第16話 怪しい行動
おいおい、そんなことしたら、またやられっちゃうよ!
その日、カシーネがデューンのボトス練習の付添いから帰ってくると、パーティルがカシーネに耳うちした。
「カシーネ、ちょっと・・・・」
「どうしたの?」
「レオノラ夫人のことで」
「レオノラ夫人?」
パーティルは、人に聞かれないようにカシーネを部屋の隅の方に引き寄せると言った。
「・・・・・実は、夜中にレオノラ夫人が例の閉鎖部屋から出てくるのを見た人がいるの」
「閉鎖部屋から?」
うなづくパーティル。
「でも、部屋に入っていくところを見た人は誰もいない。仮に、入って行くところを見かけても、わたしたちのような配膳係が、賓客に注意をすることなどできないし、どうしたらいのかと皆と相談していたの」
「そう。・・・・いいわ。パーティル達は、このことは黙っていて。わたしがローディン様に相談してみる」
カシーネからその情報を聞いたローディンは、しばらく考え込んで一言。
「・・・・分かった」
「どういたしましょうか?」
「カシーネは何もしなくていい。わたしが何とかする」
「でも、最近ローディン様は不在がちでお疲れの様子。わたしでお役に立てることがあれば・・・・」
「わたしの体のことを心配してくれてありがとう。だが、心配は気持ちだけでいい。カシーネはこのことを気にするな。いいな」
ローディンは笑顔で答えたが、カシーネの言うとおり、その顔に現れてる疲労は隠せなかった。
食堂の天井張り替え工事が始まる。
その様子を見ていたローディンの所に、デューンがやってきた。
「どうだ様子は?」
「順調です。明後日までには工事は完了します。窓を塞ぐ工事は来週から始まるので、それまでには」
「寝室の窓も塞がれてしまうのか?」
「窓を塞ぐのは6階までです。その上の窓は塞がれません」
「そうか。目が覚めた時に真っ暗なのはごめんだからな。それはそうと、例の部屋の方はどうだ。入り口は突きとめられたのか?」
「入口についてはまだですが、興味深いことが」
「興味深いこと?」
ローディンはうなづくと、窓際にデューンを案内した。
そこから外を見ると、雅牙の塔から伸びる水路が見える。
「あの水路は、雅牙の断崖を流れ落ちる無数の滝から取り込んだ水を雅牙の塔から各塔に供給しています。雅牙の塔には巨大な貯水槽があって、そこから水は供給される。その貯水槽のある場所がどこだか分かりますか」
「雅牙の塔の最上階じゃないのか?」
首を横に振るローディン。
「執政官カルモス・ゲイレン六世の居住スペースの中にあるんです」
「居住スペースの中に?」
「各塔の水路は、全て執政官の居住空間から伸びているということです。執政官の居住スペースは、雅牙の塔の十三階から十五階までを占める。その高さでは、各塔の最上階とほぼ同じ。高低差を利用するなら、もっと上の階から配水すべきなんです。なぜそんな無駄な設計をしたのかわたしには理解できません」
「高低差がないなら、どうやって配水しているんだ?」
「塔と塔の間に橋のように架かっている水路は、高さが3階分ほどある。その高さは、水路の中に配水用の傾斜を作るためです」
「わざわざ水路の中に高低差を作って配水しているという訳か。確かに無駄な設計だな」
「さらに、水路の下の方には幾つも窓が開いていますが、その窓の下にも無駄なスペースがある」
「王宮内の建物は無駄だらけという訳だな」
「無駄ならそれはそれでいいんですが、もしそのことに意味があるとすると、何のためのスペースなのかが気になるところです」
カシーネはまんじりともせずにいた。
夜中に閉鎖部屋から出てくるレオノラ夫人。
だが、レオノラ夫人がその部屋に入るのを誰も見た者はいない。
ローディンは、気にするなと言っていたが、一体どうする気なんだろう。
考えはじめると目がさえて、とても眠れそうにない。
カシーネはベッドから起きた。
デューンの寝室側の壁には、何カ所か穴が開いていて、そこから隣の寝室の様子が見える。
有事の際の発見を早めるための作りだ。そこから見ると、天蓋付きベッドの中でデューンはすやすや寝ている。
カシーネは、音をたてないように扉を開け、廊下に出た。
デューンの寝室を通り過ぎ、その隣の部屋の前に立つ。
閉鎖された部屋だ。
カシーネは、扉に手をかけようとしたが思いとどまった。
これで部屋に踏み入れば、またこの間のように体が拒否反応を示して何もできなくなってしまうだろう。
カシーネは、閉鎖された部屋の反対方向に向かう。
メイド控室の前を通り過ぎ、その隣のレオノラの部屋の前に立った。
レオノラ夫人は王妃のお気に入りと聞く。
そのレオノラ夫人の気分を害することを恐れて、皆ビクビクしているが、ここは西の塔なのだ。この塔の主はデューン様だし、その主に黙って怪しいことをするのであれば問いただすべきだ。
先日の口づけの意味も問いただしたかった。
気持ちは決まった。
カシーネは、レオノラの部屋の扉を開けた。
窓から入った月明かりが、青白く豪奢な装飾を浮かび上がらせる。壁際におかれたベッドに近づくカシーネ。
だが、そこにレオノラの姿はなかった。
カシーネは背後を振り返った。この間のように扉の影に隠れているのかと思ったが、そこにもレオノラの姿はなかった。
月明かりの光を部屋の中に取り込む大きな窓。
カシーネはその窓に近づいた。
夜空には大きなブルームーン。
カシーネはその月を窓から見上げ、何気なく視線を下に落とした。
そして、思わぬ発見をした。
水路の屋根の上を動く影。それは、レオノラだった




