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第89話 割れた卵

全てが丸く収まったと思った時、それは起こった!

 ダーダルネン公爵は、あらためてフランチェを見た。

 その勇気ある決断に、敬意を覚えたのだ。

「彼女は古き時代から続く能力を捨て去りました。残るのは人々よ、あなたたちの心に眠るものだけです。あなたたちは、それを捨て去ることはできますか?」

 壇の下でエスペリエンザの言葉を聞いていた、一人の少年が尋ねる。

「王妃様、いったいどうすれば、それを捨て去ることができるのですか?」

 あわてて周りの者たちが、少年の口をふさぐ。

「おやめなさい」

 エスペリエンザは、言った。

 少年は、周りの者たちから解放された。

「少年よ、どうしてそんなことを言うのですか?」

「今まで、ずっとそうだと思ってきたことを簡単に捨てることなんてできません。それを忘れることなんてできません。どうすれば、僕はそれができるのですか?」

 エスペリエンザは、言った。

「忘れなくてもいいのです。自分から捨てようとすることもないのです。ただ、することは一つだけ」

 少年は、エスペリエンザを見上げた。

「受け入れるのです。自分が憎むものを、自分が恨むものを、自分が嫌うものを、そして自分が恥ずべきものを。そうすれば、何が正しく、何が誤っているのか、おのずとわかってきます。誤ったものは何もせずとも忘れ去られます。何もせずともその心から消えてなくなります」

 少年は、それを聞いて笑顔になった。

「人々よどうか、わたしの言葉を聞いてほしい。新しい時代は、人々が言い伝えや因習に惑わされることなく真実だけを信じ、それを受け入れる寛容の心を持つことで始まるのです。それゆえに、わたしは宣言します。ウールクラール全土に混乱をもたらしながらも、その悪しき行いを改め、ダーダルネン公爵とグリムウェルの誤りを許し、新しき時代の扉を開けはなったフランチェにレディプラウド褒章を授与します。メイドの職は解任され、しかるべき身分が与えられます」

 フランチェは、エスペリエンザを見た。

「フランチェ、あなたがデューン男爵のメイドになったことは果たして正しかったのか。そのために、多くの苦難をあなたに強いることになってしまった。ウールクラールの民も傷つき、その大地にも深い爪痕が残りました。しかし、今はそれを受け入れ、新しい未来を築き上げていかなければならない時なのです。この褒章は、ウールクラール王国がそれを決意したあかし。どうか、この寛容の心を受け取ってもらいたい」

「なんというおやさしい言葉。わたしの勝手な行いを正し、わたしに代わって、わたしの辛かった心中をお話しくださった王妃様。まるでその言葉は・・・・」

 エスペリエンザは、フランチェの言葉を待った。

「母からの贈り物のようです」

 エスペリエンザは、フランチェのその言葉を聞き、彼女を抱きしめると泣き崩れた。

 エスペリエンザも、レオノラから娘のことを聞いていた。レオノラがいかにフランチェを愛していたかも。レオノラが悪意に染まっていくのに気づかず、自らその悪意の中にうずもれてしまったレオノラ。それを止められなかった自分をエスペリエンザは責め続けていた。エスペリエンザには、フランチェから言われたその一言が、レオノラからの許しの言葉に聞こえたのだ。

 フランチェは、エスペリエンザの胸から顔を上げると言った。

「わたしがデューン男爵のメイドになったのは間違いなどではありません。デューン様のおかげで、様々な人と出会い、様々な心と触れ合うことができたのですから」

 フランチェは、デューンの方を見た。

「デューン様、わたしがメイドでなくなってもよろしいですか?」

「さみしいに決まっているだろ。だが、俺は、自分のメイドをいつまでも束縛するのが嫌いでね。俺は気づいたんだ。自分のメイドがその後、幸せになった姿を見るのが、自分の最高の喜びだってね。だから、フランチェは、俺のことなんかより、自分の幸せのことだけを考えればいい」

 フランチェの目から涙がこぼれ落ちた。

 そして、笑顔になると言った。

「デューン様」

「うん?」

「デューン様に、竜の守りの恩寵がありますように」

 その瞬間、突然、青空に雷鳴がとどろいた。

 人々が、その轟音に一斉に首をすくめる。

 何かを感じ取ったデューンが、卵が置かれたままの台座の方を見ると、その上にのった卵にひびが入った。

 まるで、中から何かが誕生するかのように。

「まずい、卵が割れるぞ!」

 デューンは、卵に駆け寄った。

 だが、デューンがたどり着く前に、卵は割れてしまった。

 卵の中身は空っぽだった。そして、その薄い殻の欠片だけが台座の上に散らばった。

 ローディンもこれには、驚くしかなかった。

「七つ目の卵が割れた・・・・」



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