第8話 初デートその1
俺は最寄り駅で由紀と合流すると、そこから通勤特快に乗り、新宿に向かう。
乗車した電車が想定以上にガラガラなことに由紀は驚嘆した。
「はれ〜〜、全然混んでないなぁ。私たち運がいいね〜なんて」
俺「ホンットそうだな。やっぱ日曜だしみんなインドアしてるのかな」
……言わずもがなそんなはずはない。俺はこの日のために最適最善な電車に乗れるように事前調査をしていたのだ。
どの時間帯のどの車両が一番人が少ないのか。それを知るために東京駅の新幹線の時刻表、成田・羽田空港の時刻表を洗いざらい調べ上げた。更に先週の日曜日を消費し、新宿駅で乗車下車の人数もカウントすることで、最新の利用者人数に関するデータも掌握した。
その努力は報われたのだ。
翔太「ほら俺が睨んだ通りの運びだろっ!? 日曜のこの昼どきの時刻は大穴だ。ネチネチと現地調査もした努力の賜物がこれだ!!」
「なんだか、恩着せがましいね」
俺「おおい、翔太っ。声に出てるっ、声にっ」
「えっ、翔太っ? 誰それりゅうくん?」
翔太「あっ、すまない。つい達成感から来る心の高揚に駆られてしまった」
「…………大丈夫、りゅうくん?」
気づくと由紀はUMAとでも出くわしたかのような、奇異の目で俺を見ていた。
俺(おい、翔太。お前〜〜)
翔太(すっ、すまない。つい声に出て……何とかごまかしてくれっ)
翔太は全ての人俺に丸投げすると脳みその奥底まで引きこもってしまった。
なんてことだ……まさか想い高まり、由紀がいる前で二つの人格を発現させてしまうとは。
俺「いやぁー、今日はほんといい天気だなーー。あははははは」
俺はからっからの声で台詞を棒読みする。今のところこれ以外に誤魔化す方法を持ち得ていない。電車のガラス越しにスライドショーで流れる景色に目をやる。スカイツリーに飛行船。東京ならではの斬新なデザインの建物。時々すれ違うデフォルメキャラが描かれたラッピング電車。見える景色は目を空腹にさせない。
しかしながら、由紀はそれらに気を取られてくれなかった。心なしか表情が段々と強張りつつある。
いっそ由紀から声を掛けてくれれば楽なのだが由紀は一声も出さない。そして沈黙が続く。バツの悪さで腹がよじれそうだ。
でも結局、先に話しかけてくれたのは由紀だった。
「いいと思う」
それは意味不明な言葉だった。
俺「へっ?」
「だから……いいと思う」
えっ、何? どういうこと? どういう意味?
俺(ちょっとどういうことだこれ?)
充(もっ、もしやバレちゃったんじゃないの。ぼっ僕のせいじゃないよっ。翔太のせいだよっ!)
翔太(ばっ馬鹿なことをほざくなっ。確かに俺のせいだが……まだ彼女の言葉に含蓄された意図が未特定だ。計らずも正鵠を射てない可能性がある)
裕賀(さらば俺がそれを聞き出してやろう)
いつのまにか体の主導権は裕賀に渡った。一抹の不安があるが、流石に由紀相手に過ぎたことはしない……と信じよう。俺は女口説きのエキスパートである裕賀に全てを一任する。
裕賀「何がいいと思ったんだ?」
裕賀は由紀と唇の距離を詰めていき、そのまま座席に由紀を押し倒した。
由紀は物音立てずにただ無抵抗だった。
そして裕賀は吊り革に両手を下げ、窓ガラスに白い息を吹きかける。
口から出た温もりのある空気は下降し、由紀の頭に覆い被さる。
俺(まっまだ許容範囲だっ)
充(雰囲気が全然そんな感じじゃないけど)
翔太(隆二、妬いてるのか?)
隆二(だっ……違う。妬いて……る)
恋人同士だから許されるシチュエーションを先越されてしまったのに腹立っているのはここだけの話。それより俺は由紀の反応を知りたかった。
「…………」
裕賀「…………」
反応がない。有るのは微笑のみ。由紀は微笑まし者でも見る目で裕賀に視線を送っていた。
まるで赤児の戯れでも目にしたかの様に。
裕賀(俺はもう……駄目だ)
充(ちょっ……裕賀?)
察しろ充。裕賀は春香の件で脆くなってるんだ。一発で仕留められない獲物との長期戦にはすこぶる弱い。
だが由紀は意味ありげな言葉を続けざまに吐く。
「それがりゅうくんなら、変わる必要はないよ」
由紀が何を言いたいのか俺にはちんぷんかんぷんだった。
俺「あの。一片の意味もわからないんだが……」
「はははっ、戻った戻った」
由紀はキャッキャと手を叩き笑い出した。俺の先のそれとは違い潤った声で。やはり分からない。
でもちぐはぐなやり取りの中で、俺はさっきまでの緊迫した空気がすっかり払拭されているのに気がついた。
そして次の刹那、試合終了を告げるゴングの如く新宿駅到着を知らせるアナウンスがほぼ無人の車両に響いた。
「ほらっ、行こうよりゅうくんっ」
茫然自失気味に吊り革に干される俺を由紀は車内から引っ張りだし、駅員と急いで駆け込む乗客とでごった返すスクランブルエッグ状態の駅内に連れ出した。
「やっ、待て由紀。行き先は決めてある」
目まぐるしく変わる由紀の態度の変化に俺は翻弄されながらも俺は由紀の手を取り、なんとか由紀の前に出た。このデートは俺がリードするんだ、ここで立ち消えするわけにはいかない。俺は由紀が人とぶつからないための前盾となり人混みを掻き分けていく。
俺(なんか、初めて手を繋いだ気がする)
夢中で人混みの中を歩くうちに、俺はさっきの由紀の真意が何だったのかという疑念を無くしてしまった。




