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第9話 錯覚のマジック

アルギユヌス、お前はこのことに気づいていたのか?

 王宮内は、真っ二つに割れていた。

 原因は王妃エスペリエンザだ。

 エスペリエンザのガイモスを見たいという要望に、王宮内から待ったがかかった。

 人人人の人ごみの中で、エスペリエンザを警護するのは不可能と判断されたのだ。

 それでも、エスペリエンザはどうしても見たいと言う。

 こうなると、王族はわがままな子供と変わらない。

 しかも、誰も叱りつけることのできない厄介な子供だ。

 で、考え出されたのは、コッチ興行団ごと、王宮内に引き入れるという案。

 果たして、王宮内に大道芸の一座を滞在させていいのかどうか。

 これで、王宮内は真っ二つに分かれていたのだ。

「王宮内に引き入れることになると、賓客の扱いになる。ましてや、王族の希望に答えた形でくるのだから、王宮としては歓待せざるを得ない。そうなれば、大道芸一座が、何日間か王宮内に滞在することになる。その受け入れ準備としての措置だそうです」

 ローディンが説明する。

「・・・・・だからと言って、窓という窓を塞ぐというのはあまりに単純に考えすぎじゃないか」

「単純だからこそ、経費がかからず、短時間でできるということだそうです。まだ決まったわけはありませんが、窓の大きさを計測し報告せよと言うことは、8割方決まりということでしょう。さらに驚きなのは、もう一つの命令です」

「それは何だ?」

「武器類の確認です」

「何?」

「万が一のことを考え、各塔にある武器の類を一カ所に集め、厳重管理するとのこと」

「窓から侵入できなければ、武器を取られることなんてないだろう?」

「何しろ、爵位を持たない者を招き入れるのは王宮始まって以来のこと。それでなくても、毎年のように起こる暗殺騒ぎで王宮騎士団は神経がピリピリしているんです」

「俺のせいか?」

「さあ」

「まあいい。だが、そこまでさせるのなら、王宮に招き入れるのは100%決まりだな」

 その翌日には、早速窓を計測する担当者が3人、西の塔を訪れた。

 塔の主として、計測に立ちあうデューン。

 それにはローディンとカシーネも同行した。

 一つ一つの部屋の窓を計測していく。

 3人も部屋の中に入り、計測の状況を傍で見る。

 ローディンは、その様子をつぶさに見ているが、デューンはなま欠伸だ。

 だが、一つ一つの部屋を見て行くと、中にはデューンさえも初めて入る部屋もある。

 デューンの寝室がある階に到達した。

 それは、デューンの寝室の隣にある部屋に入った時のことだ。

 ふいに、カシーネがよろめいた。

 横にいたデューンがカシーネを支える。

「カシーネ、どうした」

「・・・・・分かりません。なんだか自分の体が傾いているような気がして・・・」

「眩暈か?」

「いえ・・・・。隣の部屋と同じ作りで、壁も同じデザインなんですが、何か違和感があって、何だろうと考えているうちに急に・・・・」

「違和感?」

 その言葉に、ローディンが反応した。

 ローディンは、その部屋をぐるりと見回し、その部屋を出ると、その前に窓を計測した隣の部屋に行った。

 まったく同じ作り、帯状の横線が幾重にも描かれた壁のデザインも同じ。

 これの一体何が、カシーネに違和感をもたらしたのか。

 その翌々日のことだ。

 ローディンが、デューンの執務室に入ってきた。

「カシーネの眩暈の原因が分かりました」

「原因?」

「遠近法です」

「遠近法?何のことだ?」

「説明するより現物を見た方が早い。来て下さい」

 ローディンは、デューンの寝室の隣の部屋に当人を連れて行った。扉を開け放つ。

「中を見て下さい」

 扉の中に入り、部屋中を見渡すデューン。

「見たぞ」

「じゃ、次です」

 その隣の部屋の扉を開け放つ。

「中をご覧ください」

 同じように中に入り見渡す。

「前の部屋との違いが分かりますか?」

「違い?何の違いもない。同じ部屋だろう?」

「やはり、騙されましたね。デューン男爵の隣の部屋はこの部屋に比べて天井が低くなっているんです」

「何?」

 もう一度、隣の部屋に行く。

 見渡しても分からない。

「・・・・・本当か?天井が低くなっていると言うのは?」

「本当です。外壁の大きさは同じですが、天井が低くなっている分、床が斜め下に傾いている。この壁のデザインは、横線が特徴です。この横線が並行のようで、実は微妙に広がっている。この線は、廊下側から外壁に向かって等間隔のように見えますが、開いているんです。結果、平らなように目では感じていても、平衡感覚は騙せない。カシーネはそれで眩暈を覚えたんです」

「・・・・・じゃあ、それを感じない俺達は?」

「まあ、この部屋を作った仕掛け人に騙された、とんだ鈍感野郎と言うことです」

「・・・・・なんでこの部屋だけ天井が低いんだ?」

「この部屋だけじゃありません。最上階にある浴場の隣の部屋など、全部で4カ所このような部屋があります」

「4か所も?」

「覚えていますか。測量士のアルギユヌスが残して言った言葉を。この塔にはあり得ない空間が存在する。もう一度測量をやり直せと。ドビュアー侍従長の指示で、やり直しは立ち消えになっていましたが、その時の測量図を確認したところ、アルギユヌスの指示があった部屋はまさにこの4部屋」

「どういうことだ?」

「分かりません。天井が低くなった分、この上の階との間に、おそらく人が四つん這いであれば入れる程度の高さの空間がそこにある。しかし、その空間へ行ける入口もなければ出口もない」

「部屋の中にないのならば、外側にあるんじゃないか?」

「ここを何階だと思っているんです?外側にしか出入口がなければ、その部屋の住人は鳥か、羽のある者のどちらかしかいませんな」

 ローディンは、そう言いながら、窓から外を見た。

「・・・・・いや、そうとばかりは言えないかも知れません」

「何?」

「調べることがありますので、これで失礼します」

 ローディンはそう言うと、デューンを部屋に置き去りにして出ていった。

「・・・・・なんか、最近ローディンの奴、ハーディガンに似てきたな」


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