第10話 情報提供の対価
そりゃま、タダでは教えてくれませんよなあ。
3日間の調理教室を終えて、ユーグが西の塔に帰ってきた。
ローディンは、ユーグをデューンの執務室に呼んだ。
「どうだった?」
ローディンが聞く。
「ローディン様の言うとおりでした」
「ローディン様の言うとおり?」
デューンが怪訝な顔をする。
「うまくケリティから聞き出せたんだな?」
「はい」
デューンは、ふうとため息をついた。
「ローディン、いったいどんな魔法を使った?」
「魔法なんか使っていませんよ。プリンシファの備忘録のおかげです」
「備忘録?」
「プリンシファの備忘録には、使用人の考察も事細かに書かれていました。そこで、聞き上手で口の軽い要注意人物として、配膳係のケリティの名が上がっていたんです」
「だが、いくら口が軽いと言っても、主の暗殺に関係することだぞ?そんな簡単に他人に話すものか?」
「デューン男爵、わたしが男女の生々しい話をした時、わたしの見方が変わりませんでしたか?」
「まあ、少しはな」
「デューン男爵とわたしとでは、しょせん男同士の話。それが男と女ならそれはもっと極端に出る。ユーグには、そういう話が好きな好色男子になってもらいました」
「ユーグが?この料理一筋の真面目な男が?」
デューンは意外そうな顔でユーグを見る。
「デューン様。わたしも男です。そういう話は嫌いじゃありませんよ」
「それにしたって、初めて会った男にそんなに簡単に話すとは思えないな」
「相手の懐に入るには、こちらから先に何かを提供することです」
ローディンの解説。
「何かって?」
「申し訳ありません」
ユーグがデューンに頭を下げる。
「何を謝っているんだ?」
「ケリティに、デューン様のことを少しお話させてもらいました」
「俺のことだと?」
「申し訳ありません!」
ユーグがさらに頭を下げると、ローディン曰く、
「ユーグが謝ることはない。デューン男爵の色話を話せと命じたのはわたしです。そのおかげで、大きな収穫を得ることができました」
「ローディン」
「なんでしょうか?」
「お前の頭、いつかかち割る」
「どうぞ。でも、それは今ではありませんよ」
「で、その収穫ってのは?」
デューンにせかされ、ユーグは話し始めた。
「ケリティの主とメイド、主の執事は三角関係でした。彼女の口ぶりでは、メイドと執事は恋愛関係にあったようです。そのメイドに主は執拗に迫りましたが、メイドは決して主を受け入れなかった。ところが、暗殺された当日、ケリティは自分が王宮を辞める直前と言っていましたが、メイドは主を受け入れたんです」
「なんでそんなことが分かる?」
デューンは、突っ込んだ。
「その主の執務室には隠し部屋があり、中の様子を覗くことができた。それを知っているのは、ごく一部の使用人だけ。そこで、主のあらぬ様子をのぞき見できたというんです」
ユーグの言葉に、デューンは、今いる部屋をキョロキョロと見渡した。
「・・・・・まさか、この部屋も覗かれているってのか?」
「それはあとで確認しましょう。で、ここが核心だが、そこで何を覗き見したんだ」
ローディンが聞く。
「あれだけ主を拒んでいたメイドが、主の口づけを受け入れたんです」
「口づけ?それだけか?」
その言いっぷり。
お前はいったい何を期待していたんだデューン!
まさか、AじゃなくてBを通り越して、Cなんて事を考えていたんじゃあるまいな!(※)
このエロ男爵!
「プリンシファの備忘録にも記述がありました。ペトリアヌス男爵は、夕食の直前にエレーナリントを執務室に呼び付けたと。だが、それはよくあること。その時、執務室の中で何があったのか。わたしはそれを、色もの好きのケリティが知っていることに賭けて、ユーグを送り込んだんです」
「ローディンの賭けは見事に当たったということだな」
「お褒めの言葉をありがとうございます」
「別に褒めてなんかいない。事実を述べたまでだ。だが、これで、エレーナリントがペトリアヌスの暗殺犯でないことが明確になったな。どんな心変りがあったか知らないが、これから殺そうとする相手と口づけなどするはずないからな」
「それを決めるのはまだ早すぎます。最後のステップがまだ残っています」
「最後のステップ?」
「毒はどうやって盛られたかということです。それで、犯人は特定される」
(※)Aはキス、Bはペッティング、Cはセ○クスの隠語




