第3話 つけあがる坊ちゃん
メイドは、その心まで主に捧げなければならないのか?
「で、ローディン、そろそろ、お前と2人の夕食に飽きてきたんだが、まだ次のメイドは決まらないのか?」
ローディンが毒見した皿から、食べ物をつまみながら言うデューン。
「西、東、ときたので、次は北なんですが、これがなかなか」
「なかなかとは?」
「北には、グリムウェルという大都市があります。ここは、まさに北にあるもう一つの都。わざわざシデオールまで出てこなくても、メイドの需要は十分あるんです。さらに、グリムウェルはラール信者が多い。ウール信者の多いシデオールはあまり好かれていないんです」
「マクガイアスのメイドでもか?」
「七つの魔界を制圧し、その後興った七つの帝国。その中でも最も強大で最後まで抵抗したのがグリムウェルだったのです。北方の真珠と呼ばれる美しい街並みの破壊は免れましたが、それでもマクガイアスへの恨みは根強い。北方の国からマクガイアスはあまり好かれていないのです」
「じゃあ、まだこれが当分続くのか?」
「そう言いたいところですが、先日、グリムウェルから来たメイドの申し込みがあったのです」
「ほう?たった一人だけなら即決定だな。名は何て言うんだ?」
「アシュエル」
アシュエルは、執務室の扉の前で待っていた。
「アシュエル、入れ」
扉の向こうでローディンの声がする。
アシュエルは、扉を開け中に入ると、肘を折って右手を右肩に、左手を左肩に当て、次に両手を胸の前で交差させ反対の肩に手を当て、最後に両手を合わせて額に手を当ててそのまま胸に引き下ろした。
「デューン様とローディン様に神の御加護があらんことを」
デューンとローディンは顔を見合した。
「今のは、ラール信者が神に祈る時の行為。わたしたちは神ではないぞ」
ローディンが言う。
「も、申し訳ありません。初めて王家の一族にお会いするので、どのような挨拶をしたらよいのか分からなかったのです。でも、わたしのような者をメイドに選んで下さったデューン様は、わたしにとっては神と同じです」
「別に選んだわけじゃない。グリムウェル出がお前しかいなかったからだ」
憎まれ口を叩くデューン。
「アシュエル。一つだけ言っておこう。ここでは何の教えを信じても構わない。西の塔の中では、ラールに祈りを捧げても構わん。だが、一歩塔の外に出たら、それはしてはならない。王宮内においては、ウールとラールは平等。どちらかの教えに偏っていることは王宮の使用人にあるまじき行為だ。それが、王妃の耳に入ったら、どのような災いがお前に降りかかるか分からん。いいな」
「分かりました」
「キルマー」
ローディンが呼びかけると、キルマーが入ってきた。
キルマーは、おばちゃまばかりの配膳係でも最年少。と言っても配膳係10年のベテランだ。西の塔のことは隅々まで知っている。
「アシュエルを、メイド控室に案内してやってくれ」
「はい」
キルマーは、アシュエルににっこり笑いかけると、メイド室へと連れて行った。
扉が閉じるのを見計らってローディン。
「・・・・・緑色の瞳をしていましたね」
「それがどうした」
「北方の言い伝えにあるのです。緑の瞳は魔力を持つ。その力は人をおとしめ、滅ぼすと言われていて、緑の瞳は忌み嫌われるのです」
「魔力を持つ?魔女ってことか」
「わたしが知る限り、緑の瞳を持つ者が人に害悪をもたらしたという事実はありません。単なる迷信に踊らされ、緑の瞳を持つ人々は、ただそれだけの理由で虐げられているんです」
デューンは、にやりと笑った。
「面白い。本当に魔力を持っているかどうか、試してみるか」
で、例の朝の洗礼の時間だ。
信心深いアシュエルも、メイドの業務とあれば見たくないものも見なければならない。
さて、いつもの一言。
「触れよ」
アシュエルが、デューンを見上げる。
「なぜ・・・・触らなければならないのですか?」
そりゃそうだ。
今までその理由を聞いたメイドはいない。
「理由なんかあるか。主が触って欲しいと言えば、メイドは従わなくちゃならないだろ」
「・・・・・ラールの教えでは、その身を一生捧げる者以外と肌を重ね合わせるのは禁じられております」
「お前はメイドだろ。その身は、主に一生捧げるんじゃないのか?」
「その心を捧げる者と、働く喜びを捧げる者は違います」
「俺はどっちだ?」
「・・・・・働く喜びを捧げる者です」
デューンは、片足をドンと踏みならした。
「俺に心も捧げろ!」
「も、申し訳ありません。わたしは、心まで捧げることは・・・」
デューンを見上げたアシュエルの目から涙があふれる。
「その身は、メイドという仕事に縛られても、心は自由だと思っているのか?」
もう一度片足を踏み鳴らすデューン。
「心を俺に捧げろ!そしてこれに触れ!でなければ、ママに言うぞ!ママに言えば、お前は即刻処刑だ!自由な心と命のどっちが大事だ!」
その瞬間、涙で潤んだアシュエルの緑色の瞳が金色に輝き、黒髪の裾がふわりと浮きかけた。
「そこまで!」
ローディンのよく響く声。
「デューン様。おふざけが過ぎますぞ。その情けないモノを早くおしまい下さい」
デューンのモノは確かにいつになく情けなくなっていた。デューンは、放心したような状態になり、ゆっくりとモノをしまった。
「アシュエル。お前の心は自由だ。この西の塔では、働く喜びを捧げるだけでよい。もう二度とこのようなことはさせん。わたしが約束する」
ローディンのその言葉を聞いたアシュエルの目から、再び涙があふれる。
「泣くな、アシュエル」
「・・・・申し訳ありません。わたしは臆病もので、情けない女なんです」
「そう思っているのは自分だけだ。ラールの教えを守ろうとする勇気、それを曲げまいとする情熱。わたしは、その2つともこの目で確かに見た」
アシュエルは、ローディンを見上げた。
「自分にもっと自信を持て、アシュエル」




