第13話 ゴミ置き場での抱擁
密会するなら、ゴミ置き場で。‥‥マジっすか?
アシュエルの午前中の日課は、デューン男爵の部屋の清掃だ。
配膳係に、廊下掃除のついでに頼むメイドもいるが、アシュエルは自分の手で掃除し、そのたびにそこで出るゴミをゴミ廃棄場に持って行った。
西の塔地下にあるゴミ廃棄場は、昼でも暗くめったに人も来ない場所。だが、アシュエルは、自分で出したゴミを人に任せるのが、無責任なようで嫌だった。
木戸を開けて、ゴミを放りこむ。
上に戻ろうと、歩きかけたアシュエルの耳元で声がした。
「アシュエル」
アシュエルが驚いて振り向く。
「わたしだ、アシュエル。クレールだ」
アシュエルは、柱の陰から姿を現したその姿を見て、口を押さえた。
そこには、この1か月間、片時もアシュエルの心から離れることがなかったクレールが立っていた。
「・・・・・クレール様」
その一言を言うために何度言葉を飲み込んでしまっただろう。だが、一度口に出してしまうと、想いはどっとあふれ出す。アシュエルは、何のためらいもなくクレールに抱きついた。
その胸の鼓動を確認した後、アシュエルは顔を上げた。
クレールのやさしげな視線がアシュエルを包む。
笑顔になったアシュエルの頬を涙が伝う。
「王宮舞踏会の会場から突然いなくなってしまって・・・・、わたしは、あなたにはもういらない存在なのかと・・・・・」
「すまない。王宮舞踏会でメロディア伯爵夫人の正体が明かされた時、わたしはまだ彼女の夫ネーブルラントの執事だったんだ。主が危機的状況に陥った時、執事がやることはひとつだけ、主を安全な場所に逃がすこと。ただそれだけだ」
「ネーブルラント伯爵様を逃がしたのですか」
「そのためには、誰にも気づかれず迅速に動く必要があった。アシュエルにも何も告げる間はなかった」
「わたしはクレール様がご無事ならそれで十分です。でも、なぜネーブルラント伯爵様を置いてまでこんなところに?」
「デューン男爵を救うためだ」
「デューン様を?」
「ローディンから聞いた。アシュエルは、メロディア様に術をかけられ操られたと。アシュエルは、メロディア様に操られ、何をさせられそうになった?」
「・・・・・わたしは・・・・・」
アシュエルは、クレールの目を直視していられなかった。その先の言葉がどうしても出ない。
「デューン男爵の命を狙ったんじゃないか?」
アシュエルは、ハッとしたようにクレールを見た。そして、その言葉に静かにうなづいた。
「・・・・・・やはりな。わたしは、ネーブルラント伯爵を逃がした後、この1か月間メロディア様の行方を捜した。メロディア様が潜伏しそうな場所は全て探した。だが、どこにもその姿はなかった」
「では、メロディア伯爵夫人は今どこに・・・」
「ここだ」
「ここ?」
「メロディア様は、王宮から逃亡したと思わせてこの王宮内のどこかに潜伏しているのだ。そして、再び、デューン男爵の命を狙える機会をうかがっている」
「この王宮に潜んでいるなら、デューン男爵の命をいつでも狙えるはずです。なぜ、いつまでも隠れているだけなのでしょう」
「メロディア様の魔力に対抗できる者が、デューン男爵のそばにいるからだ」
「そんな者がこの西の塔に?それはいったい・・・・」
クレールは、アシュエルの目を見た。
「・・・・・わたしが?・・・・・でも、わたしはメロディア伯爵夫人の力に操られたような女です」
「でも、最後はその力をはねのけた。だから、デューン男爵は生きている」
「わたしに・・・・わたしには魔力に対抗することなんてできません」
「だが、メロディア様はその力を恐れている。キルマーを狙ったのはそのためだ」
「キルマーを?」
「直接アシュエルを狙っても勝てないと知り、メロディア様は、民衆にアシュエルを処刑させようとしたのだ。公衆の面前でアシュエルの魔力を見せつければ、民衆の手によってアシュエルは魔女として火あぶりにされる。アシュエルの力を見せつけるために、メロディア様は、魔力に無力なキルマーを処刑台に登らせたのだ。そうすれば、アシュエルはキルマーを救うために必ず力を使う。それこそ、メロディア様の本当の狙い。キルマーはその餌に過ぎなかったんだ。そして、このことこそ、メロディア様がアシュエルの力を恐れている何よりの証拠」
「でも、それではわたしがメイドでいる限り、メロディア伯爵夫人も隠れ続けるしか・・・・」
そこで、アシュエルはハッとした。
「・・・・再教育・・・・・」
「再教育の間、アシュエルは西の塔から姿を消す。メロディア様はこの時を待っていたのだ。アシュエル、再教育に行ってはいけない。その間に、メロディア様は必ずデューン男爵の命を狙う」
「・・・・・でも、再教育に行かないなんて・・・・いったいどうやって・・・・。わたしが再教育に行かなければ、メロディア伯爵夫人も隠れたまま。いつまでたっても出てこなければ、何の解決にもなりません」
「いい考えがある」
2人の背後で、声がした。
アシュエルとクレールが振り向くと、そこにローディンが立っていた。
「・・・・・・ローディン。今の話を?」
「だいたい聞かせてもらった」
クレールは、短刀を引き抜いた。
「おやおや、そんなもの危ないじゃないか」
「・・・・・アシュエルの力は・・・・・魔女の力ではない」
ローディンの瞳が真剣な光を帯びる。
「緑の瞳が害悪をもたらしたという事実はない。仮りに緑の目を持つ者が魔女だったとして、魔女が人をおとしめるのか?いや、未知の力を恐れるあまり、人が自らをおとしめて行くのだ。そしてそれを、未知の力のせいにする。そのことに気付かない我々こそが愚かなのだ。見ろ、その緑の瞳からこぼれる涙の美しさを。それを一番よく知っているのはお前じゃないのか。クレール」
ゆっくりと、クレールの所まで歩いてきたローディンは、その手から短刀を取り上げ、柄を横向きにしてクレールに返した。
「・・・・・どうしてここに・・・・・」
「新しい調理人というのが気になってね。だが、これがなかなかつかまらない。どうりでつかまらないわけだ。わたしから逃げまくっていたわけだからな」
クレールの問いにローディンがこたえる。
「それじゃあ、新しく来た調理人というのは?」
アシュエルがクレールの方を見て聞く。
「わたしだ」
「そうだったの。・・・・だからキルマーは、新しい調理人のことをどこかで見たことがあるって言っていたのね。キルマーは、メロディア伯爵夫人が西の塔にみえた時、倒れたわたしを部屋まで連れて行ってくれた。その時に、あなたを見ていたはずだから」
「そうか、わたしよりキルマーの方が先にクレールに気付いていたんだな。わたしは、逃げ隠れする新しい調理人を暗殺者だと思って警戒した。ようやく、その後ろ姿を発見して後をついてきてみたら、何のことはない、アシュエルと抱き合っているところだった」
ローディンの言葉に、アシュエルは思わず顔を伏せた。
「ローディン、さっき、いい考えがあると言っていたがそれは?」
クレールが、話題をそらすように言う。
「今は亡きペトリアヌス男爵の使用人にケリティという女がいてね。この女はゴシップ好きで口も軽かった。そのゴシップは、主のペトリアヌス男爵に止まらない、王宮内全てに及んだ。これからアシュエルが行く雅牙の塔のこともね」
そう言うと、ローディンはにやりと笑った。




