第5話 怪しき黒髪
メイド、ついに本性を現す!
毎日自分の好きな事だけをして、ボトス三昧だったお坊っちゃまが、強いられたこととはいえ、自らの遂行すべき使命に真剣に向き合ったのだ。ミロディが知る限り、このようなデューンの姿を見るのは初めてであった。
ミロディが夕食を呼びに行った時、確認済みの蔵書が理路整然と何山にも渡って床に並べられていた。一列目の蔵書棚はほぼ空になっているが、まだ二列目以降には手がつけられていない。
「デューン様、お夕食でございます」
「分かった」
そう言って、立ち上がったデューンの足がもつれた。
ミロディが慌てて、その体を支える。
デューンがミロディの顔を見る。
ボトスの練習でならした強靭な体力でも、慣れない地道な肉体労働で、その顔に疲労は隠せなかった。
「ミロディ、お前って・・・」
「はい」
「・・・・結構、体格しっかりしてるんだな」
「ありがとうございます」
女性に対する褒め言葉かどうかは疑問だが、ミロディは笑顔で答えた。
主に初めて頼られた。
その気持ちが、ミロディの表情を自然と笑顔にしたのだ。
いつものように、ミロディが毒見した皿から夕食をとるデューン。しかし、その動きは機械的で、疲れで朦朧としている中なんとか食欲を満たそうとする本能だけで手を動かしている、そんな感じだった。
その状態で、次は入浴だ。
まあ、そんな状態なら普通は
「朝風呂にしよう」
ってとこだが、王宮の中の生活は、すべてスケジュール管理されている。たとえ、チャッカーで悪酔いして帰ってきた時も、風呂だけはきっちり入っていた。
というわけで、デューンの中の王宮スケジュールの体内時計がその体を浴場へと導いた。
ミロディも定位置に着く。
巨大プールのような浴槽に肩までつかる。
そんな状態で温まれば、次に襲ってくるのは猛烈な眠気だ。
若いデューンも、疲労から来る睡魔に襲われた。
次第にそのまぶたが閉じて行く。
床を掘り下げて作られた浴槽の縁からデューンの頭部だけが見える。その頭部が突然消えた。
完全に睡眠状態になったデューンが湯船に全身を沈めてしまったのだ。
ミロディは、浴槽に走った。
浴衣がはだけることも忘れ、湯船に飛び込み、湯の中に沈んだデューンの体を抱え上げる。
湯に頭までつかったというのに、デューンは目を閉じたままだ。その表情はまるで、すやすや気持ちよさそうに眠る赤ん坊のように邪気がない。
ミロディは、デューンを起こそうとして、思いとどまった。
その銀色の美しい瞳に怪しい影がよぎる。
湯船につかった全裸男子と半裸女子。
男子は意識朦朧状態で、女子はその男子をはだけた胸に抱えている。
おっと、これは18歳未満禁止の禁断の展開か?
いやいや、そう急かさずもう少しじっくり様子を見てみようじゃないか読者諸君。
後ろでまとめていたミロディの長い髪がほどけ、デューンの体の上にかかる。長い髪の毛はまるで、生き物のように湯船に浮いていたが、やがてそれはゆっくり湯の中に沈み、デューンの体にまとわりついて行く。
ミロディは、デューンを見たまま石のように固まってしまった。
ただ、その髪の毛だけが生き物のようにデューンの体の上を這いまわる。
やがて、その髪の毛がデューンの首に巻き付き始めた。
まるで、縄がその首をゆっくり締めつけるように。
「そろそろ、じゅくじゅく坊ちゃんを起こした方がいい」
突然、頭上で声がして、ミロディはハッと我に返った。
浴槽の縁に立ったハーディガンが、2人を見下ろしていた。
「じゅくじゅく坊っちゃんに至急伝えたいことがある。蔵書確認で疲れているのは分かるが、ミロディの甘い声で起こしてやってほしい。わたしの怒鳴り声で起こされるよりはいいだろう。いいかな、ミロディ」
「わかりました」
ハーディガンはうなづくと、浴場を出て行った。
「明日から、侍従が付く」
開口一番、ハーディガンは言った。
「侍従が?なぜ、俺のところに?」
「監視のためだ。侍従長の命令も聞かず、また女遊びやボトスにうつつを抜かさないよう、侍従長がじゅくじゅく坊ちゃんに見張りを付けたんだ」
「ハーディガンはどうするんだ」
「わたしは、わたしの務めを行うだけ。予定どおり、明日から2日間、設計士と交渉するためこの塔を不在にする。向こうの勝手に合わせていたのではものごとは何も進まない」
「俺は侍従に対してどう対処すればいいんだ」
「考えろ。危急な事態に対しての教科書などこの世に存在しない。じゅくじゅく坊ちゃんならそれらしく、そうでないならそれなりに正しい道を自分で見つけ出すんだ」