第15話 満たされたものの強さ
女領主対メイド!
勝利の鍵は、果たして‥‥!
「アシュエル、なぜここに?お前は雅牙の塔にいるのでは?」
メロディアが聞く。
「お前に、あの方ってのがいるように、こっちにも味方はごまんといる。もちろん、雅牙の塔にも。その手引きがあれば、雅牙の塔から抜け出すことなど簡単だ」
金縛りから解かれ、話せるようになったローディンが答える。
味方?
ビストラルーは、ケリティのゴシップで自分の身が危うくなるのを恐れて、言いなりになっているだけだが、それって味方って言えるのかな?・・・・まあ、結果、オーライってことで。
メロディアは、ローディンの言葉に動じることなく冷たい笑顔を浮かべると、アシュエルの方を向いた。
「面白い。昨日今日能力に目覚めた者が、このわたしに勝てるとでも?」
「この力は魔力などではない。ウールの神とラールの神が、人間の弱い心を強くするために与えたもの。人間を滅ぼすためのものではない。間違った使い方をしている者に、正しい使い方をしている者が負けるはずはない」
「神が何をした?人間と魔族が血で血を洗う争いをしていた時、助けの手を差し伸べず、はるか天空の高みから争いを見物していただけだ。そんな神に頼っている力なら、わたしの敵ではない!」
突然、床に落ちていた剣がアシュエルに向かって飛んでいく。
それをアシュエルは、上半身をそらして半身になると、片手で掴んだ。そして、その剣を下から上に向けると、メロディアの近くに落ちていた剣が空を飛ぶ。
だが、メロディアも余裕の表情でその剣を掴んだ。
「男達の剣は、相手を切り裂くが、女たちの剣は自分で自分の体を切り裂く。デューン男爵の前にまず、お前がそうなるがいい」
そう、メロディアが言った途端、アシュエルの相手を向いていた剣の切っ先がゆっくりと、自分の方を向き始める。
「アシュエル!」
クレールが駆け寄ろうとすると、見えない壁にぶつかった。
それを見たデューンとローディンも、2人に駆け寄ろうとするが、やはり見えない壁のようなものに阻まれ、先に行けない。
「お前たちは見ているがいい。お前たちが大切にしているものが血まみれになって命を失う様を・・・・ん?」
突然、メロディアの剣先も自分の方を向き始めた。
「・・・・・そんな馬鹿な・・・・なぜこの力を・・・・」
メロディアが言う。
「わたしにあるのは、物を動かしたり止める力だけ。人を操ることなんてできない。でも、一度だけ人を止めることができた。それは、あなたがわたしの体を操っていた時。その時わたしは、あなたの力を使って操られていた人たちを解放した」
「わたしの力を・・・・」
「わたしは、自分に加えられたのと同じ力を返すことができる。あなたがわたしの命を奪おうとすれば、その力はそのままあなたの命も奪う」
2人とも何とか剣を遠ざけようとしているが、意に反してそれぞれの胸に切っ先が当たる。
メロディアの目が大きく見開かれる。
「お前のような臆病ものが・・・・弱い人間がわたしを倒せるわけが・・・」
「それなら、もっとわたしに力を注ぐがいい。わたしが臆病者か、弱い人間かそれで分かる」
それぞれの胸から血が滲み始める。
それぞれの顔が痛みで歪む。
だが、アシュエルは痛みをこらえて、正面にいるメロディアに向かって宣言した。
「臆病だったわたしはもういない。弱かったわたしはもういない。わたしは、愛されていることを知った。わたしは求められていることを知った。わたしはこれ以上何も望まない。だから、これで命が失われようとかまわない」
アシュエルの緑の瞳が輝く。
その瞬間、アシュエルの自らを信じる心がメロディアの自尊心を打ち破った。自尊心を打ち砕かれたメロディアはさらけ出された恐怖心に飲まれ、その力を止めた。
アシュエルの手が自由に動く。
アシュエルは、急に自由になった手を茫然と見つめる。
メロディアから目を離した。そして、その表情に冷たい笑みが浮かぶのに気付かなかった。
自由になっていた手が勝手に動いた。
そして、アシュエルは、自らの腹に剣を突き刺した。
「おっと、場所を間違えたようね。もう一度」
メロディアは、両手で持っていた剣を片手に持ち変えた。
それを見たアシュエルの緑の瞳が黄金に輝く。
突然メロディアの手を離れた剣は、空中でくるりと一回転すると、持ち主の胸に深々と突き刺さった。
メロディアは何が起こったか分からないという表情で、口をあの字に開けたまま膝から崩れ落ちた。
アシュエルは、剣を突き刺したまま激しく呼吸しながら、がっくりと膝をつき、ゆっくりと仰向けに床に横たわった。
「アシュエル!」
クレールが駆け寄る。
ローディンはベッドの敷布を引き裂くと、クレールに渡した。
敷布で傷口を押さえながら、剣を引き抜くクレール。
「アシュエル。このくらいの傷はどうということない。痛みはあるかもしれないが、命に別条ない。だから落ち着くんだ。パニックさえ起こさなければ大丈夫」
クレールが、傷口をきつく縛りながら言う。
「クレール、とりあえず俺のベッドに」
クレールは両手でアシュエルを抱え上げると、デューンのベッドに運んだ。
緑の瞳に戻ったアシュエルの目がクレールを見上げる。
「・・・・・クレール様・・・・」
「もう、わたしのことを様なんて呼ぶな。ネーブルラント伯爵領は取り上げられた。わたしはもう伯爵の執事でも何でもない。仕事も地位も何もないただの男だ」
アシュエルの目から涙が流れる。
「わたしの希望がかないました」
「アシュエルの希望?」
「・・・・・クレール様が、ネーブルラント伯爵のもとを去る日が来ることを、自由に伴侶を見つけられる日が来ることをずっと願っていたんです」
「アシュエル、今言ったことを忘れたのか?」
アシュエルを見ながら笑いかけるクレール。
「・・・・・クレール・・・・・もう、様なんてつけない」
アシュエルも痛みをこらえて笑顔になる。
クレールは、アシュエルの表情をじっと見ていたが、ふいに顔を近づけ口づけした。
「アシュエルが臆病者を卒業したのなら、わたしも卒業する。自分の心を隠しながら生きることから」
そういうと、クレールはもう一度アシュエルに口づけした。
アシュエルにとって一番の、甘い甘い痛み止めだった。




