第1話 非日常な日常
そして俺がなんちゃって多重人格者になっておよそ二年が経った。
俺は無事、第一希望の公立校綿野原高校に合格し、今は綿野原生として二年C組に属している。
食べるものも共有。睡眠不足も共有。喧嘩で食らった拳の痛みも共有。四つの人格が一つの体に同居するシェアライフ。
このシェアライフもやはり最初は息苦しかったが今は安定してきた。
充が夜分遅くまでネトゲをするせいで他の三人まで眼痛に悩まされたこともあれば、翔太が勝手に高校の学級代表に立候補しようとしたこともある。
バレンタインに隆二の名前が書かれたチョコが全て実は裕賀宛てだったこともある。
おまけに四人の休日の楽しみ方がバラバラなので、文字通り体の取り合いが起きた回数などいとまがない。
でもここまでやって来れたのはやっぱり俺が日常生活に置いて、主だって体を操縦することを委ねられたからだろう。
これは翔太の、人付き合いなどを行うにあたり、やはり元々の人格からブレるのは良くないという考えからだ。
この計らいのおかげで俺が多重人格者だということは今のところ親を含め誰にもバレていない。
しかし要所要所、他の三人に体の自由を譲ること多々もある。
例えばもう癪だが、勉強は全て翔太に一任している。俺が解けない問題を翔太が解けるってどういうことだよって初めは思ったが、そんな屁みたいなプライドとうに捨てた。
そしてスポーツ関連は裕賀。こちらも訳が分からないことに俺の百倍運動が出来る。
充は……特に何もしていない。
まあこんな理不尽に悩まされながらも、俺は今日も通学路を意気揚々と歩いていた。
さわやかな風と輝かしい太陽が俺の頬をオレンジに染める。もしかしたら俺はこの時間が一番好きなのかもしれない。
充(うわっきっしょあの生徒たち、男女同士で手繋いで歩いてるっ! しかも年下の一年っ。僕なんてまだ女子の吐息を浴びたこともないのにっ……きっしょ!!)
翔太(もうすぐ考査も近いというのに、不埒な行為をっ……人間のクズがっ!)
……すいません、嘘です。
ストレス要素満載でしたね。翔太と充はときにもの凄い卑屈になります。
特に充が俺の体を使った後にはいつも両手の爪が噛まれています。彼は物凄いコンプレックスの塊なのです。
吹き付けてくる風がなま寒いものになったとき、俺の背中をドンと叩くものがいた。
「あっ、りゅうくんおはっっよ、〜〜!!!」
俺の耳に天使の息吹がかかり、俺は朝のテンションを取り戻す。
俺「おう、おはよう由紀。急に押すなよ、びっくりするしはずいだろっ」
俺を押した彼女の名前は由紀。俺と同じ二年で幼なじみだ。
ショートヘアの髪にガラスのように澄んだ瞳の持ち主。そして俺がずっと片思いをしている相手。俺は心が踊った。登校時間が重なるとはなんたる偶然。
「ハハッ、ごめん。なんか背中から哀愁出てたからさっ。
でも朝からりゅうくんに会えるってなんか最悪だな〜」
俺「ったくなんだよ、ツンデレだな〜」
ふふっ、愛情の手のひら返し。こんな朗らかなところがたまらなく可愛い。どうだ、充? これが幼なじみの関係だ。
俺「にしてもこの時間に来るなんてお前珍しいな」
「うん。直日の仕事でさ。教室の鍵取りに行かないといけないんだ」
俺「あっそ、頑張れ」
「ちょっ、何その急な突き放す感じ〜〜」
俺「はっはっはっ、すまんすまん」
よしっ、この流れ悪くない。
実は今日こそはと俺は決めていたことがあった。
やはり由紀に今会えたのもきっと偶然ではない。俺は由紀の手を自分の手の中に包み込もうとする。
だがその瞬間、嫉妬にまみれた少年が雄叫びをあげた。
充「やめろおおおおおおお、僕はリア充になるつもりはないい〜〜〜!!!」
「りゅっ、りゅうくん?」
俺(えっ? おい充っ!)
……もう手遅れだった。
周囲にいた通学する生徒の目は一斉に何やら喚きだした一人の男子生徒に向けられた。
そう、隆二という生徒に。
俺はその場にいた生徒の視線をビンビン感じた。
「りゅう……くん?」
俺「いっ、いや由紀今のは……」
……ヤッ、ヤバイっ! こいつは俺はじゃないって言ってもわからないだろうし……っていうかこんな場所で叫ぶなんて分別なさすぎるだろっ!
しかも由紀の目は怯えている。
俺「ちっ違うんだ由紀。ほっほら俺よく気が動転することがあるだろ、これもその類で」
由紀は呆然自失とした眼差しを俺に送る。
ひっ、ひえ〜通学時間が重なることなんて滅多にないのにここで充のリア充アレルギーの発作が起きるなんて。
しかも信じられるか? この風評被害受けるの全部隆二なんだぜ?
俺(とっ、兎に角この状況はマズイッ!!)
俺は祈るように由紀を見つめた。
由紀は急に俺が眼力を入れ込んだものだから、ビクッと肩を震わせた。
だが察してくれたのか由紀の顔は瞬時に笑い顔に変容した。
「ははは、りゅうくんそんなところあるもんね。ちょっときついジョークってところかな」
俺「あっ、そそっそうだ。なんというか……朝の憂鬱?」
「ふ〜ん」
俺「ふ〜んって。っておい……なんで後ずさってるんだよ」
「えっ、いや……別に逃げようってわけじゃないよ〜」
俺「言葉と足の動きが相反してるぞ」
「あっ本当だ。おっかしいな〜…………じゃっ私急いでるから〜〜」
俺「ゆっ由紀! うわあああああ〜〜」
由紀はセクハラから逃げるように校門まで走って行った。
そして俺は使い捨てられたコンドームみたいにその場にへにゃり崩れ落ちた。
翔太(これが失恋というやつか、まさか実習ができるとは思ってもみなかったな)
裕賀(捨てられた男と捨てた女。似たようで真逆の存在。俺が求める愛ではない)
充(…………)
あの〜、二人ともわかってますか?
隆二振られたはあなたたちが振られたと限りなく近しい現象なんですよ。
あと、充。急に黙り込んで我関せずはやめよーか。
……そして結局、走り去った由紀は戻ってこなかった。
そうして失意の中歩き続け、俺が校門をくぐろうとした瞬間チャイムが鳴った。
「こらっ、遅刻ですっ! 遅刻指導の対象になる前にちゃんと自重しなさいっ」
巣に獲物がかかった蜘蛛のように俺の前に飛んできた女。
二年B組春香光。
小柄でルックスもよいが、彼女は風紀委員長。
つまり遅刻した生徒を補導するという嫌われ役を背負った救えない女なのだ。
でも今の俺にはどうでもよかった。
俺(裕賀、今の俺は何も感じない。だからアレを頼む)
裕賀(やむを得ない。まあ、任せろ)
俺は体の操縦権を裕賀に譲った。
「ちょっと、聞いてるんですかっ! 遅刻者は……ふっ、ふぅぐぅっっっ!?」
しびれを切らし、俺の手をつかんだ春香の手を逆手に取り、裕賀は彼女の唇を奪った。
奪ったのは裕賀だが、その感触は俺にもくる。
翔太(こっ、こんな公衆の面前でキスをっっっ、ほっほわ〜〜)
充(あっ、ありえない。認めてたまるかっ……ありがとうございます)
その感覚は分け隔てなく翔太と充にも伝わっている。
しかし裏で三人が女の唇に興奮している間にも、裕賀は一切心揺れることなくセリフを吐き続けた。
裕賀「お前が俺に指図するな。図が高い。俺が行く道は俺だけが知っている。俺と対等に話したいならまず俺と同じ道に立つことだ」
「なっ、何馬鹿げたことをっ!! あなた頭おかしいんじゃないですかっ? 私は……むぐぅっ」
裕賀「春香光。その一途な姿はさながら生まれたての赤ん坊。しかし、俺は今おしゃぶりを持ち合わせていない。これで我慢しろ、俺の口づけをくれてやる」
裕賀が唇を離すと、春香は魂を吸われたかのように前のめりに倒れた。
女を殺すのは裕賀の仕事。決して俺が由紀以外の女に浮気しているわけではない。
だから倫理的にセーフ。
俺はまた裕賀に代わり、自分の意思で足を動かし始めた。
……ところでなんだこの感覚は?
俺はなぜか沈んだ心が一気に浮かび上がっている感覚を覚えた。なんというか高揚感と自信がみなぎってくるような……
俺(まっまさかさっきのキスで。俺の中の脳内麻薬が溢れ出しているのか?)
さっき由紀に逃げられたのも、一種の愛情の裏返しのように思えて……いやっ、アレは間違いなく愛を語る行動だった。
俺(おいお前ら。俺はやれる気がするぞっ! だから絶対に手を出すなっ! 予定通り俺は今日由紀に告白するぞっ!!)
俺は今日由紀に自分の思いを伝える。これは数日前から決めてたことだ。
来年本格的な受験生になる前に由紀と付き合い、俺はリア充になるんだっ!
俺「今日の占いは一位だし、朝から由紀に会えたっ!
キスのシュミレーションは完璧っ!
振られる気がしないっ!」
俺は慢心を胸に抱き、教室に向かう。
そうだ、俺は今日非リア卒業だっ。
悪いな、充っ! 俺は今日からお前の敵だっ!!




