言葉が適当かは知らんが。


「それでは八美隆二君。今朝私の純潔を奪ったこと。無論忘れていませんよね」

 俺「なっ、なんのことだか」

「ぐっ、まさかこの期に及んでシラを切るつもりですかっ。接吻のことです!」


 それを口にすると彼女は両手で顔を覆い、耳痛がするぐらいの黄色い声を上げる。

 そのわざとらしい挙動はまるで、大根役者だ。

 でも、しっかりと指の間から炯眼がこちらを覗き見ているのに俺はゾクッとした。

 屋台の親父さんもとんだ修羅場に巻き込まれたのではないかと、固唾を飲んでいる。


 ところでもう、この相手が誰なのか分かったのではなかろうか。

 ご察しの通り、風紀委員の春香光だ。


「これ以上の言い訳は不毛ですっ。潔く責任を持っていただきます」


 春香は朝の件を根に持ち、俺をこの場に呼び出したのだ。

 求めるものは勿論、贖罪。俺はせっかく頼んだ具が喉を通らないくらい消沈していた。

 まさか、口づけしたものを恋奴隷にする裕賀の魔法にかかりきらない女がいるなんて。


 俺(おい、裕賀。こいつ落ちてないぞっ)

 裕賀(見れば分かる、皆まで言うなっ。俺も些か驚愕しているところだ。というか驚きを越えて、俺の魅力に気づけない彼女には一種の憐憫も抱いている)

 俺(なあ頼むよ。もう一度朝のモーションを仕掛けてくれないか? でなきゃ乗り越えられる気がしない)

 裕賀(それは御免被りたい。彼女がいい男の分別がつかないことは朝実証された。それに俺を安売りすることは俺の気に触る。肝に命じておけ)


 裕賀との交渉は決裂した。いやはやこれも因果応報か。俺は異性とのトラブルは裕賀の卓越な口説き術とキスによりやり過ごしてきた。裕賀はそれこそ自分を安売りしてきた筈なのに、春香の結果にプライドが傷ついたのだろう。今の俺に左袒してくれる意は汲み取れなかった。


 いやしかし……由紀と交際するにあたり、このモラルに欠けた必殺技も封印する時期なのかもしれないな。


「何一人で黙り込んでるんですか? 急に顔が強張ったり、眉をひそめたり気持ち悪かったんですが」

 俺「あっ、いやすまない。この状況を打開する策を練ってたんだ。でもやはり俺が悪いなって……」

「そうです。逃れ得ません。証拠もこちらにございますしね」

 俺「なっ、証拠?」


 春香はスマホを起動させると、坦々と指を動かし、あるアプリを開いた。そして俺に見ろと無言でその画面を遣った。

 ここまでポーカーフェイスを貫く春香に恐縮しつつも俺はそれを覗き見た。


 俺「えっ、これって」

「はい、学校の監視カメラの映像です」


 俺は不覚にも恐怖を感じた。

 そのスマホには二十個の映像が同時再生されていた。

 つまりまあ一つの画面に数多の映像が流れてるってことだ。


「私は風紀委員長。その権利は監視カメラ映像の閲覧にまで及びます。この学校の防犯装置は全て私の管轄下だと取っていただければ結構です」


 証拠があるということは言うまでもなく録画機能も備わっていることだろう。春香はリアルタイムで情報を仕入れているわけだ。

 でもこれこそ倫理論に引っかかりそうなもんだが。しかしこれは揚げ足を取れるか?


 俺「言いたいことは分かった。でもお前は墓穴を掘った。

 お前が常時学校の様子を視認できる事実が広まれば確実に指弾の集中砲火を受けると思うが」

「はぁ、なるほど。まさかまだ反抗の意思を見せるとは。

 でもそれは詭弁ですよ。そこが浅い。あなたがいろんな女生徒と一線を超えた関係にあること、私はいつでも公表できるんですけども」


 あっ、そうだった。

 たしかにそれは割りに合わない。

 怒りの矛先は紛うことなく俺に向けられるだろう。

 くそっ、言いくるめることはできないのか。

 もう追従するより他ない。


 俺「俺は何をすれば許される?」

「う〜ん、そうですね〜」


 春香はモルモットを手に入れたマッドサイエンティストのように頬杖をつく。

 俺は春香がどんな無理難題を吹っかけてくるのか、待つよりなかった。

 驚いたことに、その間屋台の親父は嬉々とした表情で大根を頬張っている。全く人の不幸でおまんまくってんじゃねえよ。


 冷や汗で背中に寒気が走ったのを俺が認めたとき、俺の頭で呼びかけるものがあった。


 翔太(どうやら、事態は深刻なようだな、隆二)

 俺(あっ、隆二。何だよ、起きてるなら言えよっ。お前の力が必要だってのに)

 翔太(ああ、すまない。今日授業で習った英単語のアクセントを復習してたんだ)

 俺(あっ、それは……ご苦労様です。では宜しくお願いします)


 俺は対応力のある翔太にこの場を一任する事にした。

 充と裕賀はどうやら脳内ベッドでお休みらしい。

 もう遅いもんな。今十時半だぜ。模範生徒を気取る女生徒が笑わせる。

 と、その刹那春香が開口した。




「私と付き合って。結婚前提でね」




 ……はっ?




 翔太「はっ?」

 俺「はぇっ?」

「なんで、二回も驚いてるんですか?」


 いやいや何その急展開。論理もクソもねぇぞ。おでんの親父もフリーズしてるじゃねぇか。




 ……だが春香は本気だった。こちらを直視するその鷹の如き眼差しがそれを裏付けている。

 俺は胃袋に穴が開く感覚を覚えた。




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