第4話 拷問ルームからの救出
ヒーローはいつだって、絶体絶命の時にやってくる!
ドビュアーは鞭を振り上げたままの状態で静止して、ドアの方を見た。
「侍従長!わたしの客人に手を出すな!」
そこには、カッツェンバックが立っていた。
「カッツェンバック公」
侍従長は、鞭を下げるとカッツェンバックに頭を下げた。
侍従長、騎士団長、将軍は伯爵と同位。
したがって、まだ王宮に自由に出入りできる公爵たるカッツェンバックに侍従長は逆らえないのだ。
「侍従長、お前が呼んだのはデューン男爵。その用が済みながら男爵のメイドを不要に拘束することは不当行為に当たるぞ。そのメイドは、すでにわたしの客人として招くことが決まっていたのだ。その身柄わたしが預かる」
カッツェンバックは白い背中を隠すように自分の羽織っていた上着をミロディにかけると、両手で軽々と持ち上げ執務室から出て行った。
「カッツェンバック公・・・」
ミロディは、その腕の中でカッツェンバックを見上げながらその名を呼んだ。
「このままの姿でデューン男爵に返すわけにはいかん。返す前に我が家に寄ってもらうぞ」
王宮を有するウールクラールの都シデオール。
貴族は、自分の領地の邸宅以外に、シデオールに別邸を持っている。カッツェンバックはボトスの試合でシデオールに滞在することが多く、別邸はほとんど彼の棲み家となっていた。
カッツェンバックは、別邸の巨大なクローセットにミロディを案内した。
「まあ、ほとんどが姉が嫁ぐ前に着ていた物だ。着る者がいないまま何年も放置されていたものだが、あなたに着てもらえるなら服も喜ぶだろう。どれでも好きな物を選ぶがいい」
「そ、そのようなもったいないことをするわけにはいきません」
「ミロディ・・・・だったかな?」
「なぜ、わたしの名を?」
「デューンから・・・・。おっと男爵を抜かしてしまったな。まあいい。デューンから何度も聞かされた名前だからさ」
「デューン様が?」
「ミロディは、デューンのことを破滅させてやりたいか?」
「えっ?」
「デューンから毎日相当ひどい目にあわされているだろう。恨んでいるんじゃないか?」
「無理は強いられることはあります。しかし、ハーディガン様がいつもデューン様を諌めて下さいます。ハーディガン様は、どんなにひどいことをされようと、最後は必ずデューン様を擁護します。きっと、デューン様は大いなる期待をされている方なのです。今の姿は仮の姿。いずれ、王になられる方のもとで働けていることにわたしは感謝しています」
カッツェンバックは、笑顔になった。
「それなら、この中からそのメイド服に出来るだけ似ている服を選ぶんだ。白い背中をさらけ出したまま、デューンの元に帰ってみろ。奴は、侍従長に何をしでかすか分からないぞ」
「えっ?それは・・・・・」
「奴は、自分の物に手を出されるのを最も嫌う。だから、俺もミロディに手を出すことはできない」
ミロディは、カッツェンバックを見た。
「まだ今は」
今度はその吸い込まれるような瞳から目を放さず、高ぶる気持ちを抑えるようにカッツェンバックは言った。
ミロディも、とろけるようなカッツェンバックのその熱い視線から目を放せなかったが、何とか視線を下の方に外した。
「着替えるんだ。俺は向こうにいる。このままここにいたら、ミロディに何をしでかすか分からないからな」
「どうする気だ。侍従長からの命令だ。この塔の改築についての資料なんてあるのか?」
デューンがハーディガンに聞く。
ここは、デューンの書斎。と言っても、主がこの部屋にいることはめったにない部屋ではあるが。
「この塔は、今から数千年前に造られた物。王宮図書館の蔵書の中からその設計図面を捜し出すのは至難の業。それであれば、設計士に今の塔を測量させ、新たに設計図面を作る方が早いかと」
ハーディガンがデューンの問いに答える。
「この塔にも蔵書室がある。そこにはないのか?」
「わたしであれば、王宮内建造物の設計図を各塔ごとに保管するなどという非効率的なことはしません」
「それでは、王宮図書館に万が一のことがあれば各塔の設計図はすべて失われてしまうぞ」
ハーディガンはにやりと笑った。
「一理ありますな。だが、あまりゆっくりしているとまた侍従長に呼び出されますぞ。如何される?」
「・・・・・・設計士に心当たりはあるのか」
「何人か優秀な設計士を知っています」
「では、お前は設計士を当たれ。俺がこの塔の蔵書室を当たる」
ハーディガンは、デューンにお辞儀をすると、退出した。
ミロディが西の塔に戻った時、デューンは、西の塔地下の蔵書室にいた。
天井まで届く三列の図書棚には、蔵書が隙間なく収められている。デューンは、棚の端から順に蔵書を確認していった。確認済みの図書が既に山になっている。
そこへ、塔の中をデューンを探し求めて彷徨っていたミロディがようやく到着した。
「デューン様、そこで何を?」
デューンが、ミロディの方を向く。
「ようやく帰ったか。俺は今、この塔の設計図がないか蔵書を確認しているところだ。まだ当分かかる。俺は、夕食までこの部屋から出ない。それまでお前は自由にしていろ」
「わたしも手伝います」
ミロディが、確認済みの蔵書の山を越えて、デューンの方に近寄ろうとすると、
「来るな!」
デューンは叫んだ。
「途中から余計な手が入ると、確認した物とそうでない物が分からなくなってしまう。手出し無用だ。ここは俺一人でやる」
デューンは、ミロディを見た。
「ん?その服は・・・・」
「申し訳ありません。これは、カッツェンバック公からお借りした物で・・・」
「カッツェンバック公?そうだ、カッツェンバック公は、侍従長の所には行かなかったか?」
「えっ?」
「侍従長の部屋から出たあと、王宮内でカッツェンバック公とお会いしてな。ハーディガンと3人で侍従長に呼び出され、ミロディだけ部屋に残されたことを伝えたら、『あの侍従長は素行よろしくない。今からミロディはわたしの客人だ。何かあればそう口裏を合わせておけ』と言って去っていった。てっきりそのあと侍従長の部屋に行ったものとばかり思っていたんだが・・・・」
「そうです。あのあとわたしは、侍従長の部屋で粗相をして服を汚してしまったんです。そこへ、ちょうどカッツェンバック公が見えて、汚れた服の代わりを貸して下さったのです」
「そうか。それではいずれ、カッツェンバック公にお礼とともにその服もお返しせねばな」
「はい」
「では行け。夕食まで俺を呼びに来るな」
それから数時間以上、デューンは蔵書庫から出てこなかった。