第8話 ハーディガンの追放
出る杭は打たれるのか?
西の塔の一室。
侍従長ドビュアーは、ハンカチで鼻と口を抑えながら、賊の遺体の検分を行っていた。
その横にはデューン、ミロディ、カッツェンバックも立っている。
「この痩せぎすの男は、確か侍従長のもとで働いていたな」
カッツェンバックが聞く。
「ムベルク・トゥリオ。半年以上前に、侍従を辞めた男だ」
「侍従を辞めた?」
「執政官のおもてなしで失態があってな。その責任を取って侍従を辞めたのだ。その後のことは知らん。だが、まさか、暗殺者になっていようとは・・・・」
「この文字に覚えはあるか」
カッツェンバックは、トゥリオの横に並べられた遺体の肩を指差した。例の文字が書かれている遺体だ。
「G・・・・P・・・・。GP?」
「他の遺体にも同じ文字が。おそらく、今回の暗殺未遂と何か関係があると思われる。どうだ、何か思いつくことはないか」
「GP・・・・。まさか・・・・」
記憶を掘り起こしていたドビュアーの顔から血の気が引く。
「グローリン・パストメント。マクガイアス王朝を滅ぼそうとする秘密結社だ」
その声に、デューン達は一斉に扉の方を見た。
そこにはハーディガンが立っていた。
「ハーディガン!もう、帰ってきたのか」
デューンがその名を呼ぶ。
「予想していたより早く収穫があってな。ついさっき帰り着いたところ。ところで、この様は何だ。これだけの人数の賊をおめおめ王宮内に入れてしまうとは、この塔の防犯体制を根本的に見直す必要があるな」
「それより、そのグローリン・パストメントというのは何者なんだ」
デューンが聞く。
「その発祥は明らかにされていないが、一番有力な説は、マクガイアス王朝に恨みを持つ者が集まり、暗殺や破壊のプロ集団を形成したというものだ。王や王子の変死、暗殺の半分以上に関わっているとされている。その真偽のほどは、これも明らかにされてはいないがな」
「では、これからも俺を狙って、グローリン・パストメントの刺客が送り込まれてくるっていうのか?」
デューンがハーディガンに聞く。
「こいつらは実行部隊だ。それが全滅して、これで終わりかもしれないし、まだ続くかもしれない。それは黒幕次第だ」
ハーディガンは、ドビュアーの方を向いた。
「じゅくじゅく坊ちゃんに侍従の監視をつけるという話は、わたしがすぐに旅立たねばならないその直前をねらって来た。侍従長にその事実を確認する暇もなかった。もしわたしが侍従長に、じゅくじゅく坊ちゃん監視の件について確認できていれば、侍従長に覚えがない者をわたしが西の塔に入れることなどしなかっただろう。そうなれば、暗殺者は西の塔に入り込めなかった。今回の件も起きなかったかもしれない。ムベルクは侍従長と関係なく動いていた。こう考えれば、侍従長は今回の件とは全く関係ないように思える。すべてはグローリン・パストメントの仕業だと」
「そうではないのか?」
ドビュアーが苛立ちながら聞く。
「グローリン・パストメントは数千年以上、実在するのかしないのか確認できないまま暗躍してきた謎の秘密結社だ。その存在は、犯行現場にGPと残すことで巷に広がった。存在を世間に知らしめても、その正体を隠すことで連綿と続いてきた謎の集団なのだ。それが、こんなに目立つよう目印を体に刻みつけるとは考えづらい。これでは、その正体を隠すどころか、まるで見つけてくれと言わんばかりだ」
「黒幕はグローリン・パストメントの仕業に見せかけようとしている別の何者かということ?」
ミロディがつぶやく。
「だとすれば、侍従長にもその黒幕の可能性はある」
ハーディガンの一言に、ドビュアーが切れた。
「無礼な!男爵の執事の分際で、このわたしを、王直属の侍従長を、暗殺未遂の黒幕呼ばわりするとは!」
「将来の王となるべき者の命が狙われたのだ。あらゆる可能性を考え、危険を回避する義務がわたしにはある。騎士団長にこの事実を伝えろ。そして、あらゆる人物を排除することなく、黒幕の捜査を行うよう王妃から命令してもらうのだ」
ドビュアーは、ハーディガンを憎悪の目でにらみつける。
「・・・・・王妃と騎士団長にはその旨伝えよう。ただし、今の無礼は許さん。追って沙汰するから待っているがよい」
そう言うと、ドビュアーは着物の裾を翻し、その部屋を出て行った。
その3日後、デューン、カッツェンバック、ミロディ、ハーディガンの4人は、王妃から雅牙の塔の大広間に招かれた。
大広間には、名だたる貴族や豪族、伯爵が溢れている。
正面演壇の上には、王妃エスペリエンザ。
その右手に執政官カルモス・ゲイレン六世、左手にドビュアーが控えている。
デューンら4人は、真ん中に作られた人壁の通路をまっすぐ正面演壇の足元までとどりついた。
その中で、デューンだけが演壇に登壇する。
王妃エスペリエンザが立ち上がる。
その額には王妃の象徴ミエプリマが緑の輝きを放っている。
「ウールクラール王国を支える愛国者、そして我が親愛なる友たち。あなた達のおかげで、ウールクラール王国は成りたっています。まずはそのことに感謝を」
エスペリエンザは聴衆に深く頭を下げた。
「わたしの代になり、すでにマクガイアス王朝は二度の悲劇に見舞われています。一度目は我が夫コルムナス、二度目は我が息子ペトリアヌスの命が奪われたこと。そして、三度目の悲劇がわたしを襲いました。我が息子デューンの命を狙って西の塔に賊が侵入したのです」
聴衆がどよめく。
「もし、その命が奪われていたら、わたしは希望も、光も失い、ここにこうして立つ事も出来なかったことでしょう。しかし、我が息子は生きています。賢明なる者たちの勇気ある行動によってその命は救われたのです。皆さんに紹介します」
エスペリエンザは、演壇下にいたカッツェンバックとミロディを手で招いた。
2人は、エスペリエンザに一礼し、演壇に上がった。
「クリエル公爵の二男カッツェンバックと、我が息子デューン男爵のメイド、ミロディです。この2人の機転が、わが息子を救いました」
聴衆から、拍手が送られた。
「その功績を讃え、カッツェンバックには、エイン勲章を授けます」
聴衆からどよめきと拍手が贈られる。
エイン勲章は、その爵位に関わらず、マクガイアス王朝の賓客として永遠に遇する相手に送られるもの。エイン勲章を授与された者は、名前の前にエインを冠することが許され、公爵と並び、王宮にいつでも自由に出入りできるという特別な勲章で、ここ何年間も授与された者はいなかった。
「そして、ミロディ」
ミロディは、自分の名を呼ばれ顔を上げた。エスペリエンザの表情は冷たい。エスペリエンザにとって、メイドは自分の子を殺した怨念の対象。たとえ人は変わっても、エスペリエンザにとってメイド自体が許しがたく、その存在をデューンから遠ざけたかったが、それに代わるものがないのが実情。そのジレンマにエスペリエンザは苛まれていた。
できれば、メイドという職に就く者すべてを処刑してやりたいところだが、ここは恩賞を与える場で、命を奪う場ではなかった。
ミロディは、その冷たい瞳に背筋が凍りつくのを感じた。
だが、その表情とは裏腹に、エスペリエンザは宣言した。
「ミロディにレディプロウド褒章を与えます」
聴衆は再びどよめいた。
女性が王国に貢献することは滅多にない。
それでも、何らかの功績があった女性のために設けられた恩賞がレディプラウド褒章。この恩賞は、伯爵の爵位に同位で、土地を与えられ、その領主となることもできるという破格の栄誉だった。
メイドのような下級の女性に贈られるなどあり得ないこと。
だが、ミロディは女性でありながら、将来の王をその身を挺して救ったのだ。
そのくらいの恩賞があっても、罪ではない。
「ミロディは、メイドとしての任を解かれ、レディプラウド褒章にふさわしい身分が与えられます」
ミロディは、横に立っているカッツェンバックの方を見た。
カッツェンバックは、にこやかにミロディに笑い返す。
その視線をデューンに移す。
デューンは、ぶすっとした表情であらぬ方向を見ていた。
ミロディは、デューンの足元に膝まづくと、その手に口づけをした。
「我が主、我が魂、我が心、これは、あなたの導きがあっての栄誉です。この栄誉が我が主にもあらんことを」
「俺はお前を導いてなんかいない。お前が自分で考え、自分の判断でやった事だ。もう、お前は俺のメイドではないのだ。これ以上俺に傅くな」
最後まで憎まれ口を叩くデューン。
それは、大事な物を取られてしまった子供の強がりにも聞こえる。
ミロディには、それがいかにもデューンらしく感じられ、自然と笑みがこぼれた。
「それから、ハーディガン」
エスペリエンザは、演壇下に控えているハーディガンに呼びかけた。
「お前を、デューン男爵の執事から解き、シデオールを追放します」
デューン、カッツェンバック、ミロディの3人は信じられない言葉にエスペリエンザの方を一斉に向いた。
一方のハーディガンの表情は落ち着いている。
「我が王妃、よろしければその理由をお聞かせ願えるでしょうか?」
すると、左手に控えていたドビュアーが前に出た。
「お前は、男爵の執事でありながら西の塔にあらず、男爵の日常に関与しなかったばかりかその教育も怠り、重ねて今回の一件においても、暗殺の現場に居合わせることなく男爵の守りを怠った。その罪、執事解任にとどまらず、シデオールの民としての恥であることから、都からの永久追放とするものである」
ハーディガンは、涼しい視線でドビュアーを見据えると、エスペリエンザに一礼し、大広間を後にした。