第3話 侍従長の性癖
権力者であればあるほど、変態野郎が多い。そして、ここにも‥‥。
その日、デューンは、侍従長から呼び出しを食らった。
先にも述べたとおり、王子とはいえ、男爵の爵位のデューンは侍従からの指図には絶対に従わなければならない。
まして、侍従長からの呼び出しとあれば、それは王からの言葉と同意。デューンは、ボトスの練習をキャンセルして、久しぶりに王宮のうちでもっとも高い「雅牙の塔」に向かった。そこは、王と王妃の住まう宮殿。今は妃一人だけだが、つい先日まで、デューンも住んでいた場所でもあった。
デューンの呼出しには、ハーディガンも付き添った。
もちろん、ミロディも。
侍従長は執務室にいた。
3人が執務室に入ると、正面数段上がった所にある机で侍従長マロッコス・ドビュアーは、何かに目を通しているところであった。
3人は、机の正面まで行くと膝を突き、頭を下げた。
「デューン・エイン・マクガイアス。ただ今、侍従長の命により参じました」
デューンが自ら名乗りを上げる。
「デューン・エイン・マクガイアス。お前の務めは何だ?」
ドビュアーは、机から目を上げないまま問うた。
「来たるべき日に備え、国の内情を把握し、政務に関する知識を習得すること」
「よろしい。では、今お前はそれを遂行できているか?」
「・・・・と申しますと・・・?」
「噂に聞く。やがて王となるべき者が、毎日街に繰り出してはボトス三昧の日々に明け暮れ、政務のなんたるかを身につけようとする様子は見えないと。それは事実かな?」
デューンは、言葉に詰まり、ハーディガンの方を見た。
「執政官は憂慮されている。もし、それが事実であれば、デューン様は王としての資質に欠けているのではないか。いや、事実でなくとも、そのような噂が立つこと自体、マクガイアス王朝の恥だ。その責任は当人だけではない。その指導者たる執事にもある。ハーディガン、お主は執事としていったい何をしておるのだ!」
ドビュアーは、机から顔を上げ、ハーディガンを指差して叱責した。
「侍従長、物事には順番というものがある。食べ方を教えずに食べ物を与えても、いつまでたっても食べることはできない。今はまず食べ方を教える時だ」
「ボトス三昧で、いったい何をデューン様に教えているのだ?ボトスなど単なる遊興に過ぎないではないか。そのようなことで、デューン様の執事はつとまらんぞ」
「侍従長、その物言い。わたしを辞めさせようとでもいうのか?」
「そのような事は言ってはおらん。執事としての責務を果たせと言っておるだけだ」
「ならば、心配無用だ。わたしは十分責務を果たしている。何かわたしに不満があるのなら王妃に言うのだな。王子の執事任命権は、王と王妃のみにある」
ドビュアーは苦虫をつぶしたような顔でハーディガンをにらむ。
「では、責務を果たせ。西の塔改築の件はどうなった」
ドビュアーが、ハーディガンに問う。
「西の塔は、王宮の中でも最も古い建物。その耐久性に疑念ありとのことであったが、西の塔は妙なるエルデラ山脈の鉱山から掘り出した石材で組まれた物。エルデラの石の強度はダイヤをも超えると言われている。構造上の誤りがない限り、改築は不要と心得る。こう、報告済みのはずだが?」
「そこだ。構造上の誤り。それは検証したのか?」
「構造上の誤りがあるとすれば、もうとっくの昔に西の塔は倒壊している。いったい何千年あの美しい姿を保ち続けているとお思いだ。検証をする意味がどこにある?」
「もっとも古い塔なのだ。万が一のことがあったあとではもう遅い。ハーディガン、お前にその責任はとれるのか?」
ハーディガンは、ドビュアーをにらんだ。
「・・・・なぜ、そんなに改築を急ごうとする?」
「デューン様に侍従長から伝達する。早急に改築に関する資料を執事に用意させよ」
ドビュアーは、ハーディガンではなく、デューンに向かって言った。言葉では伝達と言ったが、伝達イコール命令だ。男爵である王子は侍従長の指図に従わなければならない。
そして執事は、主である王子の命令に対して従わないわけにはいかなかった。
「以上だ。下がれ」
3人は、お辞儀をして執務室を退出しようとした。
「いや、待て」
ドビュアーの言葉に3人が立ち止まる。
「メイド、お前は残れ」
ミロディは、ハーディガンを見た。
「侍従長の命令だ。逆らうことは許さん」
ドビュアーが追い打ちをかける。
ハーディガンは、ミロディを見てゆっくりとうなづいた。
ミロディだけがその場に残り、ハーディガンとデューンは執務室を出て行った。
2人が出て行ったのを確認すると、ドビュアーは机を離れ、数段上から下に降りてきた。
ミロディに近づく。
「何と美しい髪。お前は、たしかミラディスの出だったな」
「はい」
「ミラディスは、良質な穀物を生産する地。ウールクラールの食糧庫の様なものだ。ミラディスのおかげで、我がウールクラール王国は飢えずに済んでおるのだ。感謝しておるぞ」
「故郷のことを褒めていただきありがとうございます」
「ところで、デューン様の素行はいかがかな」
「・・・・と申しますと?」
「例えば、お主に暴力をふるったり、破廉恥なことを強要したりしていないか」
「・・・・なぜ、そのような事をお聞きになるのですか?」
「もし、そのような事で文句を言っても、デューン様が王妃に告げ口すればお前は即刻処刑だ。言いたくても言えないことがあるのならわしに言え。力になるぞ」
ドビュアーが愛想笑いをしながら言う。
「・・・・・お心遣いありがとうございます。しかし、そのような事はありません」
ドビュアーが、ミロディをにらむ。
「ならば聞く。ハーディガンは、デューン様をお前に任せて、いったいどこに行っているんだ」
「ハーディガン様ですか?ハーディガン様がどこに行っているかなどわたしにはまったく分かりません。でも、何かあれば、すぐに来てくれます。いつも西の塔のいずれかに控えているのではないでしょうか」
「嘘をつけ!」
ドビュアーが、ミロディの肩を掴む。
「まさかお前もグルではないだろうな」
「グル?グルとはいったい何の?」
「とぼけるな!いざとなれば、わたしから王妃への報告でお前を即刻処刑にできるんだぞ。お前が、ハーディガンのことで気づいたことがあれば教えろ!」
先ほどまでの媚びるような態度はどこへやら。
ミロディが期待どおりの回答をしないことが分かった途端、ドビュアーの態度は一変した。
「お、お許し下さい。わたしは何も知らないのです」
ドビュアーは、ミロディを突き飛ばした。ミロディは床に転がった。
「ならば、その体に聞いてやる」
ドビュアーは、壁の一部を開いた。
そこには、鞭や鉄梃などの拷問用具がずらりと並んでいた。
出たぜ。
権威者の変態趣味。
だいたい、王宮の奥で権威を振りかざしておきながら、その重責からくるストレスの正しい発散方法を知らない奴に限ってそういう地位にいたりする。そういう人でなしに睨まれた弱い者には、もはや抵抗するすべはない。
ドビュアーは、拷問用具をじっくり見定め、その中から鞭を取り外すと床を打った。
床が甲高い悲鳴のような音を立てる。
その音に顔を伏せたミロディは、ドビュアーに背中を見せた。
ドビュアーは、ミロディの背中の襟元を掴むと一気に引き裂いた。
ミロディの白い背中が露わになる。
その白い背中に向かって、ドビュアーが鞭を振り上げたその時、執務室のドアが開いた。