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第5話 いきなりの口づけ

執事は、妻を持つことを許されない。

そんな相手に、いきなりの‥‥禁断の恋の行方は?

「クレール、アシュエルとは以前どこかで?」

 応接室の扉を閉めると、ローディンは聞いた。

「以前、伯爵領内のラール教会で一度会った」

「なるほど、その時にアシュエルは一目ぼれしたな」

 クレールが、ローディンを向く。

「一目ぼれ?」

「ほう?ローディンも気づいていたか?」

 その会話に突然割り込むデューン。

「たった一度で、女の心をわしづかみにするとは。一体そこで何があった?」

 デューンがさらに突っ込む。

「アシュエルがメロディア様に怪我をさせてしまったのだ。どうということのない怪我だったが、領地内の生殺与奪の権限を持つメロディア様は即刻絞首刑を命じた。それを、わたしが諌めて取りなした。ただそれだけだ」

「それは、クレールに感謝しなければならないな。その時に処刑されていれば、アシュエルは、メイドとしてここにいないということだからな」

 と、ローディン。

「だが、そうなると、2人きりにしたのはまずかったかもしれんな」

「わたしもそうは思ったが、王宮の中での殺傷はさすがにあるまいと思ってな」

 ローディンの言葉に答えるクレール。

「確かに。そんなことをしたら、伯爵夫人の首が飛ぶ」

 ローディンがそう言った時、扉が空いて2人が出てきた。

 心なしか、アシュエルの目がうつろな気がする。

 その瞳が、クレールに止まる。

 アシュエルは、突然クレールに近寄ると、両手をその頬に当て激しい口づけをした。

 これには、さすがのデューン達も驚いたが、一番驚いたのは口づけされたクレール本人だった。

 クレールは、両手でアシュエルの手を掴み、唇を引き離した。

 アシュエルの瞳が、クレールを見る。

 先ほどまでの柔らかさはなくなり、突き刺すような強い視線がクレールを捉える。

 アシュエルは、再びクレールの唇を求めて顔を近づけたが、クレールがそれを避けた。

「アシュエル!」

 ローディンが、見かねてその名を叫んだ。

 その声に反応したかのように、2、3歩後ろに下がるアシュエル。クレールから離れた途端、アシュエルは目をつぶりその場に崩れるように倒れた。

 クレールが駆け寄る。

 ローディン達も駆け寄る。

 膝の上にクレールが抱え上げると、アシュエルの閉じていた目が開く。

 その目は、さっきまでの柔らかい視線に戻っていた。

「わたしは・・・・」

「覚えていないのか?」

 ローディンが聞く。

「覚えていない・・・・何をですか?」

 クレールたちは、お互いの顔を見合った。

「まったく、こんな破廉恥なことを見せつけられるとは思っていなかったわ」

 ローディン達は、立ったままクレールたちを見下ろしているメロディアを見た。

「メロディア様、アシュエルにいったい何を?」

 クレールが、メロディアに聞く。

「わたしは何もしていません。王宮の使用人としての心構えを伝えただけ」

「アシュエル、本当にそれだけか?」

 デューンが聞く。

「そうです。心構えを・・・・。メイドとしての心構えを聞いただけです」

「立てるか?」

 クレールに支えられ、立ち上がるアシュエル。だが、すぐにぐらつきクレールの方に倒れ込む。

「キルマーを呼んでまいります」

 ローディンが配膳係の控室に向かって走る。

「キルマーというのは?」

 メロディアが聞く。

「アシュエルに西の塔のことを教えた配膳係です。その後も、母親のようにアシュエルのことを気遣っている。彼女に任せればもう心配はないかと」

 デューンが説明する。デューンはメロディアを見ていたが、その内容はむしろクレールに向けられていた。

 やがて、ローディンがキルマーを連れてくる。

 キルマーは、クレールからアシュエルを譲り受けると、支えながら奥の部屋へと向かった。

 その様子をじっと見ているメロディア。

「・・・・大丈夫かしら、アシュエルは。これからメイドを続けられるかどうか」

 メロディアが冷たく笑う。

「ご心配なく。アシュエルは、メイドとしてこの西の塔に欠かせない存在だ。彼女が果たしてくれた役割に見合う責任は我々が持ちます」

 ローディンは、メロディアを見据えて言った。

「一週間後の王宮舞踏会までに復帰できるよう祈っているわ」

 メロディアはそう言うと、クレールを連れだって西の塔を出て行った。

 クレールは去りゆく間際、ローディン達の方を見てよろしく頼むというように会釈する。

 ローディン達は無言のうなづきでその会釈に答えた。


 ローディンたちの心配をよそに、アシュエルの体調はすぐに回復した。

 アシュエルは、前と同じように働き、言動も前と同じだった。

 だが、クレールに口づけした前後のことだけは全く覚えていなかった。

 夕食の時間。

 アシュエルの毒見の後の食べ物を口に運びながら、デューンは言った。

「アシュエルは、クレールをどう思っているんだ?」

「クレール様は、わたしの命の恩人です。いずれ、この恩に見合うことをクレール様に返してあげたいと思っています」

「恩に見合うこと・・・・・。例えば、クレールの妻になって一生を捧げるとか?」

「そ、そのようなこと、かなうはずがありません」

「確かに現実的じゃない。執事は妻を持つことを許されない。妻を持つなら、主から執事を解任されなければならない。だが、あの伯爵夫人がそう簡単にクレールを解任させるとは思えん」

「クレール様に見合う方は必ずいます。あの方の孤独を、あの方の悩みを、あの方の苦しみをともに分かち合い、共に乗り越えて行く伴侶がどこかで待っているはずです。クレール様がネーブルラント伯爵の元を去る日はそう遠くありません」

「なんでそんなことが分かる?」

「分かりませんが、何となくそう思うんです」

「その伴侶に自分がなろうとは思えないのか?」

「・・・・・」

「きっと、クレールもアシュエルにここまで想われていると気付けば、その気持ちに答えてくれることもあるだろう。俺に心を捧げないのなら、いつまでもそれを内に秘めておくな。そこまで人を想うことができるなら、もっと自分の気持ちに自信を持たなくちゃだめだ」

「自信を・・・・」

「自分を見失うな。そうすれば、この間のようなことは絶対起きない」

 そう言うと、デューンは残りのスープを器を傾けて一挙に飲みほした。 


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