プロローグ ① 四心同体
宜しくおねがいします。
「隆二っ! もう入試本番まで半年と無いのよ。
本当に勉強してるんでしょうね」
「うるさいな〜、ちゃんとやってるって言ってんだろ。御飯くらいゆっくり食べさせろよ。
この前見せた模試の結果が揺るがない証拠!」
「証拠ってあんたがそんな不躾だからーーー」
「チッ。だからうるさいって、しつこいなぁ」
全く母親というものは息子の受験というものを国の戦争か何かと取り違えている。こうして晩飯を食ってる最中でさえ毎日のようにその話題を持ち込んでくるんだからたまったもんじゃない。
俺に言わせてみれば、高校受験にやたらとしのぎを削る母親なんてよっぽど子供の頃、裕福なお嬢様だったんだなと思う。
さしずめ人生最大の壁=受験という考えなのだろう。
でも価値観がズレたお嬢様は、今やただのストレス源と化している。
「まっ、まあまあ母さん。夕食のときくらい勉強の話はお預けにしようよ。隆二が頑張ってるかどうかは隆二が一番知ってる。俺たちが気を揉みすぎるのは、取り越し苦労だよ。
それに隆二も……母さんはただ心配してるだけなんだよ。受け答えぐらい鷹揚にしたらどうなんだ」
俺と母親のやり取りが白熱する前に父親が仲介に入る。
これはここ最近のお決まりパターンとなっている。
お嬢様な母親と違い、貴族の血を引き継いでいない父親は腰が低いのだ。
故に一家の大黒柱でありながら、実際の地位は妻と息子の緩衝材という地位に甘んじることとなっている。
そして母親はそんな夫の懇願を聞き入れてくれたようだ。
「……そうね。たしかにお母さんも思い詰めてたかも。
まあ、今の時点でA判定なら問題ないわね。
絶対に絶対絶対に落ちないわよね」
詫びられているはずなのに俺に謎の圧がかかるのは何故だ?
でもここで苛立って反発してはいけない。
なごみかけた空気の和を乱すことはたとえ自分の意にそぐわないことをしてでも避けなければならない。それがこれまでの人生の中で培ってきた母親攻略法だ。
よしここは料理の味でも褒めよう。
「うん、わかったんならいいよ。
俺も緊張するし過度な心配はやめてくれよな。
ところで母さん、このハンバーグーーー」
「んっ、何かしら?」
ここで決めゼリフ。
"このハンバーグ美味しいから毎日作ってくれよっ、勉強する活力になると思うんだ!"
よし、ちょっと臭いがこれで行こう。
「このハンバーグ、俺が口にするに値しないから今後作らないで欲しいんだ。今すぐにでも犬の餌にでもしてくれ!」
「まっ、まあっ!!」
よし、上手いこと言えた。母さん、目がしら抑えて泣きぐずってるな。
ったくしょうがないな、感極まっちゃって。
「おっ、おい隆二!!」
親父が血相変えて俺に寄ってくる。
やれやれやれ、俺の言葉そんなに響いちゃったのか?
仕方ないな、親父にも…………イグっっ!!
「お前っ、どういうつもりなんだっ!?
いくら腹が立ったと言ってもあそこまで言うことないだろっ! 母さん泣かせやがって!!」
「……はっ?」
なんで……なんで? なんで俺殴られてるんだ?
俺は単純に母さんの料理を褒めただけで……いや俺さっきなんて言ったんだっけ?
とっ、兎にも角にも弁解しないとっ!
「ちっ、違うんだよ。父さんっ!
俺はそういうつもりで言ったんじゃないんだっ」
「……だったらどういうつもりで言ったんだっ!?」
どういうつもり……どういうつもりか……答えられるわけがないだろうっ!?
どういうつもりもクソもない、母親の料理を褒めようとしたらなぜか母親が泣き崩れてしまった、悪い方向に。
あーもう、考えるのもしゃらくさい!
……そう思った時俺の口から嘘みたいに纏まった台詞が、流暢な口調とともに飛び出した。
「もう〜、だからごめんって言ってるじゃん、父さんっ。
母さんが勝手に泣いてるだけでしょ〜〜?
僕には関係ないよ。
それよりもまだ"プリコル"のチュートリアルが終わってないんだよ〜、ねぇ僕もう部屋に戻ってもいいかな?」
「プリコル……僕……はっへっ? どういうことだ?」
親父は怯えるというか引きつった顔で俺を見てくる。
実は俺も今思考がこんがらがっている。
えっ、どういうことだ? プリコル? ネットサーフィンしてたときに深夜に使いたいアプリかなんかの宣伝で出てきたあれか?
……いや知らない知らない。
俺そもそもそんなアプリダウンロードした覚えないし……それよりも俺なんでさっき自分のこと"僕"って……
「隆二、お前大丈夫か? もしかしてノイローゼってやつか?」
親父が態度を百八十度回転。
俺のデコに手をかざそうと腕を伸ばしてくる。でも俺はそれをすぐ振り払う。
冗談じゃない!俺は勉強ノイローゼでもなんでもない。でなきゃさっきまでの楽しい食卓は成り立たないだろう!?
「ちょっとごめん、親父。俺部屋に戻る」
「おっ、おい隆二っ! どうしたんだよっ」
俺は動転する親父と床にヘタレ込んでいる母親を置き去りに自分の部屋に戻った。
ああ、母さん悲しんでるんだろうな、知らんけど。
ああ、父さんざわめいてるだろうな、知らんけど。
分からない、さっきから思考がまとまらない。俺の頭の中にいくつかの障害というか壁みたいなものがあってそれが俺の思考回路を閉ざしているような……頭の中を閉ざす何かがある。
俺の中に……
「おいっ、何なんだよ? どういうつもりなんだっ」
俺は自室戻るや否や、机の鏡に向かってひそかに怒鳴り込んだ。ハタから見ればただの阿呆だろう。でも責める相手が自分自身なので仕方ない。鏡の中にいる自分がまるで他人のように見える。
そのとき俺の頭の中に三つの声が飛び交った。
?(ああ、さっきはすまない。でもあのハンバーグの味はお世辞にも美味しいとは言えなかった。
母親の料理が俺の味覚の進化に追いついていないんだ)
??(僕もごめん。君が寝ている間にエロゲーアプリ落とせたから、ついやりたくって。なんだかKYだったね)
???(こらこら、二人とも。まずは俺たちの紹介からしなくちゃいけないだろ? 隆二、俺の名は…………)
三つ目の声が最後まで再生される前に俺はもう思考停止していた。
これはどういうことだ?
俺の脳内で俺とは違う三人の人間が我が物顔で喋っている。
……いや顔は見えないけど耳元で囁かれてるのかってくらいはっきりとした声が俺の脳内で顕在化してる。
しかも二人目、お前は何だ? 俺が寝ている間に勝手にエロゲーアプリ落としたって? 害悪すぎるだろ。
俺はこの夜のことを今でも覚えている。
まさかこれからの長い人生、俺はそれまで自分一人のものと思っていた体を、会ったこともない三人の男どもと共有していかなければならないとは予想だにもしていなかった。
今日、この俺八美 隆二の体に新たな三つの人格が誕生したのだ。




