性的な意味でのどん兵衛
男はゆっくりとコンビニの袋から「どん兵衛」を取り出す
俺はもうずっと長い事、コイツを卑猥な目で見続けて来たんだ
来る日も来る日も、卑猥で猥褻な性的対象として
そしてついに今日、家に連れ込む事に成功したんだよ
こんなに嬉しい事ってのも珍しいよ
毎日毎日仕事だけの人生、変わった事なんか有りはしないし
でも、やっとだ、やっとコイツと……
なぁ、どん兵衛、今夜はゆっくり……楽しもうや……なぁ?
どん兵衛を包む薄いビニールに手をかける男
ふふっ……どうだ?人に服を脱がされる気持ちは?
剥がしやすく加工されたビニールの切り口に手を滑り込ませ、一気に破く
「どうだ! どうだどん兵衛!? どんな気分だ!? 人に服を破かれる気分は!?」
はぁ……はぁ……イカン、俺とした事が……少し興奮し過ぎてしまったな……
夜は長い……ゆっくりと楽しもうぜ……どん兵衛……
男の前に、ビニールを解かれた姿を晒すどん兵衛
「美しい……その姿には美しさすら感じるぞ……」
しばらくの間、うっとりとどん兵衛を眺める
もう、このまま眠ってしまおうか……
「どん兵衛がココに存在している」という、その事実だけでも十分に満足出来る……もう、これで良いのかもしれない……
人間の「三大欲」
食欲、性欲、睡眠欲
少しうつらうつらした男の腹から、大きな音が鳴り響く
その瞬間男は覚醒し思い出す
どん兵衛は「喰い物」だ、と
決して「眺めて終わる存在」ではない!
ココは男が大袈裟に言っているだけで、仕事終わりで疲れていて、食欲より睡眠欲が勝っただけの話。少し寝たから食欲が出て来ただけの事である
「危ない所だったよどん兵衛……君が美し過ぎて、食べ物である事を忘れかけてしまったじゃないか……しかしどんなに美しくとも、君は! 卑しい食べ物という存在でしか無いんだ!」
男はどん兵衛のフタの開き口に手をかける
はっ……ははっ!……震えているのか?どん兵衛ともあろう君が!
無論どん兵衛が震える訳は無い。だが確かに手の内のどん兵衛の中身は、カサカサと音を立てている
「あ、違うわ、これ地震だ……結構デカいぞ……コワッ……」
テレビに流れる地震速報
「うお、震度4かよ……震源地近いな……怖いよなぁ地震……」
ふーーーん……芸能人のスキャンダルも多いよなぁ……あ、違う違う、ニュースじゃない、どん兵衛忘れてた
「どん兵衛……これからが、お楽しみの時間だよ……」
ゆっくりと……まるでベットの上でスカートをめくるかの様にどん兵衛のフタをめくる男
「ほぉら……もう丸見えだ……」
そう囁き、カヤクと汁の素の封を開けて麺の上へばら撒く
その様はまるで、下着を脱がせる一連の所作そのもの
「う、美しい……」
コレが! 君の! 真の姿!
いや、違う、違う違う、違う……コイツはまだまだ真の姿を見せてはいない……
危うくココで果ててしまう所だったではないか……
どん兵衛を食べる為には絶対に欠かせない「湯を注ぐ」作業を、まだ残している!
男はキッチンに向かい、浄水器を通して美しく磨かれた水をコレでもかという程にヤカンに注ぐ
「美しい存在には、美しい存在が必要だ……」
カチカチッ!!!
静かな部屋に、コンロの火を起こす音が響く
さあ、どん兵衛……始まりの鐘が鳴ったぞ……
しばらくして、ヤカンの口から猛烈な勢いで湯気が立つ
ふっ、ふふっ……ふっっ……
「さあ……どん兵衛……ヤカンから無理矢理注ぎ込まれる、このお湯をどう受け止めるのかな? ほぉら……もう内側の線に達してしまったねぇ……本当にいやらしいどん兵衛だっ!」
熱湯を吸収する故にブクブクと音を出すどん兵衛
「何を言っても、もう無駄だよ!お湯が入ってしまったからねぇ……」
男はおもむろにタイマーを手にして、どん兵衛に見せ付ける
「5分……スタート……」
さて……どん兵衛……君はどんな気持ちで、最後の5分を過ごすのかなぁ?
もう、どうしようもない……湯を注がれる前ならば、まだ逃げる事は出来たかも知れない……しかし、もう無理だ……
君は既に、まな板の上の鯉! ベットの上の女! テーブルの上のどん兵衛だ!!!
1分……
2分……
無情にも時は過ぎる
「おや? おやおやぁ? 凄く……熱い……なんて熱いんだ……興奮しているのか?どん兵衛?」
熱湯を注がれたどん兵衛のフタは、触れる事すらはばかられる程の温度
「こんなに身体を熱くして……緑色がまばゆいパッケージが赤く染まってしまいそうな程の熱だ! そんなに求めていたのかい? ……でも、まだ、ダメ、だよ……」
いやらしい手つきでどん兵衛を撫で回す男
「赤く染まってしまったら、君はただの『赤いキツネ』に成り下がる!」
3分……
4分……
「もう少し……もう少しだよどん兵衛……5分という時間を、これ程長く感じた事はない……」
フタの隙間から、カツオと昆布の出汁の香りが漂う室内
「どん兵衛……君は相対性理論を知っているかい? 観測する者と観測される者の間に速度の公式を当てはめると、時間は常に一定では無いんだ……しかしそれは、中々一般に理解されはしなかった。そこで、相対性理論を発表した人間は相対性理論を実に分かりやすく説明した『ストーブの上に手を付けて待つ5分は永遠に続く様に永い。しかし、恋人と過ごす5分は一瞬だ』とね……」
あまりにも有名で誰でも知ってる話を、その上カップ麺であるどん兵衛に向かって言いながら、男は自分の博識を誇り、さらに続ける
「俺ならば言ってやるね……相対性理論を発表した……えーー、アイン…アウン? ……なんだっけ……知らんけど、そいつに言ってやるね……『どん兵衛を待つ5分は、一生より永い』って……」
その瞬間、鳴るタイマー
「うお! びっくりした! もう5分!?」
あーーーびっくりした。まあ5分は一瞬だよな、普通に
どん兵衛に忍び寄る男の手
「さぁ……どん兵衛……赤くならずに、よく我慢したね……良い子だ……では『始めよう』か?」
刹那
手を返しどん兵衛を放置する男
「ふっ……ふふっ……お、あ、ず、け……」
どうだい、どん兵衛? やっと、その時が来たと思っただろう?
男は何を思ったのか、今一度タイマーを手にする
「どん兵衛……『10分どん兵衛』の始まりだぁ……」
はっ!はははっ!はははははっ!
十分にほてったその身体!
まだまだ……折り返し地点だよぉ……
6分……
7分……
永かった……本当にここまで……永かった……
あの日初めて君を目にした瞬間から、ずっとこの時を待っていたんだ……
君の妖艶な姿……妖艶……艶やか……美少女のそれが醸し出す美しさではなく、また違う美しさ……
8分……
9分……
そして時は到達する……
10分を過ぎた、新世界へ
「つ、ついに……ついに……ついに……」
男の目からぽろぽろと零れ落ちる涙
ついに開くどん兵衛のフタ
「!? なっ……」
開かれたどん兵衛
男を襲う感覚は「感動」ではなく「驚愕」
「こ、これは……な、なんという……嘘だ……嘘だろ……」
あんなにも妖艶であり艶やかだったどん兵衛は、湯を注がれ、水分を吸収する事により、まるで色事を知らぬ乙女の肌の様な輝きを放っているではないか
その瞬間、さらに男を襲う衝撃
それこそが、およそ考えなど及ばぬ深い深いコクと旨味を含むであろう、まさに妖艶な「汁の香り」
乙女の様な艶めき、しかしその上、この妖艶な芳しい芳香……
「こ、この! この! この! イヤラシイ雌どん兵衛がああああああああ!!!」
我慢たまらず、勢いそのままに箸を突っ込む男
とぷんっ
「あつっ、熱っつ!」
箸の勢いにより汁が飛び出す
「こいつ! 入れた瞬間汁吹きやがった!」
そ、想像以上だ……どんだけイヤラしいカップ麺なんだコイツ……一発で汁を吹くなんて……
エロい……否……コイツは……ど淫乱……
「こんなに美しい白い麺しやがって、そのくせ本質は淫乱の極み! ふっ……ふふっ……やってやる、やってやるよ……」
素早く箸を挿入し、そして一気にかき混ぜる!
「ほら! ほら! ほらほらほらほらあぁぁぁっ!!!」
テーブルの上は汁でベッチョベチョ
「この淫乱カップ麺め! なぁにが「お揚げ」だ? ええ? お前はただの「おさせ」だろう? 何とか言ってみたらどうだ!?」
はぁ……はぁ……またも興奮し過ぎてしまった……
少し冷静にならないとな……俺とした事が……
「さあぁ、どん兵衛……いや、淫乱雌カップ麺! 喰ってやるよ……喰ってやる……」
白く美しい輝く麺を、一筋……その自慢の棒、箸で摘み上げる
「ほぉら……この筋が、良いんだろう? え? とびきりイヤラシイ音を立てて啜ってやるよおぉっ!!!」
ズッ! ズズズッ!!! ズズズズズズズズズッ!!!
ぐっ!!! あ……ああっ!!!
ズズズッ!
ズル!
ズルズルズルッ!!! ズッ!! ズッーーーーーッッ!!!
ダメだ止まらねぇ! 俺の熱い棒、箸が止まらない!!! なんなんだコノ出汁の香り! 濃厚でイヤラシイ淫乱な汁!!! そこに襲いかかる艶めく白い麺が舌に絡み、厚く豊満な揚げが舌を優しく包み込んで来やがる!!!
一気に飲み干す、イヤラシイ汁
イ、イイッ、イッ! あっ!!
あーーーーーっっっ!!!!
男は
果てた
美しい白いうどんが一筋、空へと向かって行く