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累卵(2018w)

作者: 長矢 定

 恐竜が絶滅した原因は、巨大隕石の落下に伴う気候変動、寒冷化……というのが最有力になるのでしょう。恐竜だけでなく数多くの生物が姿を消した『大絶滅』になります。

 ただ、それも仮説に過ぎません。実証は困難だと思います。では、他に大絶滅の原因として何が考えられるのか? パッと思いつきません。ならば、創作のテーマになります。で、あれこれ考えて書いたのが『滅亡興隆』という作品です。恐竜の滅亡に現代人が関わったのでは……という陳腐な発想から始まりました。

 しかし、滅亡興隆を書き進めていくうちに本筋が初期の発想からずれていきます。まあ、それはそれで良いのですが……

 ホームページを全面改装し、滅亡興隆の再掲載を進めていた時、改めて恐竜滅亡の原因を考えることになります。巨大隕石の落下以外で……


 無い知恵絞って出てきたのが、恐竜の中に知性種がいた、というものです。外見はトカゲが大きくなったような二足歩行する恐竜のイメージですので、竜人と呼ぶことにしました。ただ、その精神構造は現代人に近いものになります。彼らの生存を懸けた興隆への行動が大絶滅への引き金を引いた……という発想です。陳腐ですか?

 竜人の行動・行為は、現代人にも通じるところがあると思いますので、一つの皮肉にはなるでしょう。細かな不備を突くのではなく、ざっくりと読んでみてください。


●登場人物

▽ミラル:歩兵

▽ロイリ:保育士

▽グネン:居酒屋の店主

▼モンド:歩兵、指導教官

▼ナトム:歩兵、戦友

▼ゼイン:攻撃ヘリ・パイロット

▼レット:攻撃ヘリ・武器管制

▽ルウム:レットの妹


    プロローグ


 見晴らしのよい丘の上には多くの見物人がいた。

 一人の若い女性が息を切らして登って来る。左右に揺れるその尻尾は、防寒用の生地でスッポリ覆われていた。細身の胴体からスラリとした足と腕が突き出て、長い尻尾とバランスをとるように伸びた首の先端に尖った頭がついている。

「ミラル! こっちよ」

 自分の名を呼ばれ、彼女は足を止めて声がした方に顔を向けた。同じ服装をした若い女性の一団が四本指の手を広げて振っている。ミラルは荒い呼吸の合間に、細かに並ぶ歯を見せて微笑む。もう一踏ん張りして仲間のもとへと坂を登った。

「間に合ったのね?」と呼吸を整え、尋ねる。

「ええ、まだ来てないわ。遅れているのよ……」

 と一人が答える。仲の良いロイリだ。

 頷いたミラルは体の向きを変え、広がる景色を眺めた。大きな入り江を見渡せる。穏やかな波の上に煙を吐く蒸気船の姿があった。数の上では小振りの帆船が多いが、その挙動はどことなく遠慮気味に見える。時勢は、台頭著しい機械文明にあった。

 そのとき冷たい潮風が吹き抜け、周囲からは寒さに震える声が漏れた。しかし、長い坂道を登ったばかりのミラルは一人心地良さを感じる。雲間から覗く薄日も、長い冬の到来を告げていた。

 丘に集まった人たちがざわつく。注目するのは、海岸線を沿う鉄道の先だ。遠くの山陰から新たな煙が見えた。

 先頭の武装車両を押す蒸気機関車が見え、見物人が声をあげる。

 幾つもの貨車を引いている。満載する黒光りの貨物が見えた。その繋がりの中にも武装車両が組み込まれ、機銃や砲門が左右を向いている。長い連結の最後にも同じ型の蒸気機関車が煙をまき散らして押しており、最後尾には、やはり武装車両が武器を後方に向けていた。

 長い汽笛を響かせ、貨物列車が海岸線を進む。

「これで一安心ね。この冬は寒さに震えることもないわ」とロイリが言う。

 黒光りする満載貨物は石炭だ。長い年月と多大な犠牲を払い、遠方にある豊富な埋蔵量の炭鉱まで鉄道が開通した。そこから大量の石炭を運んできた一番列車だ。

「そうね、一安心だわ」

 ミラルが、その長く伸びた細い首を動かし、ゆっくりと頷いた。




    一


 盛り場の手前にある小さな広場に一人の女性がいた。夕暮れ時、女性に声を掛ける男もいる。彼女はそんな男を軽くあしらっていた。

「ロイリ……」

 その女性は、目の前に立った男の姿をまじまじと見る。

「ミラル、なの?」

「ああ、久しぶりだね」

 ロイリは、驚きの顔で答える。

「見違えたわ。すっかり男ね。これじゃ、道ですれ違ってもわからないわ」

 と逞しくなったミラルの体を値踏みをするように見詰めた。

「やめてくれよ。何だか恥ずかしい……」

 ロイリが細かく並んだ歯を見せて笑う。

「行きましょ、こっちよ」

 そう言って、彼女は盛り場へと歩いた。ミラルが後を追う。陽気がよくなり、ロイリは薄着だった。その尻尾も大半が露出し、艶めかしく左右に揺れる。

 ミラルは尖った顔を顰めた。ロイリは幼なじみ、一緒に育った一番の親友だ。それなのに、欲情するとは……。戸惑い咳払いをする。

「ここにはよく来るのか?」

「そうね」と長い首を回し、振り向いて答える。

「酒を飲みに?」

「そうよ……」と頷く。

「飲まないと、やってられないわ」

 ミラルは小さく息を吐いた。彼女の辛い気持ちを想うと、やりきれない。

 ロイリは小さな店に入った。カウンター席だけの居酒屋だ。客は、まだいない。

「いらっしゃい、今日は早いのね」

 カウンターの中から声がした。年配の女性だ。

「こんばんわ、友だちを連れてきたわ。幼なじみよ」

 ミラルは、その女性を見て頭を下げた。

「兵隊さんかい?」

「わかりますか」と答える。

「火薬の匂いがするわ。座って」

 ミラルは腕を上げて嗅いでみた。匂いなどしない。カウンター席の端に座ったロイリが笑う。

「グネンにはお世話になってるのよ。いろいろと相談してるの」

 ミラルは頷き、彼女の横に座った。男性に変態しなかった女性の先輩になるようだ。グネンは注文を聞く前に、摘まみとグラスを並べる。少し濁った液体が入っていた。

「久しぶりの再会に乾杯しましょ……」

 とロイリがグラスを上げる。ミラルは自分のグラスを持ち乾杯をした。ロイリとお酒を飲むのも初めてだ。奇妙な心持ちでグラスを口へ運ぶ。若者向けの軽いお酒だった。

「どんな様子なのかな?」

 と片方の目だけを動かし彼女を見て尋ねる。

「グネンのお蔭で、まだ品位を保っているわ」

 ミラルが目を細める。

「その言い回しだと、危ういように聞こえてしまう……」

「そうね、危ういのは確かだわ。だって私も、男になるものだと思っていたのよ」

 ミラルは小さく頷き、酒を飲んだ。

 竜人は女性として生まれ、育つ。成長し産卵期の後で男性へと変態する。ただ、一部に変態のない場合があった。女性として一生を過ごすことになる。それは当人にとっては拭えない劣等感だ。グネンやロイリに、その不幸が襲っていた。

「でも、この運命を受け入れるしかないわ」

 とロイリは強張った笑みを見せ、グラスを傾ける。ゴクゴクと飲み干した。

「お代わり、ちょうだい」

 とカウンターにグラスを置く。グネンが顔を顰め、お酒を注いだ。

 ミラルは彼女に掛ける言葉を探していた。それを見つける前にロイリが尋ねる。

「あなたはどうなの? 体が大きくなり男らしくなったわ。言葉遣いも違ってる」

「まず、男らしく振る舞うことを叩き込まれる。男だけの団体生活で、兵士になるための訓練も厳しいからね」

 ロイリはチラリと隣の男性を見て、グラスを口につけた。

「不思議ね、子どものときからずっと一緒に暮らしていたのに……」

「ああ、奇妙な気持ちだよ」

「私だけ、置いてきぼりね。寂しいわ」

 ミラルは困惑する。会う前からどう対応すればよいのか不安だったが、それが現実になっていた。顔を歪め、悩む。

「ねえ、もう子どもはつくったの?」

「ああ、それは義務だからね。子孫を残し、人を増やして力を蓄える……。そうしないと凶暴な肉食獣に対抗できない。男の役目でもある。そんなことはわかっているはずだ。女性の時も、理解し、受け入れて卵を産んだ。その子は、どこかの集団の中ですくすくと育っているだろう。男になっても、それは変わらない」

「そうね。でも私たちが産んだのは、よく知らない男性の子だわ……」

 ミラルはビクリと体を震わせた。変態しなかった女性の望みは広く知られている。自分が産んだ卵を自身の温もりで育み、子を得て成長を見守る。そのやり方を実践したいと願う。男になれなかった彼女たちには、それができるのだ。

「父親のハッキリした我が子を育てたいわ……」

 誘っている。それは間違いない。広場でロイリを見たときから感じていた。幼いころから一緒に育ち、気心が知れている。その親友を相手にしたい、その気持ちはわからないではない。しかし、素直になれない自分がいた。カウンターの中のグネンを見ると、彼女は知らないふりをして調理を続けている。グネンにも素性の明らかな我が子がいるのだろうか?

「出兵が決まった。炭鉱の守りだ。労働者の匂いを嗅ぎ付け、肉食獣が集まってくる。危険な場所なんだ……」

 自分が何を言いたいのか、わからなかった。動揺している証拠だ。

「だったら尚更だわ。可愛い我が子の成長を見たいと願い、帰ってくるでしょ」

 そう言うとロイリは尻尾を絡めてきた。その愛撫にミラルは硬直する。ミラルの男の部分は完全になびいている。しかし、幼なじみとして付き合ってきた女性としての記憶が、それを拒んでいた。

 愛し合う二人が卵を産み、子を育てる。その姿に漠然とした憧れはあった。それに長い付き合いの親友なら、彼女の切迫した思いに応えるのが当然だろう。しかし、それに溺れては、どう猛な肉食獣の勢いに負けてしまう。多くが集まり卵や幼な子を集団で守ることにより生き延びてきたのだ。それを大規模に継承するこの時代において、実の親によって育てられた子が爪弾きにあうこともある。余計な負担を我が子に課すことが正しい行為なのか、疑問があった。

 こうなる予感があったものの、答えを導かないまま待ち合わせの広場に出向いた。それは否定的な結論を拒絶していたのかもしれない……

 店に客が来た。年配の二人連れだ。グネンと挨拶をする。ロイリは絡めていた尻尾をさっと離した。平然とグラスを傾けお酒を飲む。

 ミラルはホッとする一方で、悔やみと情けなさに苛まれた。彼女のアプローチに応えることができなかった。男として、幼なじみの親友として惨めだ。

 ミラルはグラスのお酒を飲み干した。強い酒を浴び、酔いたい気分だった。




    二


 短い休暇を終え、ミラルが属する一個小隊は初めての出兵地へと出向くことになる。列車の貨物基地に集結した。

 幾つもの貨車を連ねた専用列車は、前と後ろに同型の蒸気機関車が連結され力強く煙を吐いて数多くの貨車を引き、押すことになるが、今は全てが空荷の状態だった。最前と最後尾には機銃と砲門を備えた武装車両が繋がれ、列車の前後を警戒する。また、長く連なる貨車の列にも所々に背の高い武装車両が組み込まれていた。ミラルはその一つに乗り込む。

「通常は四人が、一つの武装車両に乗ることになる」

 と指導教官となるモンドが言う。狭い車両には八人の新兵が乗り込んでいた。窮屈だ。

「列車は丸五日間、走り続けることになる。どこで肉食獣が襲ってくるかわからない。常に警戒を怠らないようにしなくてはならない」

 ミラルは緊張する。厳しい訓練を重ねてきたが、群で行動するどう猛な肉食獣と対峙したことなどない。その場面になって怯むのではないか、その不安が拭いきれなかった。

「この中間車両に装備されている武器は、機銃が左右に一台ずつ、中央に迫撃砲が一門。それと各自が持つ小銃になる。機銃と迫撃砲の使い方は訓練で身につけたはずだが、実際に走る列車から動き回る肉食獣を撃つのは至難だ。慌てることなく、冷静に対処するように。列車が走り出してから順番に銃座に座り、感触を確かめてもらう。それまで、ここで待機だ」

 ミラルを含む新兵は壁際に座り、小銃を抱えた。車両の下層部には待機室があり、二班に別れ交代で警戒にあたることになるが、夕刻までは八人が一緒に行動することになっている。

 炭鉱までの長い鉄道を引く工事では、多数の犠牲者が出た。知能の低い肉食獣だが、捕食のために群で行動する知恵はある。長い冬が終わり暖かくなると、草木を求め草食獣が行動範囲を広げ、それを目当てに肉食獣も移動する。そこで鉄道工事の現場に気付く。一心不乱に働く竜人は格好の獲物だ。護衛の兵士を増やしても、素早く動く肉食獣の完全阻止は難しい。雑食性のか弱き竜人は、群で襲いかかる肉弾戦には太刀打ちできなかった。防備を固める必要があったが、工事現場では思うようにいかない。どうしても隙ができ犠牲者が増えていく。

 それでも鉄道事業を諦めるわけにはいかない。

 実用化された蒸気機関があちこちで使われるようになり、燃料の石炭が不足する。冬場の暖房にも困る始末だ。埋蔵量が豊富な炭鉱との輸送路の確保が急務だった。

 多大な犠牲を払い鉄道が開通し、武装列車が石炭を運ぶ。しかし、肉食獣の襲来は絶えることがなかった。奴らは鼻が利く。集まる竜人の匂いを嗅ぎ付けていた。

 汽笛が鳴り響く。

 列車が動き出した。ガチャガチャと騒音や震動をまき散らし、速度を上げていく。

 街を離れ、穏やかな入り江を過ぎ、未開の地へと進み、温暖な地域へ分け入っていく。夏場になると、そこは凶暴な肉食獣が闊歩する場所だった。


 三日目。補給基地を出てしばらく走った時だった。

 唐突に警戒を知らせるサイレンが鳴り、ブレーキが掛かった。列車が停止する。仮眠をとっていたミラルも飛び起き、周辺を見回した。起伏が続く荒れた大地には、短い草が広がっていた。それを食む草食獣も、それを狙う肉食獣も見当たらない。何があったのか?

 車内放送が響く。

『前方に障害物、岩石が散乱……』

 教習で学んだ。肉食獣の中には知恵をつけ、怪力を使って線路に岩石を置くものがいる。鋼鉄の列車からひ弱な竜人が降りてきて、線路の障害物を撤去することを知っているのだ。そこを狙い、捕食する。

 ミラルは血の気が引いた。それを承知の上で列車を降りることになる。

「当直の四人は、そのまま警戒を続けろ。待機中の四人は障害物の撤去にあたる」

 と指導教官のモンドが指示を出す。

「もう一度、小銃を確認しろ」

 ミラルはその指示に従う。緊張と恐怖で手が震えた。

 車内放送で動員が掛かる。

 車両の扉を開け、地面へと降りる。ミラルは直ぐさま小銃を構えた。四人が固まり、列車に沿って前方へと歩く。他の武装車両からも兵士が降り、同じように警戒しながら前へと進んでいた。どこかの岩場の陰から、肉食獣が見詰めているように思う。それとも、岩石を並べたことを忘れ、どこかに移動したのかもしれない。それを願った。

 蒸気を吐く重厚な機関車の脇を抜け、兵士の集まりに加わった。先頭の武装車両は背が低く長い。前方と左右に向いた三つの機銃と迫撃砲で、周囲を警戒している。

 見ると、前方の障害物は岩石が散らばったものではなく、積み重なった岩石が小山になり並んでいた。大きな群が集団で幾つもの岩石を運んだのか? これを低能な肉食獣の知恵として片付けてよいのだろうか……

 小隊長が指示を出す。

 急造の一個分隊を障害物周辺の偵察に向かわせた。ミラルは武装車両の側面で身を低くして小銃を構える。周囲に目を配った。

 偵察隊が障害物を取り囲み、辺りを見回す。不審な動きはない。

 小隊長が新たな指示を出し、残りの兵士が前へと進んだ。障害物となる岩石の山を取り除く作業を始める。一人では抱えられない大きさの岩石もあった。数人で協力し、線路の脇へと運ぶ。

 時間が掛かったが、小さな欠片も取り除いた。列車の走行に支障はない。

 兵士たちは気を緩めることなく列車に戻り、それぞれの武装車両まで歩いた。再び乗り込み、扉を閉め、ミラルはホッと息をする。

 列車が動き出す。

 岩石を積み上げた者は、それを忘れてどこかに行ったようだ。何事もなかったことに安堵すると、疲労が伸し掛かってきた。ミラルは列車の揺れに身を任せ、いつしか深い眠りに落ちていた。




    三


 小高い山の麓、切り立った崖を広く取り囲むように強固な防御壁が造られていた。炭鉱の入り口は要塞化され、列車の貨物基地が整備されている。

 小型の蒸気機関車が小忙しく動き回り、貨車の連結が外され、入り組んだ幾つもの線路を使い運んでいく。掘り出した石炭を満載し、再び貨車を連ねる。

 二日をかけ全ての貨車に石炭を積むと列車が再び走り出し、要塞を出ていった。ミラルの小隊はそれを見送る。これより炭鉱要塞の防備の任に就く。

 炭鉱には多くの労働者がいた。交代で昼夜を問わず坑道に入り、石炭を掘り出す。そして働く竜人の匂いを嗅ぎ付け、肉食獣が遠巻きに隙を狙っていた。

 ミラルは防護壁の見張り台に上り、警戒任務についた。壁の上の要所には機銃が配置されていたが、そこに座るのは経験を積んだ兵士の役目になる。新兵にとっては、抱える小銃が唯一の頼りだった。

「暑いな……」

 とナトムが呟く。警戒任務は二人一組で行う。ミラルの相棒となった兵士は愚痴が多かった。

「夏だからな、日差しが強い」と答えた。

「日焼けが酷い、ヒリヒリするよ」

「仕方ない、警戒を怠るわけにはいかないからな」

「しかし、見回しても何もいない。草食獣すら見当たらない」

 防護壁の周辺は見通しを良くするために木々が切り払われていた。草が伸び、一面に広がっている。それを目当てに草食獣が来ることがあったが、決まって肉食獣の餌食になっていた。それもあって肉食獣が集まる。

 ナトムは小銃を構えて外の草地に向けた。

「ああ、早く撃ってみたいな。的を狙うのは詰まらない。もう飽きたよ」

「よせよ、機銃の上官が気にしている」

 そう言われ、ナトムは小銃を下ろした。不用意に銃を構える新兵を機銃の兵士が睨んでいる。

 鼻息の荒いナトムが口を開いた。

「もっと頻繁に襲ってくるものだと思っていたな。話が大げさということか」

「たまたまかもしれない……」

 そう答えたミラルに対し、ナトムは皮肉な笑みを投げかけた。

 遠い祖先は、肉食獣の驚異と数で勝る草食獣との生存競争に敗れて寒冷地へ逃げ延びた。厳しい自然環境の中で何とか命を繋ぐ。その地で頭を働かせ、知恵を使うことによって知能を高めた一族は、長い時を経て機械文明を獲得する。強力な飛び道具を造り、大きな動力を操ることにより攻勢に転じた。快適な温暖地に向けて侵攻を始める。長きに渡り生存を脅かしてきた肉食獣を掃滅し、豊かで穏やかな世界を得る。種族の長寿と繁栄が竜人の悲願だった。

 その日も肉食獣は現れず、ナトムは落胆し兵舎へ戻った。


 サイレンが鳴り響く。

「来た! 肉食の群だ」

 兵舎に飛び込んできた新兵が怒鳴った。仮眠をとっていたミラルは目を覚まし、急いで軍服を着る。ナトムが一足先に兵舎を出た。ミラルも小銃を手にして後を追う。

 見張り台に上る。どの見張り台にも新兵が群がっていた。

 遠くの岩陰にチラチラと動く姿があった。しばらく捕食ができていない群のようだ。風に漂う竜人の匂いに引かれて来たのだろうが、ただならぬ雰囲気に気後れしているのかもしれない。

 ナトムが早々と銃を構えた。しかし小銃では、当てるのが難しい距離だ。

 膠着状態が続く。

 唐突に一頭の肉食獣が岩陰から飛び出し、突進してきた。空腹に絶えられず、匂いのする方に向かったのだろう。大口を開け吠えながら手先の鋭いツメを振り回し、太い二本の足で荒々しく走る。その雄叫びに鼓舞されたのか、数頭が続いた。

 ミラルも銃を構えた。しかし、誰も引き金を引かない。引けない……

 先頭の肉食獣の突進が草地の半分に達したとき、防護壁の上部に置かれた機銃が火を噴く。

 バン、バン、バンと銃声が響き、肉食獣が崩れるように倒れた。長い尻尾をピクピクと震わす。

 後に続いていた肉食獣にも機銃の弾が放たれる。次々と倒れた。

 圧倒的だ。

 新兵が構えた小銃からは一発も弾が出ることなく、肉食獣の無謀な襲撃は終わった。ナトムも呆然としている。

 肉食獣の息が絶えたのが確実になるのを待って、その一頭の亡骸を回収することになった。気を取り直したナトムがそれに志願し、相棒のミラルも加わることになる。

 八人の新兵が防護壁の扉を抜けた。ひと固まりになり小銃を周囲に向けて進む。見張り台の上では小隊の仲間が銃を構え、機銃の兵士も直ぐに撃てるように緊張を高めていた。

「まだ、奴らの仲間がその辺りにいるんじゃないか」と一人が言う。

「オレたちのところに突進してくるかもしれない」

 ナトムが笑い声をあげる。

「その時は、弾をぶち込めばいい」

 と言うが、その尖った顔は引き攣っていた。小忙しく辺りに目を配る。

 警戒を続けモゾモゾと進んでいたが、次第に意識は周囲から前方に横たわる肉食獣に移る。むくりと起き上がり襲いかかってくるような気がする。鋭い牙の大きな口を開け向かってきたら、銃を構え撃つことができるのか? ミラルは自信がなかった。

 倒れる肉食獣の近くまで来た。足の運びが重くなる。

「まて、オレが行く」

 ナトムが強気を見せた。ここが正念場と覚悟を決める。

 足を止め、銃を構える集団の中からナトム一人が進み出た。倒れた肉食獣からは大量の体液が出ていた。機銃の弾が、胸部を抉っている。ナトムが一歩一歩近付き、小銃の先で胴体を小突いた。動かない、死んでいるのは明らかだ。

 他の兵士も歩み寄り、息絶えた肉食獣を見下ろした。半開きの大きな口からは鋭い牙が覗き、手足の先には長く伸びたツメがある。体長は竜人と変わりないが、体格の差は歴然としていた。筋肉の盛り上がりが各所に見られる。

 ナトムが率先しロープを横たわる肉食獣の足に縛る。ミラルもそれを手伝った。半分の四人が警戒し、残りの兵士がロープを引き防護壁へと戻っていく。壁の中へと入れ、扉が閉まると新兵が集まってきた。ナトムが鼻息を荒くし、自慢げに獲物の上に片足を乗せる。なぜか、勝ちどきの声をあげ、場が盛り上がった。

 何人かの上官が来て、肉食獣の解体を始めた。新兵に手ほどきをする。太く大きな足を切り離し、今晩の食事にすると言う。

 豪快に焼き、切り分けた。

 肉食獣のもも肉は、固く筋張っていた。やはり、家畜化した草食獣のほうが柔らかく美味いと思う。それでも、こうして始末した肉食獣を食うのは、力の関係が逆転したことを明確にするためだ。もう、無闇に怖れて逃げ惑うことはない。確実に仕留めることができるのだ。

 新兵は固い肉を頬張り、意気をあげた。




    四


 兵士として成長したミラルに新しい任務が与えられた。

 その日、港には、見送りのために多くの人が集まり異様な熱気に包まれていた。岸壁へと続く道に人が溢れ、あちこちから激励の声が飛ぶ。ミラルも、前に進むのに手間取っていた。

 その混雑の中、一際目立つ女性の集団がいた。小さな子を抱いている。自身が産み、温め、育てた子なのだろう。

 そこにロイリの姿があった。彼女も胸に子を抱いている。

 ミラルは驚く。同時に幼なじみの姿を認めた彼女も驚いていた。

 ロイリが抱く子は自分の子ではない……

 しかし彼女は、結局、我が子を育てる道を選んだのだ。おそらく、今日、船団に乗り込む誰かの子になるのだろう。複雑な気分だ。

 ロイリとは短く視線を交わしただけで、言葉を掛けることはなかった。その前を通り抜ける。彼女は彼女の人生を歩む。女性だった頃のように、幼なじみの親友と一緒に過ごすことはない。当然のことだ、と自身を納得させた。ミラルは気持ちを切り替える。

 岸壁の大型巡洋艦は高い煙突から煙を吐いていた。ミラルの小隊が乗り込む。既に何度か洋上演習を行っているので、勝手はわかっていた。新造巡洋艦は、調査船、補給船の二隻と船団を組み、多様な生物が繁殖する熱帯地域に向かう。そこは、身の丈が四倍以上もある巨大で凶暴な肉食獣が生息する未踏の地だ。多くの鉱物資源も眠っているはず……

 危険が伴うが、この星に生まれ覇権を得ようとするのなら、熱帯地域の制圧は避けることのできない大きな課題・試練となる。今回の熱帯地域調査は、その難事業の第一歩となる取り組みだった。

「早く、コイツを試してみたいな」とナトムが言う。

 ミラルは出航までの時間を使い、積み込んだ揚陸部隊用の装備を確認していた。相棒のナトムが愛おしそうに撫でるのは携帯仕様のロケット砲、新装備のバズーカだった。

「一撃必殺だ」

 大型の肉食獣を相手に標準装備の小銃では心許ない。揚陸部隊には強力な新装備が必要だった。

「だが、重いのが難点だな」とミラルが言う。

「これを持って走り回るのは厳しいものがある」

 長い筒状、鋼鉄製のバズーカ砲は取り扱いに難があった。

「仕方ない、強力な武器だからな」とナトムが答える。

 難点は他にもある。命中精度が低いこと、ロケット弾の装填に時間が掛かることだ。十分に引きつけてから撃つことになる。一撃必殺だが、それ以外の使い方ができないという意味もあった。もし、外したら……

 揚陸部隊はバズーカを用いた戦法についても陸上訓練を繰り返していたが、これを上手く使うことができるのか、ミラルは些かの不安を抱えていた。

 出航の時間が迫った。甲板に上がる。

 見送りの数が増えたように思う。岸壁は混雑していた。子を抱いた女性がいたがロイリではない。彼女は別の船のところかもしれない。

 ドラが鳴り、歓声があがる。舫い綱が外された。ゆっくりと岸壁を離れ、汽笛が響く。ミラルも誰構わず手を振った。蒸気機関が勢いよく煙りを吐き、大型巡洋艦が進む。調査船、補給船が後に続いた。

 無事に、この港に戻ることができるのか? 勇ましい気持ちより、不安が心の中で大きくなっていた。


 長い航海は退屈だった。

 ダレないように規則正しい生活を送り、日々の鍛練を欠かさず続ける。単調な日常と船酔いが敵だった。

 これまでの洋上調査で陸地の地形は把握していた。目的地も決まっている。熱帯と温帯の境界近くの大きな入り江、その中にある大河の河口だ。周辺に砂浜があり容易に上陸できる。それに大河の両岸では生態系が異なると考えられていた。肉食獣は水に入るのを嫌うというのが通説になっている。熱帯側にウジャウジャと肉食獣が生息していても、川に阻まれた温帯側には行かないはずだ。まずは温帯側に上陸し調査を始めることになる。

「やっぱり、陸地がいい。海の上は散々だよ」

 とナトムが言い、手漕ぎボートを降りた面々が頷く。

 大河は濁った水を大量に吐き出し、対岸は目を凝らしてもハッキリしないほど離れていた。ただ、両岸に生える草木の種類に大きな違いはないように見えた。どちらにも凶暴な肉食獣が潜んでいるのは間違いないだろう。巨大な奴がこちら側にいないことを願うしかない。

 警戒しながら広い砂浜を進み、小高い砂山の上で小隊長が足を止めた。ここを拠点にする。ジャングルまでは十分な距離があり、突進してくる肉食獣を迎撃することができる。

 日よけ用のテントを建てる。とにかく暑かった。その後で、砂浜に打ち上げられ乾燥した木片を集めた。暗くなったら火を焚き、夜行性の獣を遠ざける。調査機材の荷揚げは明日以降を予定していた。とにかく一晩、様子をみる。危険を感じたら直ぐさま船に戻ることになっていた。

「暑いな、眠れない……」とナトムが目を擦る。

「ああ、寒冷地で育った体には堪える」

 とミラルが返す。他の二人も起き上がった。四人一組で見張りをする。交代の時間だ。小銃を抱え、日よけテントを出ると、満天に無数の星が輝いていた。焚き火へと歩く。遠巻きに火を囲み当直に就いていた四人が立ち上がった。

「不気味だよ。ジャングルの中に何かがいるような気がする……」

「夜行性の肉食獣か?」とナトムが聞く。

「そんな気がしてしまう。暗いし距離があるからわからない」

「身を隠して、こちらの様子を伺っているのかもしれないな。焚き火を消すわけにはいかない」

「ああ、暑いが、仕方ない」

「薪は十分なのか」とミラルが尋ねる。

「大丈夫だ。朝まで持つだろう」

「よし、交代だ。休んでくれ。蒸し暑いから、たぶん、眠れないだろう」

「船のほうがマシということか」

「そうだな。無理して野営することはないと思うよ。気疲れし、体力を消耗するばかりだ。昼間の活動に支障が出る」

「それを実践して確かめたいのだろう」

 見張りを交代する。それまでそこにいた四人が重そうな足取りで日よけテントに歩いていった。ミラルたちは折り畳み式の椅子に腰を下ろす。ナトムはバズーカの点検を行い、それを抱えてジャングルを睨み、言った。

「確かに不気味だな。あの中に何かいてもわからない」

 ミラルが頷く。

「ああ、潜んでいるに違いない」

「ジャングルを焼き払えばいい。見通しもきく」

「こんなに湿気があると、燃えないだろう。厄介だ」

「厄介か……。本当にあの中に分け入って調査をするつもりなのだろうか」

「そのために来たんだ。いつまでも手を拱いているわけにはいかない」

「そうだな……」とナトムは顔を顰めた。

「だが、別の意見もある。巨大な肉食獣が熱帯地域を出ることはない。近付かなければそれでいい……」

「熱帯放棄か」

「熱帯に手を出さなくても、我々は存続できる。それは確かだろう」

 それを聞き、ナトムが難しい顔をして唸った。

「だが、何かの切っ掛けで巨大獣が熱帯から飛び出てくるかもしれない。少なくとも、奴らの弱点を掴んでおきたい」

「弱点か……」

「でっかくて凶暴なのがウロウロしていたら、安心して眠れないだろう」

 そのナトムの言い分に、ミラルは言葉を呑み、頷いた。




    五


 何事もなく夜が明け、ミラルはホッとした。

 沖では、補給船が巡洋艦に横付けし、運んできた物資の荷移しを始めた。二隻の船に移した後、補給船は母港へと向かい、再び物資を積んで戻ってくることになる。

 ほどなく揚陸部隊の全員が上陸し、ジャングル偵察の準備を始める。一方、一晩を野営した八人は船へと戻り休息する。

 夕刻になり、再び上陸した。

 拠点を守る兵士が深刻な顔をしている。

「どうした? 何かあったのか」

「一個分隊が帰ってこない……」

 ジャングルに入り、夕刻になっても戻ってこない。一大事だ。

「一発の銃声も聞こえなかったのだが……」

 突然襲われたのか? 反撃の間もなかったというのか? 波音や密林の木々が銃声を打ち消したのかもしれない。熱帯地域の肉食獣は、温帯地域のものとは質が違うというが、やはり無謀だったのか。

「どうするんだ?」

「今、中を覗きに行ってるが、暗くなると動きがとれない……」

 救援は難しい。絶望的なのか。ナトムが体を揺らし苛立ちを露わにした。

 その時、雄叫びが響いた。ジャングルの中、乾いた銃声が何発も聞こえる。

 緊迫する。

 木々が大きく揺れる場所がある。それが素早く移り動いた。

 何人かの兵士がジャングルを飛び出してきた。砂浜をこちらに走って来る。その背後から巨大な姿が現れた。砂浜に出て鋭い歯の口を大きく開け、大音響で吠える。その身の丈は竜人の四倍を優に超えていた。力強さを感じる肉付き、俊敏な動き、どう見ても凶暴な肉食獣だ。

 ジャングルから逃げ出してきた兵士の一人が足を止め、抱えていたバズーカを構えた。

 撃つ!

 しかし、ロケット弾は巨獣の体を掠め、背後の木に当たり爆発する。その音に驚き、巨獣が後ろを振り返る。だが、何事が起きたのか理解することはなく、再び大声で吠えるとバズーカを撃った兵士に突進した。

 巨獣は身を低くし、大口を開け、恐怖で硬直する兵士をガブリと噛んだ。食いちぎられた兵士の下半身が転がる。

 それを目にした拠点の兵士たちは、怖れおののく。ジリジリと後退し、手漕ぎボートに向かって駆け出す。

「ナトム、撤退しよう」

 だが、ミラルの声は届かない。何を思ったのか、ナトムは近くにあったバズーカを持ち、前へと進み出た。

「ナトム、やめろ。撤退だ。ボートに乗るんだ」

 ナトムはそれに耳を貸さず、両足を開き、尻尾も支えにしてバズーカを構えた。暴れる巨獣に狙いをつける。

 ズドーーーン!

 巨獣の胸に命中。

 しかし、傷を負わせたが致命傷ではなかった。逆に、その痛みが怒りとなり大声で吠え、ナトムに向かってきた。

 ナトムはバズーカの装填を急いだ。だが、間に合わない。

 絶体絶命……

 巡洋艦の支援が間に合う。機銃の弾丸が巨獣に当たった。一瞬、怯んだ。そこにバズーカのロケット弾が巨獣の顔面にヒットした。背後からミラルが放った一撃だ。その爆発に巨体が揺れる。

 ナトムも気を取り戻し、装填したバズーカを構える。もう一発、お見舞いした。

 さすがの巨獣もバズーカと機銃の攻撃に屈した。体液をまき散らしながらジャングルへと駆け出し、木々の向こうに姿を消す。

 ミラルがナトムの側に歩み寄る。

「何とか撃退したな……」

「危なかった。誰なんだ、一撃必殺なんて言ったのは」

「向こうが凄いんだ。三発当てたのに走って逃げていった」

「まったく、どんな体をしてるんだ? それにどうしてあんなでっかいのが、こっちにいるんだ?」

「そこから間違っていたんだ。川の向こうもこっちも、奴らの生息域なんだ」

「ウジャウジャいるということか」

「装備を練り直さないといけないな。これでは太刀打ちできない」

 とミラルが言う。

 ジャングルから飛び出し、何とか命を取り止めた兵士たちが二人のところに集まってきた。酷い有様だ。隊長の姿もない。揚陸部隊は実質的に壊滅していた。敗北だ。




    六


 ゼインは、たわいない話題で時間を潰していた。

 出撃警報が鳴る!

 待機していた四人は一斉に立ち上がり外へと跳びだした。尻尾を振り乱し、エプロンを駆ける。その先には攻撃ヘリコプターが並んでいた。

 ゴツゴツした骨組みが剥き出しになっているのは機体重量を軽減するためだ。無用な装甲などは最初から無い。大きなメインローターと無骨なエンジン。機体中央の左右に伸びたパイロンには幾つかの兵器が搭載されている。ゼインは機体の割に華奢で手狭な操縦室に素早く乗り込み、エンジンを始動した。メインローターがゆっくりと回り出す。その間に相棒のレットが後席に座り、機体の各装備をチェックする。地上整備員が風防を閉じて離れていった。

 メインローターの回転を上げ、空へと舞い上がる。機体を傾け前進し、要塞の高い防護壁を越えた。もう一機が後に続く。

 作戦本部から情報が届く。偵察機が肉食獣の群を発見した。急行し殲滅する、それが任務だ。ゼインは攻撃ヘリの速度を上げ、一面に広がる草原を真っ直ぐに飛んだ。

 数年前まで、この一帯は深い森だった。何種かの肉食獣が生息していた危険な場所だ。そこに焼夷弾を投下し森を焼き払う。肉食獣は逃げ惑ったが、殲滅には至らない。周辺の森へと逃げ延びる。その後、焼け跡には草が生え、広がっていく。そこに草食獣が集まり、それを目当てに肉食獣が寄ってきた。そこを空から攻撃する。

 時間と手間が掛かるが、着実に肉食獣を追い詰めていく作戦だ。最近は出撃が少なくなっていた。この一帯の制圧が近い証である。そろそろ周辺の森を焼き払う頃合いだと、肉食獣の生息域調査が進められていた。

 爆音を響かせ、二機の攻撃ヘリが目標へと急ぐ。その音を聞き、警戒し、肉食獣の群が逃げ始めた。

 接近したヘリが攻撃態勢に移る。愚かな肉食獣は固まりになって逃げていた。それほど大きな体ではない。八頭ほどだ。ゼインがそれに向けて機銃を連射すると、透かさず後席のレットがロケット弾を放った。群の中心で爆発が起こり、肉食獣が次々に倒れる。肉片や体液が飛び散った。

 ゼインはその上空を通過し、離脱する。後に続く僚機がさらに一撃を加えた。

 ヘリは大きく旋回し、速度を落として攻撃地点に近付いた。肉食獣の群を撃滅した。生き延びたものはいない。ゼインは上空で静止し、それを念入りに確かめる。

「任務完了だ」と宣言した。


 夜の帳が降りた繁華街。こぢんまりとした小料理屋に、ゼインは入った。連絡をしていたので驚かすことはない。カウンターの空いた席に座った。

「お帰り……」

 カウンターの中から年配の女性が言う。

「ただいま、母さん」

 とゼインが返す。渡されたおしぼりで、四本指の手を念入りに拭いた。お酒と料理が前に並ぶ。どれも好物だ。ゼインは母親の手料理を味わう。これは世の中の多くの竜人には叶えられない贅沢だった。

 二組の客が帰り、幾らか手隙となった母親が息子の前にきた。カウンター越しに話す。

「珍しい時期に帰ってきたんだね。何かあったの?」

「新しい任務だよ。今度は船に乗る」

「船……。もしかして、熱帯に行くの?」

 ゼインは微笑みを返す。任務の内容を話すことはできない。ただ、港に入った新造のヘリ空母が熱帯へ行くという話は、巷に広まっていた。推測は容易い。

「気をつけてね」

「ああ、心配ないよ」

 その言葉に、カウンターの中で小さな溜め息をつく。

 卵を産み、自らの温もりで孵化させ、手塩に掛けて育てた。しかし、産卵期を過ぎて男性に変態すると軍隊に志願する。それは、一人っ子として成長した反動なのか? 集団生活への憧れや願望があったのか……

「母さんのほうは、どんな様子なのかな?」

「変わりないよ。この店を切り盛りするのに、毎日バタバタしている」

 ゼインは頷き、料理を口へと運ぶ。客の一人が注文をし、それに応じるため母親は場所を移した。

 竜人社会で、女性が一人で暮らしていくのは何かと大変だ。我が子を育てることを心の支えにする女性は少なくない。その母親の手助けをしていないことにゼインは後ろめたさを覚える。しかし、具体的に何をどうすればいいのか、よい知恵がなかった。街に戻った時、店に顔を出す。それぐらいのことしか思いつかない。

 ゼインは店が終わるまでカウンターに座り、母親との会話を続けた。


 大きな邸宅に入ると使用人が出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ」とその尖った頭を下げた。

「お父様は?」と尋ねる。

「まだ、お帰りではありません」

 レットは小さく顔を顰める。忙しく動き回る父親と、すんなり会うことは滅多にないことだった。しかし、街に帰ってきて父親に会わないわけにはいかない。由緒ある家柄のしきたりの一つだ。

「夕食のご用意ができています」

「ありがとう、頂くよ」

 そう言い、廊下を進む。広い食堂に入った。食事をして時間を潰す、その間に父親も帰ってくるだろう。

 使用人がテーブルに二人分の食器を並べる。扉が開き、若い女性が現れた。

「お帰りなさい、お兄様」

「ただいま、ルウム。元気そうだね」

「ええ、元気よ。よかったわ、今日は一人きりの食事でなくて」

 ルウムは微笑み、テーブルの向かいに座った。

 竜人社会において男性に与えられた我が子の養育は、名誉の証であり、特権であった。特に由緒ある家柄では、認められた養育人数がその地位を示すことにもなる。レットは五人兄弟だった。成長した他の男性は家を出て、それぞれの場で活動し、その中の誰かが家を継ぐことになる。軍隊に入ったレットは、自身の評価が低いと思う。誰が抜き出てるかわからないが、まだ産卵期前の末のルウムが継ぐことになるのかもしれない。それならそれで良い、政治には関心がなかった。

 二人は運ばれてきたスープに手をつけた。

「ヘリコプターに乗せてくれる話、忘れてないでしょ」とルウムが言う。

「忘れてないけど、簡単にはいかないよ。乗っているのは軍の攻撃ヘリなんだ」

「わかってるわ。だからいいのよ」

 単に自慢したいだけだ。しかし、産卵期前の娘を攻撃ヘリに乗せることなど許可されないだろう。

「新造の船は見たのか」

「ええ、丘の上から見たわ。大きいのね」

「ヘリ空母だからね。あの船の見学なら、できると思う」

「乗れるの?」とルウムが関心を示す。

「ああ、停泊中になるけど、広い飛行甲板に出れるよ」

「本当に。友だちも一緒にいいかしら」

「大勢はダメだよ。乗員枠に限りがあるからね」

「友だちと三人で行きたいわ」

「三人か……。何とか頑張ってみるよ。手配ができたら連絡する。それまで友だちには言わない方がいいな。上手くいかないかもしれない」

「そんな、頑張って。お願いよ」

「ああ、頑張るよ」

 と笑う。ルウムも微笑んだ。異母であっても兄弟の存在には特別な意味がある。特権階級の恩恵だ。レットにも、成長期の末っ子に目を掛けたいという想いがあった。

 二人は和やかに話し、食事を進めた。


 父親は、食事を終えてしばらくしてから帰宅した。レットは父親の書斎に向かう。

「すまない、急な会合があってな。今、政府はバタバタしている」

 政治家が小忙しく動き回っているのはいつものことだと思ったが、レットは小さく頷いた。

「街を移す話が、再燃している。温暖な地域で暮らすことは竜人にとって長年の悲願だからな。揉めるのは仕方ないのだが……」

 部屋着に着替えた父親はゆったりとした椅子に座り、用意されたお茶を飲む。座りなさいと言い、息子にもお茶を勧めた。レットは父親の対面に座り、それを一口飲んだ。

「問題は肉食獣だ。どんな状況なのか、最前線にいたお前の話が聞きたくてな」

 レットは驚いた。こんなふうに軍での話を聞きたいと言われたのは初めてだった。

「どうなんだ?」

 レットは慌てて考えを巡らせた。何をどう答えればいいのか……

「温帯での掃討作戦は、時間が掛かりますが順調に進んでいます。制圧地域は徐々に広がっています」

「温暖地域に街をつくったとして、奴らが襲ってくることはないのか」

「要所に護衛部隊を配置し、警戒を怠らないようにしないといけないでしょう。侵入してきた肉食獣を早期に見つければ、街に被害が出ることはありません」

「群で来てもか」

「群の規模によりますね。草食獣の大移動のように、千万単位の群だと厄介です。しかし、肉食の獣がそんな群をつくることはないはずです。腹を空かし、共食いになりますからね。小さな群なら、十分対処できます」

 父親が難しい顔で唸る。

「完全制圧は、まだ先の話か……」

「野生の獣の生息域は広範ですからね。草食獣はエサのあるところへと移動しますし、それを狙って肉食獣も追いかけます。新しい街の近くに来ることもあるでしょう」

「やはり、防護壁で街をぐるっと囲むことになるのか」

「そのほうが街で暮らす人は安心でしょうね」

「囲いの中で暮らすことになるのか……」

 父親は顔を顰め、思案する。

「温暖な地域に生息する肉食獣は、まだいい。体格がそれほど大きくないからな。気になるのは熱帯にいる巨獣だ。数を増やした温帯の草食獣を狙って出てくることはないだろうか」

「巨獣ですか……」

 その生態は、未だにハッキリしていない。奴らが熱帯地域に留まっているのは、単にそこでの生息に馴染んでいるだけかもしれない。温帯に多数のエサがあることを知ったとき、夏場に遠出することもあるだろう。その活動限界はどこになるのか? 解明されていないことが数多くあった。

「実は、今揉めているのは、それに絡むことだ。今回のヘリ空母熱帯遠征に関係する」

 そう言われ、レットは目を細めた。新しい任務がそれになる。

「表向きは熱帯に生息する肉食獣の調査だ。軍が新しく装備した武器に、どれほどの効力があるのか、それを実際に確かめることが一つの目的になる」

 その作戦は既に聞いている。レットは父親を見て頷いた。

「ただ、新造のヘリ空母には別の目的の装備がある……」

 レットはそれを知らない。

「何ですか、それは?」当然、尋ねる。

 父親は息を吐き、低く唸った。長い首がプルプルと震える。

「生物兵器専用の格納庫だ。危険なウイルス兵器だよ」

「ウイルス兵器……」

「生物科学研究所に保管しているウイルスを兵器化し、それを運ぶための装備だ。熱帯での試験運用が検討されている。承認されれば攻撃ヘリに搭載し、密林のど真ん中に落とす。その後どうなるのかを長期に渡り観察することになる」

「承認されるのですか」

「揉めている。推進派、慎重派、共に引かない」

「お父様は、どちらなのですか」

 父親がまた唸る。

「難しいところだ。温暖な地域に大きな街をつくることを考えると、危険因子は減らしておいたほうがいい。それは当然だ。しかし、肉食獣の殲滅には今の手段では時間が掛かりすぎる。いつまで待てばいいのかと歯痒くなる。新しい手段が必要だ。だが、焦りから強力すぎる武器を使うと、その影響が我々にも及ぶことになる。ウイルスの効力には未知の部分もある。想定外の影響が出たとき、どうなるのか……」

 まだ迷っているようだ。竜人の存続・繁栄に関わる難しい問題になる。レットは、それより、こうした話を父親とできることが嬉しかった。幾らか認められたような気がする。しかしその一方で、何か目論みがあるのではないか、と勘ぐってしまう。由緒ある家柄の出で、政治に関わっている父親は、そういう人物だった。


 青空が広がる。暖かい日差しと穏やかな風、心地良い。

 真っ平らな上甲板の隅っこには細長い艦橋が建っていた。その袂から外に出た一般の見学者たちは、飛行甲板の広さに驚く。その集団の中で一際目立つのが、三人の若い女性の存在だった。他は皆、男性だ。年配が多い。

 青空の下、はしゃいでいた三人が突然走り出す。飛行甲板の端に無骨な外観のヘリコプターが一機、置かれていた。その前にいる二人の兵士のところを目指して楽しそうに笑いながら走る。

「ありがとう、お兄様。凄く広いのね、ビックリしたわ」

 足を止め、体を寄せ合う三人の中の一人が言う。レットの妹のルウムだった。

「こっちはパイロットのゼインだ。挨拶しなさい」

 三人は顔を見合わせ、声を揃える。

「こんにちは」

「こんにちは、ようこそ」とゼインが笑顔で答える。

「これがお兄様が乗るヘリコプターなの?」と背後の機体を見た。

「ああ、そうだよ」

「どこに乗るの?」

「後ろの席だよ。前には彼が座る」

「ヘリコプターを操縦するのね」

 とゼインを見る。それに頷いた。

「お兄様は、後ろで何をしてるの?」

「何をしてるって、いろいろだよ」

「いろいろって?」

「エンジンの調子を見たり、飛んでいる場所を確認したり、いろいろだよ」

 ルウムはふ~んと頷き、機体をジロジロ見回す。

「このヘリコプターには横にも羽があるのね」

「コレは羽じゃないよ。パイロンだ。兵器を積む場所だよ。ヘリコプターの羽は上から伸びているアレだ。クルクル回る。それは知っているだろ」

「ええ、知ってるわ。今日は飛ばないの?」

「飛ばないよ。展示だけだ」

「そうなの、残念ね」

 ゼインと彼女の二人の友だちは、兄妹のやり取りを物珍しそうに眺めていた。一般に、こうした関係には馴染みがなかった。

 別の一団が飛行甲板に出ていた。こちらに歩いてくる。副艦長と作戦参謀がピッタリ付いているのを目にして、ゼインは驚く。要人であることは確かだ。

 二人の兵士の視線に気付き、ルウムが振り返る。その口から言葉が漏れた。

「お父様……」

 それを聞き、ゼインが相棒の顔を見ると、彼が頷く。

「今日、来るとは聞いていない。知らなかった。急に攻撃ヘリを展示することになったのは、これが理由なのか……」

 近付いてきた集団の中心にいた年配者が、攻撃ヘリの前にいる三人の若い女性の中に我が子の存在を認め、驚く。

「ルウム、お前も来ていたのか」と声を掛けた。

「はい、お父様。お兄様に見学の手配をお願いしました」

 姿勢を正して返事をした娘に頷く。次に兵士の息子に顔を向けた。

「攻撃ヘリの能力を説明してくれないか。特に爆弾の装備と、その取り扱いについて聞きたい」

 レットは兵士らしく対応した。

「はい、承知しました。どうぞこちらへ」

 レットは一団を機体から左右に突き出たパイロンに案内し、話しを始める。作戦参謀が集団から離れ、ゼインの横に立った。

「親子とはな……」

「まさか、息子の勇姿を見に来たわけじゃないのでしょ?」と尋ねた。

「ああ、下の新装備の保管庫を見に来たんだ。こっちは、そのついでだよ」

 それに頷く。ゼインがその設備の存在と作戦内容を聞いたのは、ほんの数日前だった。出航が間近に迫っている。ウイルス兵器の試験運用を行うか、否か、その決断も大詰めにあった。




    七


 新造ヘリ空母は、巡洋艦、補給艦、調査船とともに出航した。外洋を進む。

 熱帯地域での実態調査活動は、これまでにも何度か行われてきた。だが成果は少ない。多大な犠牲を出すこともあった。しかし今回は、これまでになく装備が強力だった。時代が違うのだ。大きな成果が期待される。

 ゼインとレットは攻撃ヘリコプターに乗り、洋上離着訓練に取り組む。前進を続け船の挙動を安定させるヘリ空母から、八機の攻撃ヘリ、二機の偵察・輸送ヘリが順次飛び立つ。それを操るのは各地の部隊から選び抜かれた精鋭だ。ヘリは長い一列隊形で船団を組む艦船を囲むように大きく旋回し、後方からヘリ空母に接近、飛行甲板へ順に着陸する。これを何度か繰り返した。

 離着訓練を無難に熟す。洋上任務は初めてだったが、これといった支障はない。

 翌日、船団は寄り道をする。陸地に近付き、一つの入り江に進んだ。その沖合で待機する。やがて、海岸にポツンとある小さな港を出た小型船が接近し、ヘリ空母に横付けした。物々しい雰囲気だ。近くの生物科学研究所から運んできた荷物をヘリ空母に移す。

 試験は決行の方向にあった。このまま中止命令が出なければ、熱帯地域でウイルス兵器を試すことになる。


 四機の攻撃ヘリが停船するヘリ空母から舞い上がった。大きな入り江の穏やかな波の上を飛び、広い砂浜に向かう。ここが上陸拠点だ。その砂浜を抜けて鬱蒼とする熱帯の密林地帯の上空に進入した。四機は互いに距離をとり周辺の警戒をする。

「凄いジャングルだ。これでは下にでっかい奴がいても気付けない」

 と後席のレットが言う。エンジンの騒音が響く狭い操縦室の中で、ヘッドセットを介しゼインが尋ねる。

「センサーに映らないのか」

「赤外線は、真っ赤だ。木々の葉っぱが熱を帯びている。この厳しい環境では頼みのセンサーも役立たずだ。目視しかない」

 攻撃ヘリが戸惑いながら警戒を行っている間に、巡洋艦から離れたボートが砂浜を目指していた。浜辺に近付くと兵士が飛び出し、砂浜に展開する。そこに野営地を築く。揚陸部隊の彼らは、決死の囮として砂浜に留まることになる。それに釣られて出てきた肉食獣に、新しく装備した武器の威力を確かめる作戦だ。

 揚陸部隊が拠点を築き、攻撃ヘリは空母に帰投した。警戒・偵察で飛び回り、その騒音で肉食獣を遠ざけては意味がない。交代で待機し、奴らが姿を現したら素早くヘリに乗り込み出撃する。

 揚陸部隊は一晩を砂浜で明かし、明日からジャングルに分け入ることになる。


 三日が過ぎたが、出撃はなかった。

 ヘリの騒音をまだ警戒しているのか? そもそも、この近辺にいないのか? 縄張りを持つのか、獲物を追って移動するのか、熱帯の肉食獣の生態を掴んでいないため、思うようにいかなかった。ただ、船の中にいる攻撃ヘリ部隊は、まだ恵まれている。砂浜の揚陸部隊は、巨大な肉食獣に対する恐怖と連日の猛暑や劣悪環境に心身ともに疲れ、参っているだろう。いつまでこれを続けるのか、士気の低下が問題になる。

 翌日、出撃警報が鳴ったが、飛び立つ前に解除された。砂浜に出てきたのは竜人よりもやや大きな肉食獣で、八頭に満たない小さな群だった。揚陸部隊が装備する武器で撃退できた。ただ、これで状況が変わる。その死臭に引かれ、他の肉食獣が集まってくるだろう。夜行性や腐食性の獣もくるはずだ。そこを攻撃する。死肉が増え、やがて巨大な肉食獣が姿を現すに違いない。緊張が高まる。

 揚陸部隊はジャングルから適度に離れた場所に肉食獣の死体を集めた。攻撃に適した位置になる。さらに、その中の一頭を解体するとその肉を巡洋艦へ運び、調理し、その日の夕食のおかずになった。仕留めた肉食獣を食らうという歩兵部隊に残る伝統だ。その料理はヘリ空母にも回ってくる。

「これが、とんでもなく美味かったら、肉食獣の掃討作戦にも気合いが入ると思うが……」

 肉片を口にしたレットが顔を顰めて言った。

「固いし、臭いし、美味くはないな」とゼインが頷く。

「無理して食べるもんじゃない」

 横から口を挟んだ兵士は顔を歪め、その料理を敬遠していた。士気を高めるために食べる歩兵とは違う。こちらでは冷ややかで、沢山残っていた。結局、処分することになるのだろう。

「だが、でっかい奴の肉は、一度食べてみたいと思う」とレットが言う。

「そうだな。何となく強くなるような気がする」

 とゼインが笑った。


 出撃警報!

 ゼインは飛行甲板に出て攻撃ヘリに走った。

「でかい奴です。一頭だけでなく数頭の群のようです」

 と甲板要員が怒鳴った。ゼインは前席に座り、エンジンを始動する。……群? 巨大で凶暴な肉食獣が群で行動するのか? 大きな体を維持するために沢山食べる巨獣は、仕留めた獲物を巡って争いになるから単独で行動する、そう教わっていた。

 レットが後席に乗り込み、風防が閉じた。甲板要員が機体から離れ、ゼインはメインローターの回転を上げる。航空管制の指示を受け、一番に離昇した。砂浜に機首を向け速度を加える。

 三頭の巨獣が暴れていた。揚陸部隊の武器では歯が立たないようだ。

「真ん中の一番でかいのを狙う」とゼイン。

「了解」とレットが返す。

 ゼインが操る攻撃ヘリが直行する。身の丈が竜人の四倍以上ある大物だ。ターゲットスコープに入れ、機銃を連射する。巨獣の胴体に何発も当たった。そこへレットがロケット弾を放つ。爆発!

 ゼインは機体を傾け、上昇しながら離脱した。

 爆煙が消えると巨獣の体がグラリとし、ゆっくりと倒れた。砂が舞う。

 他の二頭が怯む。後続の僚機が進入し、次々に攻撃を加えた。

 大きく旋回した攻撃ヘリが速度を落としながら砂浜に接近する。三頭の巨獣が倒れていた。体液や肉片が飛び散り、手足、尻尾がピクピク震えている。ゼインはその上空でホバリングし、機銃を操作した。巨獣の頭に何発か撃ち込む。とどめだ。


 その後、何日かを費やして数種の巨大肉食獣を撃滅した。攻撃ヘリと新型ロケット弾の威力が絶大であることが証明された。

 ただ、どの巨獣の肉も不味い。それは残念なことだった。




    八


「新型ロケット弾の威力は申し分ない。巨獣に対しても致命傷を与える……」

 会議室に集まった攻撃ヘリ小隊の全員に向かって、作戦参謀が話しを始めた。

「しかし、肉食獣の殲滅を考えるとき、肉弾戦による攻撃では手間と時間が掛かる。それは温帯地域での作戦で皆も実感しているだろう。奴らを全滅させるには、別の強力な攻撃法が必要だ」

 作戦参謀は会議室の面々を見回す。険しい表情が並ぶ。

「この船は、新兵器を積んでいる。生物科学研究所が開発したウイルス兵器だ。これは攻撃した周辺に生息する肉食、草食、全ての竜類に感染し、深刻な病に陥れる。致死率が非常に高い」

 作戦参謀は、そこで大きな息をした。

「ただ、これは、獣だけでなく、我々竜人にも感染し命を奪うことになる。取り扱いには十分注意しなくてはならない」

 もう一度見回し、その言葉が全員に伝わるまで待った。そして四本指の手を開き、皆に示す。

「作戦は四機の攻撃ヘリで行う。各機が二発のウイルス爆弾を装備する。目標は内陸部。設定した投下目標に対し横一列に広がる隊形で進入し、全機が同時にウイルス爆弾、全弾を投下する。部隊は、そのまま現場を離脱し帰投。爆弾は時限装置により空中で炸裂する。従って、十分な高度を保って投下することになる。投下目標は、偵察ヘリの調査により選定する……」

 作戦参謀は長い間を空けた。しびれを切らすように一人の兵士が手を挙げる。

「兵器の効力は、どのように確かめるのですか」

 その質問に、作戦参謀は顔を顰めた。

「このウイルスには潜伏期間がある。直ぐには効果は表れない。そのため兵器の効果を確かめるのは次回の遠征時になる。船団は攻撃ヘリが出撃してから母港に向かう。従ってヘリ空母への着艦は、入り江を出た洋上で行うことになるだろう。今回の作戦行動はそこで終わる……」

 作戦参謀は間を空けてから話しを続けた。

「リーダーは、ゼイン、レット機だ。他の三機を決めてくれ。残りの四機は後援となる」

 その話を受け、レットが立ち上がった。小隊の仲間を見回す。

「難しい作戦ではない。横一列の隊形で高高度を飛行する。その途中で抱えてきた爆弾を落とすだけだ。造作ない。この後の飛行訓練では、八機、全機が上がり、横一列の隊形で高度、速度を変え、模擬弾を落とし、手順を確認する。その後でゼイン機を除く三機を決める」

 そう言ってからレットは椅子に座り直した。咳払いをした作戦参謀が口を開く。

「難しい作戦ではない。しかし、慎重に取り組んでもらいたい……。以上だ」

 兵士たちがバタバタと立ち上がる。普段と変わりない平静さで会議室を出ていった。


 風の弱い穏やかな晴天の日に、作戦決行となった。

 四機の攻撃ヘリが次々に飛び立ち、密集隊形で目標を目指す。

「おそらく、次の遠征にも、自分は選ばれると思う。能力が、どうこうという問題ではない……」

 と後席のレットが言った。ヘッドセットを介しゼインに伝わる。

「どういう意味なんだ?」と返した。

「父親だよ。身内に、その現場に立ち会える者がいるのなら、そうなるように働きかける。妙な使命感や責任感があるからな」

「使命感や責任感……。それをお前が果たすのか」

「血族としての義務だよ。仕方ない」

「血族か……」

 血縁を継ぐ特権階級の人には、特別な誇りがあるのだろう。家柄を守るにも苦労があるはずだ。

「そんな面倒な話に、お前が関わることはない。一緒に飛ぶのもこれが最後になるだろう」

「最後? そんな大切なことを勝手に決めるな。別に構わない、腐れ縁だ。次の遠征にも付き合ってやるよ。船旅も悪くない」

「そんなこと言って、後悔するぞ」

 そのレットの言葉に、ゼインは笑いを返した。エンジンの騒音に負けることなく狭い操縦室に響く。

 笑った後で後席の相棒に尋ねた。

「お前、家業を継ぐのか」

「家業?」

「ああ、いつか政治家になるのか」

 今度はレットが笑う。

「それはないだろう。政治が何なのか、わかっていない。それに貧乏くじを引くタイプだ。厄介事を押しつけられジタバタする役回りだな。政治家なんて無理だ。それを継ぐのは兄弟の誰かだろう」

「そうなのか。何だかよくわからないが、お前も大変だな」

「ああ、大変だ。厄介だよ」と言ってもう一度笑った。

 編隊を組む四機の攻撃ヘリは、内陸部の奥深くへと進んだ。密林が途切れることなく広がっている。レットが飛行経路を確認し、微妙な進路変更を指示する。四機は高度を上げ、横一列の隊形に広がった。

 レットの合図で全機が一斉に爆弾を投下する。

 攻撃ヘリは速度を落とすことなくゆっくりと旋回し、再び密集隊形を組んだ。そのままヘリ空母の方向に機首を向け、飛び続ける。

 ゼインは投下目標を横目で探った。だが、何の変化も認められず、どこに投下したのかもわからない。鬱蒼とした密林が広がっている。

 次回の遠征で状況調査に加わるべきだ……。ゼインの心にも小さな使命感と責任感が湧き上がっていた。




    エピローグ


 人類の初到達から半世紀を経て、再び月面が騒がしくなっていた。

 様々な高性能センサーを搭載した探査機が月を周回し、詳細なデータを大量に収集する。それを緻密に解析すると幾つかの気になる点が出てきた。それらはその後の調査対象となる。

 極東の島国にある民間企業が開発した小型ローバーが、三八万キロの距離を経て月面に投下された。堅牢なコンテナに詰められ月面へと落ちていく。そこから強靱なワイヤーロープで繋がった小型ロケットエンジンが噴射を始め、落下速度を抑えた。月面が迫るとコンテナ全面に衝撃吸収エアバッグを展開し、ワイヤーロープを切り離す。エアバッグの球体が月面に落ち、大きくバウンドする。何度も、何度も……

 転がり、ようやく停止するとエアバッグが萎み、コンテナが開いた。落下の衝撃に耐えた小型ローバーが動き出し月面の砂地を進む。慎重にゆっくりと、地形を確かめながら調査地点を目指した。

 ローバーのカメラがそれを捉えた。大きな物ではない。徐々に接近しその形状が鮮明になると、地球で固唾を呑んでいた人々が驚きの声をあげる。

 自然に出来たものではない。明らかに人工物だ。

 一つの推測は、二〇世紀中期の冷戦時代に東西の大国が月面到達を競った時期がある。幾つかの無人機が月面に向かった。記録が不確実なもの、消息がわからなくなった機体もある。その一つではないか……。しかしその外観は、二〇世紀のデザインとは大きく違うように見える。いや、それどころか人間の手によるものではないような雰囲気が滲み出ていた。

 十数年後。再び月面に到達した宇宙飛行士により、その物体は回収され地球へと運ばれた。慎重、徹底的に解析・研究される。

 驚愕の事実。

 六五〇〇万年前の地球に知性種が生息していた。恐竜の中に知性を獲得した種族がいたのだ。月面の物体には、彼らの歴史が記録されていた。

 種族の長寿と繁栄を望み、取り組んできた活動に大きな間違いがあった。巨大で凶暴な肉食恐竜を排除しようとウイルス兵器を使う。しかし、ウイルスは想定外の変異を繰り返し、その知性種にも牙を剥くことになった。

 恐竜が絶滅した原因は、巨大隕石の落下などではない。知性種によるウイルス兵器の乱用だ。

 幾つかの情報を検証すると、現在においても鳥に感染するウイルスに、その特徴の一部が見られた。六五〇〇万年の時を経て、未だに生き延びているようだ。

 絶滅の危機が迫り、この失敗と愚かな種族の存在を誰かに伝えようと、彼らはその記録を月に送る試みを行ったのだ。確かに月の環境なら、長期に渡り記録を残すことができるだろう。

 彼らは自らの愚行により絶滅した。嘆かわしい話である。しかし、その絶滅によって哺乳類の時代が到来する。それを想うと複雑な気持ちになる。文明を築き、科学技術を得ることは、自身の存続をも危うくする大絶滅への始まりなのかもしれない。この時代でも数多くの絶滅があり、それが人類の文明に起因することは明白だ。

 人類にも、同じ末路が待ち構えているのだろうか……


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