第10話 濡れ衣
女領主の真の狙いが分かった時、処刑のカウントダウンは始まっていた!
「給仕が伯爵夫人を傷つけたぞ!」
誰かが叫ぶ。
メロディアの横に血だらけの両手を開いたままぼうぜんと立ち尽くしていた給仕は・・・・・キルマーだった。
「あの給仕が突然わたしに斬りかかったのです!捕えて下さい!」
メロディアがヒステリックに叫ぶ。
キルマーは、周辺にいた男達に両手を拘束され身動きできなくされてしまった。
「誰か!メロディア様を医務室に!」
メロディアは、数人の女性たちに囲まれ、舞踏会の会場を後にした。
舞踏会の参加者たちは、口々に叫ぶ。
「伯爵夫人を傷つけた給仕を処刑しろ!」
「身分もわきまえない行為を許すな!」
「処刑だ!」
舞踏会よりも、刺激的な見世物に参加者たちは熱狂している。集団心理の中の狂気は、誰にも制御することができない。
参加者たちは、テーブルを寄せて、会場の中央に即席の処刑台を作ると、その上にキルマーを載せた。
「王妃!処刑の宣言を!」
この場のホストは、エスペリエンザだ。
エスペリエンザの許可なく、処刑はできない。
だが、たとえエスペリエンザと言えども、今この会場の雰囲気の中で処刑をやめさせることなど到底できなかった。
エスペリエンザが宣言する。
「その給仕の処刑を許可します」
群衆から、歓声が上がる。
そのとき、
「お待ちください!」
人波をかき分けて、エスペリエンザの前にひれ伏したのは、アシュエルだった。
「王妃さま、あの給仕は、人を傷つけることなどできません」
「なぜ、そのようなことを言う。全員が伯爵夫人を刃物で傷つける所を見ているのだぞ」
アシュエルは首を横に振る。
「いいえ、あの給仕は、わたしが怪我をさせてしまい、何も掴むことができなくなってしまったんです。それなのに刃物を握れるはずがありません」
「たわごとを申すな。あの給仕は刃物を持って、間違いなく伯爵夫人を傷つけたのだ。その事実は曲げられない。処刑を実行せよ」
王妃がそう言ったのを聞くと、アシュエルは、再び人を掻きわけ処刑台の真下まで辿り着いた。
「キルマー!」
「アシュエル、わたしは傷つけようとしてない。ただ、勝手に両手が動いて・・・・・刃物で傷つけてしまったの」
「分かっている、分かっているわ!」
「でも、信じてもらえるはずない。・・・・わたしはもうだめ」
「だめよ!あきらめないで!キルマー、わたしは信じてる」
「ありがとう、アシュエルがわたしのことを信じてくれているだけで十分」
言葉が終わるか終らないかのうちに、男達がキルマーを抑えつける。
その瞬間、アシュエルの瞳が黄金に輝いた。
キルマーを抑えつけていた男達が突然、何かに引っ張られるようにキルマーから引き離された。
クレールが、それに気付く。
「アシュエル!やめろ!ここでその力を使うな!」
その声を聞いた瞬間、アシュエルの瞳は緑色に戻った。
引き離された男達が、再び立ち上がる。
クレールが、アシュエルの元にたどり着く。
と、その時、一人の男が処刑台に飛び乗った。
「王妃!そのメイドが言うことは本当だ!その給仕は何も掴むことができない!わたしが証人だ!」
そう叫んだのは、デューンだった。
「王妃の決定に逆らうのか?」
「たとえ、王子だったとしても今は男爵に過ぎない!王妃に対して非礼だ!」
「男爵の言葉など無視して、早くその給仕を殺してしまえ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
口々に参加者が叫ぶ。
「この国は、王妃の言いなりか?真実を無視して、命をもてあそぼうとするなら、人心は離れ、この国は滅びるぞ!」
デューンの一言は、参加者のシュプレヒコールを一気に沈めた。
「王妃、今のわたしの言葉が、怒りに触れたのなら即刻わたしをここで処刑して下さい」
デューンは、エスペリエンザの目を見た。
「真実・・・・。真実は、その女が伯爵夫人を傷つけたこと。それが、ここにいる皆が見た真実。それが違うと言うならば、お前の真実は何なのですか」
「この女が刃物など使えなかったいうことが真実です」
「では、それを証明して見せなさい。そうすれば処刑は取りやめましょう」
ローディンが、処刑台の下に駆けつける。
デューンは、ローディンを見下ろした。
ローディンもデューンを見上げる。
ローディンを見ていたデューンの顔に冷たい笑みを浮かぶ。
「なら、面白いゲームをしましょう。アシュエル、ここへ来い」




