第6話 メイドの懸念
やってきた侍従は、いかにも怪しい奴。
大丈夫か、そんな奴入れて?
翌日、デューンの元にやってきた侍従は、痩せぎす長身の男だった。ハーディガンは不在だった。
「侍従長からの命令の進み具合は?」
「資料づくりのための準備は着々と進んでいます」
「ハーディガンはいずこに?」
「資料づくりの準備のために不在にしています」
「どこに行っているのだ」
「塔の測量をするため、優秀な設計士を当たっています」
「今日戻るのか?」
「今日明日の二日は遠方に行っておりますので、戻るのは明後日になります」
「デューン男爵殿は今まで何をしておったのだ」
「この塔の蔵書庫に、西の塔建設に関する何かの資料がないか確認していました」
「どれ、ではその成果を見せてもうことにしよう」
侍従が荷物に手をかける。
「お運びします」
ミロディが、その荷物を運ぼうと手を伸ばすと、
「触るな!荷物はよい、自分で運ぶ。余計なまねはするな。男爵殿、このメイドは検分に邪魔だ。下がらせろ」
「ミロディ、メイドの控室に戻っていろ」
デューンは、ミロディに命じた。
矢継ぎ早に色々言ってくる侍従の前に、さすがのデューンもたじたじだ。
ミロディは、デューンの命じたとおり、デューンの寝室隣にあるメイドの控室に戻った。
すると、しばらくしてデューンがメイド控室に入ってきた。
「あの侍従は、今日明日とこの塔に泊まるそうだ。食事と寝室の用意を」
デューンは、ミロディにそれだけ告げると、また控室を出ていった。
ミロディは、厨房に降りて、食事が1人分増えたことを告げると、めったに使われることのない客人用の寝室の寝具を新しいものに取り換えた。
寝室の準備が整うと、ミロディは地下の蔵書室に向かった。
蔵書庫の扉を叩く。
「食事と寝室の準備が整いました」
「分かった。もう、お前にしてもらうことは何もない。わたしが戻るまで自由にしていろ」
ミロディが報告すると、扉の中からデューンの声だけが聞えてきた。
「分かりましたデューン様」
そう言って、ミロディは蔵書庫の扉から離れた。
そして、控室に戻ろうとして、立ち止まった。
しばらく考え込んだ末、ミロディは控室に戻らず、西の塔を後にして、街中へと飛び出して行った。
ミロディが向かった先は、クリエル公爵の別邸。
扉を叩くと、高慢そうな初老の男が出てきた。
「カッツェンバック公は御在宅でしょうか?」
ミロディが初老の男に話しかけると、初老の男は顔をしかめた。
「メイドごときがカッツェンバック公に何用だ?」
「どうしてもお伝えしたいことがあるのです。カッツェンバック公はいらっしゃるのですか?」
「わたしが用件を承る」
「直接カッツェンバック公にお伝えしたいのです」
「身分をわきまえよ。たとえカッツェンバック公が在宅であろうと、メイドごときに直接会わせることなどできん」
初老の男は、そう言うと扉を閉めてしまった。
ミロディは、扉を叩いた。
「会わせて下さい。どうしても、カッツェンバック公と直接お話ししたいのです!」
ミロディは扉の外から叫んだが、扉はビクともしなかった。
もう一度、扉を叩いてみたが、様子は変わらない。
もう一度叫ぼうとして、ミロディはあきらめた。
ミロディが、うつむいて扉から離れかけた時、
「ミロディ、こんなところでどうしたんだ?」
ミロディが顔を上げると、そこにカッツェンバックが立っていた。
「カッツェンバック公・・・・なぜ外に?」
「今日はボトスのゲームがあったんだ。その帰りだが・・・」
「カッツェンバック公。実はお聞きしたいことが」
「聞きたいこと?俺のことか?」
「いえ、聞きたいのは今デューン様の身に起こっていることです」
「・・・・ならば、こんな所で立ち話という訳にはいかんな」
カッツェンバックはそう言うと、扉を開け、ミロディを招き入れた。
さきほどの初老の男が慌てて出てくる。
「カッツェンバック様、そのメイドが何かご迷惑を?」
「何の話だ。彼女はわたしの客人だ。丁重にもてなせ」
カッツェンバックから言われ、初老の男は目を白黒させている。ミロディは、初老の男に申し訳なさそうに頭を下げると、カッツェンバックの後に従った。
「・・・・確かにそれは普通じゃないな」
ミロディからひととおりの話を聞いたカッツェンバックはつぶやいた。
「侍従は本来、王と王妃の身の回りの世話をするものだ。侍従長の指令で動くことはあっても、その報告に戻ることなく、何日も別の場所で寝泊まりするなど、侍従の通常の務めを逸脱している。それが侍従長の命令だとすれば、やり過ぎだと言わざるを得ない。だが、あの小賢しい知恵の働く侍従長に限って、そんな無茶をするとは思えないんだが・・・・」
「それを何とか確認する方法はないでしょうか?」
「・・・・分かった。直接侍従長に確認してみよう。ミロディは西の塔に戻れ。結果は俺が直接伝えに行く」
うなづくとミロディは、走り出そうとした。
「ミロディ!」
カッツェンバックは、ミロディを呼び止めた。
「万が一のためにこれを」
カッツェンバックは、短刀をミロディに差し出した。
ミロデイが首を横に振る。
「申し訳ありません。メイドは、刃物など傷つけるような物を持って主のおそば近くにはいられないのです」
「そうか・・・・」
カッツェンバックは、短刀を下げた。
「俺が侍従長に確認できるまで、その侍従の動向に気をつけろ。自分の身が危うくなったら、まず自分の身を守れ。身を挺してデューンのことを守ろうなどと思うな。デューンは、自分で自分の身を守れる男だ。奴を信じろ」
ミロディは、深くお辞儀をすると西の塔へと急いだ。
‥‥んなこと言ってミロディ、実は彼氏に会いたかっただけなんじゃないの?
いやいや、そういう下世話な話はよせ!