第22話 祝福の証
大空の王は、鳥を操るだけではなかった!
その夜、カシーネは、皆が寝静まるのを待って、ベッドから降りた。暗い西の塔の階段を下りて、内側からしか開けられないように改造された扉を開けて外に出る。
中庭に建てられた大小いくつものテントの間をすり抜け、ガイモスのテントへと向かう。
その入り口は全開。王宮の中なのだから、悪さをする者などいない。カシーネは、そこからテント内に入ると檻に近付く。檻に沿って歩いて行くと、袖のところに檻に入る扉があり、すぐ近くに鍵もあった。不用心も甚だしい。これも、王宮内だという気の緩みだ。だが、そのおかげでカシーネは、すんなりと檻の中に入れた。
伝説の動物ガイモスへと近づいて行く。
小山は、呼吸のたびに上下に動く。
カシーネは、その腹部に触れた。
カシーネの表情が変わる。
カシーネは、小山をまわりん込んでその表情を見た。
ガイモスが、ゆっくりと目を開ける。
潤んだ目は、他の動物と変わりない。
伝説の動物も、新しい生命を生み、育て、そして去って行く、全てのもの普遍のルールに従った生き物に過ぎなかった。
「・・・・・大丈夫よ。必ずお腹の子は助ける」
「誰を助ける?」
突然の声に、カシーネは驚いて振り返った。
そこに、デューンが立っていた。
「デューン様、どうしてここに?」
「お前はそればかりだな。昼間、お前がここへ来た時の表情に俺が気づかないとでも?あの場で檻に飛び込むんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「それより、一体ガイモスに何ごとが起こっているんだ」
「・・・・お腹の中で赤ん坊が死にかけているんです。このままお腹の中で子供が亡くなってしまえば、その親の命も危ない」
「どうすればいいんだ」
「不死鳥ファントラの祝福を受けた者の力が必要です」
「不死鳥ファントラ?4大奇獣を束ねたというあれか」
「そうです」
「でも、そんな奴、どうやって見つけるんだ。ファントラだって見つかっていないと言うのに」
「わたしは祝福の証、命の蘇生をこの目で見ました」
「命の蘇生?そんなこと出来る奴がいるのか?」
「います」
「それは誰だ?」
「それは・・・・」
その日も、デューンチームはボトスの練習で、ロイメルチームと汗を流していた。
練習後の浴場で、湯船に浸かっていたロイメルの隣にデューンが入ってくる。
「先日、一勝を上げたそうじゃないか」
「まだ、一勝だけ。これで、喜んでばかりはいられない」
デューンの言葉に、ロイメルが謙遜して答える。
「その調子だ。場数を踏めば、自ずと勝つためのルールは分かってくる。ところでだ。指南代についてだが、ちょっとお願いしたいことがある」
「残念ながら、まだ金を稼ぐ所まではいっていないんだが・・・」
「必要なのは金じゃない。大空の王。その力を貸してほしいんだ」
夜寝静まった時、王宮の裏扉が開かれた。
開いたのはデューン。そして入ってきたのはロイメル。話の筋的にそれ以外あり得ない。
デューンは、ロイメルをガイモスのテントに案内した。
檻の中へと、ロイメルを引き入れる。
そこにはカシーネが待っていた。
「カシーネ・・・・」
「ロイメル、あなたならお腹の子供を蘇生させ出産させることができる」
「俺にそんな力が本当にあるのか?」
「あなたは、他の鳥に奪われた小鳥の命を蘇生させた。それは不死鳥ファントラの祝福を受けた何よりの証拠」
「しかし・・・」
「自分自身の力を信じて。この子を救えるのはあなただけなの」
ロイメルは、嫌われ、蔑まれていると思っていたカシーネから初めて、自分自身を認めてもらえる言葉をもらった。
その言葉の魔力は、大空の王としてのロイメルの潜在能力を一気に引き出した。
ロイメルは、片手をガイモスの腹部に当てた。
胎盤の中に眠る新たな命。その灯が消えかかっている。
ロイメルは思わず手を離した。
鮮烈なイメージがまだまぶたの裏に焼き付いている。
再び手を当てようとして、一瞬ためらう。
この手を当てたら、自分はその消えかけた生命を救う責任を負う。本当にそんなことが自分にできるのか。もしそれを救えなかったら、大空の王であるという自負と誇りは粉微塵に吹き飛ぶだろう。その喪失感を自分は乗り越えて行けるのか。もしこれに失敗すれば、もう二度と自分が大空の王などと呼ばれることはないだろう。
いや、違う。
大空の王と呼ばれることが重要なのではない。
その責任を全うすることこそが重要なのだ。
喪失感を恐れて、何もしないことこそ、自分自身をおとしめることになるのだ。
ロイメルは、目を閉じた。その全てを受け入れる覚悟を持って、両手をガイモスの腹部に当てた。
目をつぶる。
ゆらゆらと頼りなく揺れる小さな炎。それを囲いながらその周りをまわる青い光。その青い光の囲いを破り、炎を吹き消そうとする灰色の風がとぐろを巻く。
周りをどんなに囲って灰色の風から炎を守っても、炎の大きさは変わらない。青い光で外界と隔絶されたままではいずれ炎は消えてしまう。炎には新鮮な空気も必要なのだ。
新鮮な空気と吹きすさぶ灰色の風は表裏一体。
それは生命の誕生と同じだ。
生命の誕生は、同時に死と隣り合わせの世界に飛び出すことだ。だが、生命は死を恐れてそこにとどまることはない。新たな未来を求めて挑戦し続ける魂が、生命の炎を燃え上がらすのだ。
ロイメルは、その青い光を炎の周りから引きはがした。
吹きすさぶ風に負けるな。
その風が運んでくる新鮮な空気で、生命の炎を燃え立たせるんだ。
吹きすさぶ風で炎が揺れる。
一瞬、風の勢いに負けて炎が消えた。
だが、次の瞬間、炎は新鮮な空気をその内に取り込み、数倍、いや、数十倍の勢いで一気に燃えあがった。
ロイメルは、手のひらに山なりの動きを感じてハッと我に返った。多量に流れ出た羊水とともに、新たな生命が産声を上げた。




