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第11話 ユーグの嘆き

ちょっといい感じになった2人だけど‥‥いったい何があった?

 久しぶりの厨房。

 ユーグは、他の料理人より先に来て一人厨房に立っていた。

 食材の下ごしらえをしている。

「ユーグ、もう夕食の準備?」

 厨房の入り口に、ペイネントが後ろ手に何かを持って立っていた。

「ああ、久しぶりの厨房だからね。早めに始めることにしたんだ。この時間、ペイネントは大丈夫なの?」

「ええ、デューン様とローディン様は、何かドビュアー様に報告があると出かけているの」

「ふうん。・・・・今日は赤なんだね」

「えっ?」

「唇の色さ」

「・・・・・・ユーグはこういうの嫌い?」

「嫌いじゃないよ。いつもよりペイネントが大人びて見える。その唇に気持ちがみんな吸い込まれちゃいそうだ」

 ペイネントは笑顔を見せかけたが、すぐに表情を戻した。

「・・・・・・ケリティってどんな人だったの?」

「えっ?」

「コールブロント伯爵のところで、とても仲良くしていた女性なんでしょ」

 ユーグは笑顔になった。

「ペイネント、やきもちかい?」

「そんなことないわ」

「僕は、そうだったらうれしいんだけどな」

「話をそらさないで」

「もともと王宮にいた人だからね。昔のことを話したりしたことはあったさ。でもそれきり。相手は、旦那も子供もいるんだぜ?旦那はウークの森の木こりなんだけど、木こり衆一の巨漢だそうだ。そんな人の奥さんに手を出してみろよ。今頃僕はここにいない」

「相手が美人でも?」

「ペイネントはケリティを見たことがあるのかい?美人かどうかは、人によって好みが分かれる。でも、誰もが好む女性もいる」

「誰もが好む女性って?」

「人を笑顔にできる女性さ」

「美人でもないのにそんなことできる女性っているかしら?」

「いるさ」

「どこに?」

「・・・・招餐会に招いた女性たちを、みんな笑顔にしたデューン男爵のメイドとか」

 ペイネントは、ユーグを見た。

 ユーグが笑顔になると、ペイネントにも笑顔が戻った。

「ユーグには叶わない。あなたと言い合いしても勝てないわ」

「僕は、平和主義者だから言い争いはしないよ」

「そうね・・・・・」

 ペイネントは何か言いたげだったが、言葉を飲みこんでユーグから視線を外した。

 ユーグは妙な沈黙を紛らわすために、ペイネントの背後を覗こうとするしぐさで聞いた。

「ところで、後ろに持っているのは何?」

「この間、花を料理に使いたいって言っていたから、いくつか花を持ってきたの」

 後ろ手に持っていた花籠を、ユーグに差し出すペイネント。

「この間僕が選んだ、オレンジの花は入っていないよな。名前はえーと・・・・」

「キーマレキータ。自然なオレンジ色を発色するから口紅によく使われるけど・・・・」

「脳中枢を麻痺させる毒を含んでいる。即効性の高い毒を持つムラササキと違って、キーマレキータの毒の効き方は緩慢だ。その場では大丈夫でも、数時間以内に死にいたる。食べ物の添えものにするにも、油を塗って直接食材に触れないようにしなくちゃならない」

「口紅に使う時もそう。だから、オレンジの唇には表面を覆った油で光沢があるの」

 ユーグは花籠の中を見た。

「オレンジ色はないな。ありがとう。今夜の食材に使わせてもらうよ」

 ペイネントは笑顔でうなづくと、厨房を後にした。

 ユーグは早速、花籠からいくつかの花びらを選び出した。

 いくつか香りを嗅ぎ、作業台の上に載せて彩りを見る。

 花籠に残った葉っぱのような緑色の花びらを取り出して匂いを嗅ぎ、作業台に置こうとしたユーグの手が止まった。

 手に取った花びらを、もう一度よく嗅ぐ。

 その目が大きく見開かれ、手に取った花びらをゴミ箱に捨てた。

「・・・・なぜ・・・・」

 そう言うとユーグは絶句した。

 そこへ、料理長のビラキンスが入ってきた。

「早いな、ユーグ」

「料理長、ちょっと出かけてきます」

「出かける?いったいどこへ」

「ダメかもしれませんが・・・・・ビジュヨルドに用事があるんです」

 そう言うと、ユーグは厨房を飛び出して行った。


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