第28話 西の塔の崩壊
追い詰められ、逃げ、助かったと思ったらまた‥‥!
ローディンも階段下を見て、愕然とした。階段下から這いあがってくる黒くうごめくもの。
メロキモスだ。
しかもその数は一匹ではない。黒い巨体が何本も重なり、階段を埋め尽している。
「この下の階にも、天井が低くなっている部屋がありました。きっと、そこから西の塔に侵入したんです」
「どうする?」
「上しかないでしょう」
2人は、階段を駆け上がった。
寝室のある階に辿り着くと、閉鎖されていた部屋から、メロキモスが這い出してくるところだった。
「この階もまずい」
「最上階へ」
2人は、浴場のある最上階に登った。
デューンは、迷わず浴場の柱に駆け寄り、その影から剣を取り出そうとした。だが、その中は空っぽ。
「ない。剣がないぞ!」
「デューン男爵、前にも申し上げましたが、コッチ興行団を王宮内に招き入れるために、各塔の武器類は全て雅牙の塔の一室に集められてしまっています。この塔のどこにも剣の類は残っていません」
「いつの間に・・・・」
「デューン男爵が、ボトスの練習にいっている間に」
「なら、お手上げということか」
デューンの視線の先には食堂の扉がある。
その幅いっぱいの大きさの首を滑り込ませて、一匹目のメロキモスが入ってきた。それに続くように、2匹、3匹と重なるようにして黒い巨体が食堂の床を黒に染めていく。
「デューン男爵、申し訳ありませんが、わたしが合図をしたら、この綱を引いて下さい」
ローディンはそう言うと、食堂と浴場をつなぐ扉の横にぶら下がっている綱をデューンに渡した。
「何だこれは?」
ローディンは、それには答えず、浴場の奥に行くと、台座の上にある獅子の頭を模した石像の位置についた。その獅子の頭を両手でつかんで回すローディン。途端に、地鳴りのような振動が始まる。
「な、何だこの振動は?」
「まだです」
「な、何がだ」
メロキモスは、浴場に上がる階段下まで辿りついていた。
「ローディン、メロキモスが・・・・・」
その次の言葉は、凄まじい爆発音にかき消された。
「今です!綱を引いて下さい!」
爆発音が鎮まった一瞬にローディンの声が聞えた。
デューンが綱を引くのと、先頭のメロキモスが鎌首を持ちあげて襲いかかるのは同時だった。
その瞬間、食堂の天井が一気に床に落ちてきた。
飛びかかりかけたメロキモスは、胴体を天井に潰され、デューンの所までたどり着けずその鎌首を床に横たえた。
「まずい、爆発だ!」
デューンは、浴室を囲う壁の影に飛び込んだ。
轟音とともに真っ赤な炎が食堂を包む。
その炎は、階下にいたメロキモスも焼き尽くし、それにより小爆発を誘発。炎は西の塔の窓という窓から吹きだし、その様子はシデオール郊外にあるウークの森からも見えるほど。
一瞬前までデューンがいた場所は、紅蓮の炎で焼き尽くされた。その炎が浴場全てを焼き尽くすかと思われたその時、轟音とともに浴場の壁が壊れ、多量の水が一気に噴き出した。
吹きだした水は、浴場に吹きこんできた炎を一気に食堂の方へ押し戻す。
デューンは、多量の水に足元をさらわれ、何かに掴まろうとしたが、壁から流れ出した水の勢いはそれを許さなかった。デューンは、水に揉まれながら食堂の方へと流されていく。
水は際限なく塔の中に流れ込み、デューンは廊下へと流されていった。
この水の勢いならメロキモスも一網打尽だ。
そんな呑気なことを考えていたデューンは、その先を見て自分の浅はかな考えを呪った。
水は階段から手すりを乗り越えて階下に滝のごとく流れ落ちていた。西の塔の階段は塔の中心にあり、螺旋状になった階段の中心は、1階から最上階まで吹き抜けになっていた。その手すりを乗り越えたが最後、1階までまっさかさまだ。
デューンは、水の勢いに乗って手すりを乗り越えた瞬間、必死の思いで手すりにしがみついた。
そこへ、ローディンも流されてくる。ローディンも手すりを掴もうとしたが、その手は空を切った。だが、次の瞬間、その手をデューンの右手が掴んだ。
デューンは、2人分の体重を左手一本で支えていた。
その間にも多量の水が2人を容赦なく叩き続ける。
「デューン男爵!このままでは無理です!手をお離し下さい!」
ローディンが叫ぶ。
「・・・・お前の・・・・バラバラになった体なんか・・・・見たくないんだよ」
ローディンは吹き抜けを見下ろした。
「残念ながら、バラバラにはなりませんよ」
「何?」
ローディンの言葉に答えた瞬間、デューンの片手は限界を超えた。デューンの左手は手すりから外れ、ローディンもろとも吹き抜けの中心に向かって落下した。
このまま硬い地面にたたきつけられるかと思われた時、2人の体は水中深くに潜り込んでいた。
窓という窓が6階まで塞がれていたために、流れ落ちた水が西の塔の下にたまっていたのだ。
水面に顔を出したデューンは、先に水面に出ていたローディンに言う。
「ローディン、分かっていたのか?こうなることを?」
「分かるはずありませんよ。しかし、武器をすべて一カ所に集められると聞いた時、万が一メロキモスに襲撃された時のことを考え、アシュエルの時の鎖天井を応用して、天井全てが落ちてくるように細工したんです」
「それで、食堂の天井工事を・・・・・」
「アルギユヌス肝入りの職人ばかりだったから口も堅い。この仕掛けを知っていたのは、わたしと工事をした当事者だけです」
「この洪水もか?」
「違います。わたしが回したあの獅子の頭は配水弁。この塔が建てられてから何千年もの間、弁は絞り切ったままで使われていた。それを一気に全開にすれば、その水圧で弁は破壊される」
「・・・・・メロキモスの炎を吹き消す消火用水ってわけか」
「そういうことです」
「じゃあ、俺達がこれからすることは・・・・」
「水位が6階まで上がるのを待ちます。6階から上の窓は開いたままなので。水は6階より上に上がることはない。そこから上に上がって救助を待ちます」
「それまでは、ゆっくり水に浮いていればいいという訳か」
デューンがそう言った次の瞬間、遥か上の階で、爆発が起きた。吹き抜けから上を見上げると、赤い炎が吹きぬけを赤く染めている。だが、その炎の勢いがデューン達のところまで到達することはなかった。
「どこにも、間が悪い奴ってのはいるんだな」
まるで、そのセリフが合図になったかのように、ボロボロと何かが水面に落ち始めた。
「・・・・何だ?」
落ちてくるものはだんだん大きくなり、やがて階段の壁が崩壊し、デューン達のところに落ちてきた。




