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第7話 ゴミ捨て場での遭遇

うら若き乙女がそんなところに一人で行って、どんな目に遭っても知らないよ。

「今日はここまでにしましょう。ありがとう、パーティル」

 口紅を作るために、花びらを色別に分ける作業をしていたペイネントが声をかける。

「いらなくなった茎や葉っぱはわたしが」

 そうパーティルが言った時、別の配膳係が部屋に入ってきた。

「パーティル、急いで厨房に来て」

「どうしたの?」

「今日も一時間夕食が早まったの。厨房だけじゃ足りなので、配膳係も手伝うのよ」

 パーティルは、ペイネントを振り返った。

「ペイネント、ごめんなさい」

「いいわ。気にしないで。夕食が一時間早まってもわたしの方はまだ時間に余裕があるから、わたしが捨てておく」

「捨てる場所は分かる?」

「前に一度行ったことがあるから大丈夫」

 パーティルは笑顔でうなづくと、呼びに来た配膳係の後を追った。

 ゴミ捨て場は、西の塔の地下にある。薄暗い、昼でもめったに人が来ない場所だ。

 天井が低く、中央に通路があり、両側の壁に向かって床が斜めに立ち上がっている。その斜めに立ち上がった所には、幾つも木戸があり、それを開けて床下の空間にゴミを捨てる。

 ペイネントは、ゴミが入った、一メートル四方の箱に四輪がついたものを転がしてくると、一つの木戸を開けた。両手の握りがついている反対側の面を上に引き上げて、開いた木戸に向けて斜めに倒すと、箱の中に入っていたゴミが落ちる。

 木戸を閉めて、ゴミ捨て場の出口に向かうペイネント。

 中央の通路にはところどころに柱が立っている。その柱をいくつか通り過ぎたその時、ペイネントは何者かに柱の影に引きずり込まれた。

 後ろからはがいじめにされ、口を塞がれているので、悲鳴を上げることもできない。それでも抵抗するペイネント。

「ペイネント、わたしだ。プリンシファだ」

 耳元で声がする。

「覚えているか。君の姉エレーナリントに紹介された時、君はまだ子供だった」

 それを聞いた時、ペイネントの抵抗が収まった。

「君の姉は無罪だ。あんなにやさしく、誠実だったエレーナにペトリアヌス男爵を殺せるはずがない。それなのに、王宮の者どもは、何の弁明の機会も与えず彼女の命を奪った。・・・・わたしにはそれが許せない」

 ペイネントは、口を塞いだプリンシファの手を握った。それに答えるかのように、プリンシファはペイネントの口を塞いだ手をゆっくりと離した。

 はがいじめしていた手から力が抜け、ペイネントは、ゆっくりと手を振りほどき、プリンシファから離れながら振り返った。

 プリンシファは、長い牢獄生活で長い髪とぼうぼうのひげをたくわえていたが、その目には強い決意の光が宿っていた。

 その目が驚きで見開かれる。

「エレーナ・・・・」

「違うわ。わたしは、ペイネント。エレーナリントの妹よ」

「まるで・・・・まるで生き写しだ」

「プリンシファ、もうこれ以上過ちを犯さないで」

 プリンシファの目から決意の光が薄れる。

 何かを求めるように、プリンシファの片手が上がり、その手がペイネントの頬に触れようとした。ペイネントは、それを避けるように後ずさる。

「そのやさしげな言い方・・・・・。まるで、エレーナに言われているようだ」

「それなら、復讐なんてもうやめて。エレーナリントを想ってくれるなら・・・・」

「エレーナはもういない!」

 プリンシファの目に、再び炎が灯る。

「・・・・なぜ、妹まで・・・・ペイネントまでがマクガイアスのメイドなんかに・・・・。わたしが、執事になったことを知りながら、エレーナリントもマクガイアスのメイドになった。それも、よりにもよって、わたしが仕えるペトリアヌス男爵の・・・・。一時期は、幸せの絶頂でもあった。執事になれば、自分の家庭など持つことはできない。だが、愛する人が近くにいる。それだけでどんなにわたしの心が癒されたことか。だが、そんなのは単なる幻想にすぎなかった。もっと早くにそのことに気づけば、何とかすることができたはず・・・・」

「エレーナリントはもういない。いない者のために、他の人の命を奪うなんてことはやめて」

「ペイネントは、何とも思わないのか?自分の姉が、無実の罪で命を奪われたと言うのに、マクガイアスに復讐したくないのか!」

「今、わたしはデューン男爵のメイド。それ以外の何ものでもないわ」

「・・・・・・ペイネントなら、わたしの気持ちを分かってくれると、マクガイアスへの復讐に手を貸してくれると思っていた。どうやら、わたしの考えは間違っていたようだ」

 プリンシファは、そう言うなり、ペイネントの首を両手でつかんだ。そのまま押し倒す。

 ペイネントは息ができず、プリンシファの服を掴み引き離そうとするが、男の力にはかなわない。

 ペイネントの唇が空気を求めて小刻みに震える。

 淡いピンクの唇。

 プリンシファの顔が、その唇に吸い寄せられるように近づいて行く。プリンシファの唇が、空気を求めて小刻みに震えるペイネントのそれに触れそうになる。

「ペイネントはいるか?」

 突然、ゴミ捨て場の扉が開き、ローディンの声がした。

 プリンシファは、ペイネントの首から手を離すと、柱の影に隠れた。

「いないのか?」

 ゴミ捨て場に踏み込んだローディンは、足を止めた。

 ただならぬ空気を感じ取り、剣を引き抜く。

 ゆっくりを歩くうちに、柱の影で見えていなかった倒れているペイネントを発見する。

 ローディンは、ペイネントに駆け寄り、その手前で何かに気付いて立ち止まった。

 ペイネントの近くにある柱に注意を払いながら、ゆっくりと柱の裏側を見る。そして、素早い動きで、その反対側に動いた。柱の影に隠れていれば、その素早さに身動きできず発見されたはず。だが、そこにプリンシファの姿はなかった。

 ペイネントを振り返るローディン。

 ペイネントは、ゆっくりと首を押さえながら上半身を起こした。

「ペイネント、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

 かすれた声だが、どうにか出た。

 ローディンは、かがみこんで、ペイネントの片手を自分の肩にかけて立ち上がらせた。腰に手を回し、支えながらゴミ捨て場を後にした。


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