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第9話 出張料理教室

果たして、生真面目男に、ゴシップ大好き女は篭絡できるものなのか?

 デューン男爵のところには、招餐会に招いた公爵や伯爵から、ユーグあての手紙がいくつも来ていた。

 ぜひ、自分のところのシェフになって欲しいと。

 本来的には、男爵より上位の爵位の調理人となれるのだから誰もが飛び付くところ。違うのは、男爵とは言え、王宮付きの調理人であるということ。

 その誇りと、デューンやローディンからの信頼が、ユーグを西の塔の厨房につなぎ止めていた。

「ユーグ、お前の調理人としての腕を、我々だけで独占するのは惜しい。その才能を広めるために、3日間だけ調理を教えに行け」

 デューンから突然言われ、ユーグは動揺した。

「でも、一体どこに?」

「抽選で当たった公爵、伯爵のお宅だ」

 デューンは、手紙が来た中から抽選により、3日間だけユーグをそのお宅に貸し出すことにした。ユーグはそこで、3日間だけ、厨房の調理人に、調理の技能を教えることになった。

 そのことは、大々的に広まり、注目の中抽選で当たったのは、コールブロント伯爵のお宅だった。

 3日間の出張調理教室。

 その他に、ユーグにはもう一つの使命が与えられていた。

 コールブロント伯爵の厨房で働いているケリティと接触し、暗殺前のペトリアヌスとエレーナリントの様子をききだすこと。

 ケリティは、かつてペトリアヌスの塔の配膳係をしていた、生き残りの使用人の一人だった。


 ケリティは、30代の女性。厨房で働いているとは思えないようなけばけばしい容姿に、よくしゃべる口。黙って立っていれば美人なんだろうけど、何しろ、右から聞いたことを左にしゃべるって感じで、しまりのない口だ。

「ビジュヨルドの料理長が絶賛していたというからどんな人が来るかと思ったら、こんなに可愛い坊ちゃんだったのね」

 ケリティの言葉に苦笑いしながら、ユーグは厨房の人たちに言った。

「コールブロント伯爵夫人からのご期待に添えるよう、皆さんに僕の料理法を覚えてもらいます。僕みたいな坊ちゃんに教えられるのはいやだろうけど、僕が教えるのは3日間の約束です。いやな人は我慢して、そうでない人は頑張って料理を習得して下さい」

 ユーグに言わせれば、コールブロント伯爵の厨房は、家庭料理を作っている素人の集まりだった。その中では、もともとは配膳係だったとはいえ、王宮の厨房に出入りしていただけのことはあり、ケリティの飲みこみは早かった。

「あたしが働いていた王宮の厨房じゃ、こんなことは朝飯前さ。他の連中に教えるくらいなら、明日からあたし専属で教えた方がいいよ。あんたがいなくなったら、あたしがみんなに教えてあげるから」

 本気で言っているのか、冗談なのか、強気な発言は止まらない。ケリティは、王宮の厨房と強調する。実際は配膳係だったが、王宮の厨房で働いていた料理人のように振る舞う。

「ケリティは王宮の厨房にいたのか。じゃ、僕と気が合いそうだね」

 素知らぬふりをしてユーグが振ると、

「ユーグ、料理を教えるのはいいけど、あたしに惚れちゃだめだよ。あたしには、旦那も子供もいるんだからね」

 そう言って、ケリティは豪快に笑う。ケリティの広言ぶりはあきれるばかりだが、人を中傷しないので、周りの人はケリティの笑いに誘われて大笑いしている。

 料理教室も2日め。

 伯爵の食事を作りながらの料理教室なので、教室の内容は濃い。ずっと、食材と格闘し続けるので、休憩時はみんなぐったりしている。

 そんな中でも、ケリティのバイタリティは変わらない。

「そんなにぐっりしていたら、あと1日もたないよ」

 いつも、馬鹿話をしている相手も疲れている様子で、ケリティも多少の遠慮をしている。

「ケリティ」

 ユーグが手招きする。

 ケリティはその手招きに釣られて、みんなから見えない厨房の裏に来る。

 そこに腰かけたユーグが、懐から飲み物の瓶を出す。

「ケリティなら、これが何か分かるだろ?」

 それは、王宮の中だけにしか出回らないミュートスという飲み物。品のある香りのカクテルのようなもの。

「ミュートスじゃない?」

「当たり。ケリティのために持ってきた」

「・・・・・あたしを口説くつもり?」

「まあ、そんなもんだね。王宮の知り合いから聞いたんだ。ケリティは王宮の色話をいっぱい知っているって」

「色話だって?」

 ユーグは、笑顔を作りながら、

「伯爵のところにケリティがいるって聞いて、その色話ってのを実は楽しみにして、この役を引き受けたんだ」

「へえ。意外。あんた、そんな話なんか絶対しなそうな顔して、意外と好きモノなんだね」

「男はみんなそういう話が好きなもんさ。僕なんか、明けても暮れても料理ばっかだからね。そういう話でも聞かないと気晴らしにならない。まあ、僕が仕える主も相当のもんだけど」

「相当なもんて?」

 ユーグは、自分が腰かけている横を叩いて、ケリティに座るよう促す。ケリティが横に座ると、ミュートスの蓋を開けた。蓋は、そのままミュートス用の小さなカップになっている。その蓋をケリティに渡し、ミュートスを注ぐ。

「色話がいっぱいの王宮に乾杯」

 ユーグが言うと、

「色話好きのユーグに乾杯」

 そう言って、ケリティはミュートスをあおった。

「あー、おいしい。ところで、あなたの主ってどんな人なの?」

「ケリティも知っている話を聞かせてくれるなら話す」

 ケリティは、笑顔でうなづいた。


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