第13話 暗殺の真相
名探偵ローディンの推理が冴える!
全員が、驚いた表情でローディンを見る。
だが、ペイネントの表情は変わらなかった。
「何を言っているんだ。あのエレーナが・・・・・人を殺すなんてことがあるはず・・・・」
「だが、すべては、エレーナリントが犯人であることを示している」
「なぜ・・・・・、どうやってエレーナがぺトリアヌス男爵に毒を盛ることができたんだ?彼女は毒見をしたんだ。彼女が生きていたということは食べ物に毒は入っていなかったということ」
「そのとおり。ペトリアヌス男爵は食べ物で毒を盛られたわけじゃない」
「じゃ、どうやって・・・・」
「あなたの備忘録にはこうあった。暗殺の5日前に部屋の模様替えがあり、それまでになかった花が設置されたと。オレンジ色の花、キーマレキータ。さらに備忘録は、花の様子を毎日記載していた。暗殺の前日、そのオレンジの花が摘み取られていたことも」
「そのことが、暗殺とどう関係があるんだ」
「あなたは、エレーナリントのことも、ペトリアヌス男爵のこと以上に記載していた。その服装や、毎日の顔色、唇の色。彼女が好んだ口紅の色は淡いピンク。だが、暗殺当日、彼女の口紅の色が何色だったか覚えているか?」
「・・・・・・オレンジ色だった」
「素晴らしい記憶力だ。そのとおり、彼女はなぜかその日だけはピンクではなくオレンジ色の口紅をつけていた。備忘録には、色が違うことにしばらく気付かなかったとある。それは、いつも光沢があった唇に、その日は光沢がなかったからだ。じゃ、光沢がなかったのはなぜなのか」
「唇に油を塗っていなかったからだ。だから唇に光沢がなかったんだ」
ユーグが答える。
うなづくローディン。
「正解だ。ところで、このキーマレキータというのは美しいオレンジ色の口紅を作る材料にもなるが、もう一つ恐ろしい側面がある。その花びらを口にすると数時間以内に毒がまわって死にいたる。キーマレキータの花びらは、茎から取って数時間たつと、葉っぱのような緑色に変色する。茎に含まれるオレンジ色に保つための成分がなくなるためだ。即効性の毒を持つムラササキも同様に、色を保つ成分がなくなると、緑色に変色する。変色する花びらは猛毒を持つ花の特徴だ」
「ペトリアヌス男爵を死に至らしめた毒は、キーマレキータの毒ということか。だが、ペトリアヌス男爵はいつそれを口にしたんだ」
デューンが聞く。
「口にしてなどいない。・・・・プリンシファは認めたくないだろうが、備忘録にはこうあった。暗殺当日の夕食直前、エレーナリントはペトリアヌス男爵に執務室に呼び出され、しばらく2人だけの時間があったと。そのとき、ペトリアヌス男爵はエレーナリントから受けたんだ。死の接吻を」
「そんなはずはない!あのエレーナに限って、そんな・・・・そんなことを・・・・・!」
プリンシファが絶句する。
「じゃあ、どうして暗殺の直前、部屋が模様替えされた?それまでなかった花が、それもキーマレキータが置かれた?なぜ、暗殺直前になって摘み取られた?エレーナリントは、なぜ暗殺当日だけオレンジの唇だった?なぜ、唇に油を塗らなかった?それは、接吻をした時、ペトリアヌス男爵に毒を盛るため。そして、その数時間後、夕食の後にペトリアヌス男爵は亡くなった。だから、食べ物に毒が含まれていたと勘違いされ、罪のない厨房の人たちや配膳係は処刑されてしまったんだ」
プリンシファは、まるで重い鎖に引きずられるかのように、ゆっくりと視線を床に落とす。
「エレーナリントの罪は、ペトリアヌス男爵暗殺だけじゃない。罪のない人たちまでも巻き添えにしたこと。それこそが、彼女の犯した最も重い罪だった」
「嘘だ!彼女はそんな重い罪を背負う人間なんかじゃなかった!」
プリンシファは、そう言うと、マスカの滴の入った小瓶を振り上げた。
その瞬間、椅子に座っていたペイネントが立ちあがり、両手でプリンシファを抱えるようにして、その振り上げた手を押さえた。
「プリンシファ、もうこれ以上エレーナリントと同じようなことはしないで。その罪は妹であるわたしも背負うから」
そう言うと、ペイネントは、プリンシファに口づけした。
プリンシファは最初は驚いたような表情を見せたが、その唇の感触に恍惚の表情を浮かべる。
ペイネントは口づけをしたまま、プリンシファの手から小瓶を奪った。
長い口づけだった。
突然、プリンシファが白目をむく。
ペイネントは、唇を離した。
プリンシファはその場に崩れるように倒れた。
デューンが駆け寄る。
「・・・・・死んでいる」
デューンは、ペイネントを見上げた。
ペイネントは、しばらく小瓶を手に持っていたが、やがてゆっくりと食卓のテーブルの上に置いた。
ペイネントがユーグを見る。
「ペイネント・・・・・妹って・・・・・」
ユーグが聞く。
「わたしは、エレーナリントの妹。彼女と同じ罪を背負わなければならない女」
ユーグが何かに気付き、
「待て、やめるんだ、ペイネント。君はお姉さんとは違う。何も罪は背負っていない。いや、僕が背負わせない」
その言葉を聞いたペイネントの頬を涙がひとすじ伝う。
「・・・・・ユーグごめんなさい」
そう言うと、ペイネントは真っ赤な口紅が塗られた唇をかみしめた。
「ペイネント!」
ユーグが、ペイネントに駆け寄るのと、ペイネントが床に崩れ落ちるのは同時だった。
ユーグは、ペイネントを抱えあげた。
「君を死なせはしない」
ユーグは、懐から紫色の花を取りだし、口に含んでかみしめると、ペイネントに口づけした。
そのすぐ横で、茫然と2人の様子を見ているデューン。
これまた長い長い口づけ。
ゆっくりと、唇を離す。
ペイネントの目は閉じたまま。
がっくりと首を落とすユーグ。
「・・・・・・だめか」
その時、ペイネントの手がかすかに動いた。
「ユーグ、今手が動いたぞ」
デューンが話しかける。
顔を上げるユーグ。
ペイネントの頬に赤みが差す。
やがて、ゆっくりとその目が開いた。
ユーグは、笑顔になった。
「・・・・・・なぜ・・・・・どうしてわたし・・・・・」
「ミサンガリだ。ミサンガリの酵素がムラササキの毒を中和したんだ」
そう、ペイネントの唇が赤かったのは、猛毒を持つムラササキの口紅を塗っていたからだったのだ。
「・・・・・・ミサンガリ?・・・・・どうやってそれを・・・・・」
まだ死の淵から生還したばかりでおぼつかない言葉でペイネントは聞いた。
「ビジュヨルドの料理長に譲ってもらったんだ。僕が、ビジュヨルドで料理人になることを条件に」
ペイネントの目から涙があふれる。
「どうやら、僕はペイネントがいないと、何の張合いもなくなってしまうようだ。だめなんだ。君がいないと」
ペイネントは、ユーグの首に両手をまわした。
青く輝く瞳がユーグの瞳をじっと見つめている。
ペイネントは、ユーグの首にまわした両手を引き寄せ、口づけした。
「あー、ユーグ君、今聞きづてならないことを言ったな」
デューンが2人を見下ろしながら言う。
その言葉を聞いて、ユーグはペイネントの唇を離し、デューンを見上げた。
「も、申し訳ありません。デューン様の許しも得ずに、勝手にビジュヨルドの料理人になるなどと・・・・」
「ビラキンスはどう言っている?」
「西の塔からビジュヨルドに招かれる料理人が出るのは誇らしいと」
「そうか・・・・。じゃあ、俺も誇りに思うしかないな」
ユーグは、笑顔になった。
そして、デューンに頭を下げた。




