第6話 粋に感ず
高い志は、地味なゲームでも観客を熱くする!
デューンチーム、月3回のボトス本試合の内の1回が催された。
観客席には、ロイメルチームの顔も見える。
初めて見るデューンチームの試合運び。
「これは・・・・」
ロイメルは気付いた。
デューンチームは、退場者なし、怪我人もなしのスマートな試合を相変わらず続けている。それがどんなに困難なことか、ボトスを格闘競技だと思っているロイメルには、痛烈に分かった。そして、その技術の高さも。
がちバトルのないボトスの試合ほど面白みがないものはない。だが、デューンチームは、華麗なステップと、襲い来る相手チームのディフェンスをかわし、すり抜けるスピーディな攻撃で、観客を魅了する。
殴り合いも、引き倒しもない試合なのに、ロイメルはその動きにくぎ付けになった。
ハボア族は、エルデラに点在する38民族の内でも、最大勢力を誇る。山脈の中腹から裾野にかけて最も広大な領地を占める。それは、他民族との戦いに勝利して得た領域。ウールクラールの一領地になったあとも、男達は荒々しい戦士としての素養を持って育てられる。だから、ボトスのクラッシュラインでの乱闘こそが、ハボアチームの強みでもあった。そこにこそ、勝利の鍵があったのだ。
エルデラ38民族の特徴は、動物と心を交わす特殊能力を誰もが秘めていること。秘めている、といったのは、民族の全てがその技術を使えるわけではないからだ。かつては、民族の半分以上が使えたとされるその能力も、今はほんの一握りしか使えない。
38部族共通の掟。
それは、動物と心通わせることができるもののみが族長になるということ。ロイメルの父も当然動物を操れたし、兄2人にもその能力は受け継がれていた。だが、なぜか、三男のロイメルにはその能力が欠けていた。ロイメルは、その能力を使えないいらだちをボトスに傾けた。ロイメルにとってのボトスは、自分の存在意義そのものだったのだ。
デューンチームの試合が終わり、自分たちにない華麗なプレイに愕然として会場から出てきたハボアチーム。
そこへ、ちょうどデューンチームが歩いてきた。
ロイメルは、彼らとすれ違う時に何か声をかけられるのではと一瞬止まった。
自分達との技術の差を見せつけられ、彼らと相対するのが何となく気が引けたのだ。
と、そこに、一人の少年が、デューン達の前に飛び出してきた。
デューン達が止まる。
「お願いです。僕をデューン男爵様のボトスチームに入れて下さい」
見れば、デューンのボトスチームの肩より低い背丈の中肉中背の少年だ。金髪の髪に色白な肌。とても、ボトスの選手には見えない。
「年齢は幾つだ」
デューンが聞く。
「十六歳です」
「家は何をしている?」
「ウークの森の木こりをしています」
「お前も、木こりを?」
「今年から、父の手伝いをしています」
「なぜ、木こりでなくボトスをしたいと考えているんだ?」
「それは・・・・・、デューン男爵様のチームの怪我人も退場者も出さないボトスの試合の素晴らしさにあこがれて・・・・」
デューンは、にやりと笑う。
「正直に言え。そんな、褒め言葉で俺は騙されないぞ。ウークの森の樹木は、他の森の良質な樹木に押されて需要が減っていると聞く」
「・・・・申し訳ありません。僕は、6人兄弟の末っ子。父がいる間は、木こりでいることができますが、兄たちが父の後を継ぐと、僕の所まで木こりの持ち分が回ってこないんです」
「お前は父の木こりの仕事をどう思う」
「立派な仕事だと思います。父の伐採した木々が、家を作り、橋を作り、町を作る。僕は父を誇りに思っています」
デューンは、少年の両肩を掴んだ。
「ボトスの選手になるには、両肩の筋肉が足りない」
少年は、デューンを見た。
「どう思う?」
デューンは、隣にいたチームの仲間に聞く。
「体全体のバランスはいい。鍛えれば十分ボトスの選手としてやっていけるだろう」
「だそうだ。俺のチームに入るにはまだ早い。父が存命の内は、木こりの仕事に勤しめ。やり方次第で、ボトスに必要な体を作ることができる。いつか、その体が完成したと感じたら、いつでも来い。チャンスはいくらでもある。だが今はその時ではない」
「いつか・・・・」
「名は?」
「レジオネルド。ヴァンカンタッセルのレジオネルドと言います」
「レジオネルド。その時が来るのを楽しみにしているぞ」
デューンはそう言うと、角を折れて会場を出ていった。
ロイメル達に気付いていたかどうかは分からない。
だが、デューンと少年とのやり取りが自分に重なり、ロイメルはみじめな気持ちのまま外へと向かった。
シデオールのボトスは、人気が高く遠方から観戦に来る人も多い。そういった人たちが乗ってくる馬を入れておく馬小屋もかなりの大きさだ。帰りには、観客が殺到し、馬小屋の周りは騒然となる。ハボアでは決して見られない光景だ。
デューンチームの試合は流血がないことで知られ、子供たちを観戦させる親も多い。帰路に就く観客の中には子供たちの姿もちらほら見える。
人々の波のうねりが一段落したところへ、ロイメル達が通りかかった。
その時、女の悲鳴が上がった。




