第18話 執政官と未亡人
この2人、前からできてたんじゃねえの?
もしかして、これって不倫????
その扉を開けたところは、何かの棚の後ろにある隙間だった。
そのわずかな隙間を3、4メートル進むと棚が途切れる。そこから、棚との隙間のわずか数十センチ分、部屋の様子が見える。
ちょうどその見える位置に、レオノラが立っていた。その表情は何かを渇望する野獣のようだ。レオノラは、棚の影にいる何者かから器を受け取ると、むさぼるように器の中のものを一気に飲み干した。途端に、表情が一変する。
「ああ・・・・・おいしい・・・・」
「ガイモスの子はどうにかなりそうなのか?」
誰の声だ?
デューンが、分かるか?という風に振り向くと、カシーネが首を横に振る。
「ガイモスの観覧中には生まれるかもしれないけれど、いつ生まれるかは分からないわ」
「いつになるか分からないものをあてにすることはできない。やはり、王妃の血だ」
「メロキモスは、ガイモスの子を食らって暗殺者になり下がった。再び暗殺者として仕えさせるには、ガイモスの子か王の血が必要。王妃の血よりデューン男爵の血の方がいいのでは?」
「メロキモスに必要なのは、血統ではない。王位にあるものの血が必要なのだ。デューン男爵はマクガイアスの血は継いでいても王位にはない。今、王位にあるのはエスペリエンザ王妃」
「でも、どうやってその血を?」
「それは、わたしが何とかしよう」
レオノラが、媚びるような笑顔でうなづく。
何者かが、棚の影からわずかな隙間に姿を現す。
執政官カルモス・ゲイレン六世だった。
いつもエスペリエンザの隣におとなしく座っている時の雰囲気と違い、野心に溢れた荒々しいフェロモンを発散している。
レオノラは、結い上げた髪を抑えていた髪留めを引き抜き、頭を振った。美しい紫の光沢を放つ長い髪が腰のあたりまで流れ落ちる。その中に数本、黄金色の髪が混じっていて、濃い紫とのコントラストが目を引く。
ゲイレン六世は、レオノラに近づくとその腰に手を回し、抱き寄せると口づけした。
だが、その次の瞬間、ゲイレン六世はレオノラを突き放し、デューン達の方を見た。
「誰だ。誰かそこにいるのか」
デューンとカシーネはあわてて顔を引っ込めた。
ここで扉を閉めたら、何者かがいることを証明してしまう。
デューンは、扉を開けたまま、背後にいたカシーネに戻るよう指で合図した。
カシーネはうなづくと、もと来た通路を四つん這いで戻り始めた。
床に開いた穴を避け、十字に交差する横道も無視して、ひたすら進む。その時、扉が開いた。
2人は止まって、扉のある方向の壁に背を押しつける。
扉から入る灯りが通路の中を照らすが、2人のところまでは届かない。
そこから、通路を覗き込むレオノラ。しかし、息をひそめた2人には気づかない。
「お前が閉め忘れたのだろうレオノラ」
「そんなはずはないわ」
「来い、レオノラ」
ゲイレンの誘いに、レオノラが部屋に戻る。
「メロキモスを解き放つわ」
「もう使えるのか?」
「まだ完全に目を覚ましてはいないけど、目の前にあるものだけは、すべてその食欲で処分してくれる」
「デューン男爵のメイドは大丈夫なのか?あの女も動物使いだろう」
「大丈夫。メロキモスが目覚めれば最初に狙うようにしてあるから」
「ほう、どうやってそんなことを?」
「死の接吻を贈ってある。わたしの中の魔族の血が必ずあの女をしとめるわ」
デューンはカシーネの方を見た。
閉鎖された部屋でのレオノラ夫人からの口づけの意味。
それは死の接吻だったのだ。
レオノラ夫人は、自ら魔族の血を引くと言った。
魔族は、人間の姿となって餌食となる人間に死の接吻を贈り、メロキモスにその人間を始末させる。レオノラ夫人は、同じ動物使いの能力を持つカシーネが邪魔ものになり、死の接吻を贈ったのだ。
その直後、扉は完全に閉められた。




