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第84話 求め続けていた言葉

語られることのなかったキーワード。

それこそが、フランチェの心の闇を放逐する。

 デューン男爵が黒竜王の血をひくものだとすれば、その死はフランチェに永遠の呪いをかけ、地獄の業火に焼かれ続けることになる。キャリオンは、自らの命をもってそれを止めたのだ。

 呆然と立ち尽くすフランチェの背後に、もう一頭のガイモスが現れた。そのガイモスは、前足を折ると、頭を下げた。その頭頂部から降りてきたのはゲイレン六世。ゲイレン六世は、フランチェに近づくと言った。

「邪魔する者はいなくなったぞ。ようやくお前の願いが成就するときが来たのだ」

 その声にハッとしたように、顔を上げるフランチェ。

 だが、その表情には迷いが生じ始めていた。

 デューンは、カシーネの前に横たわるキャリオンの亡骸をじっと見つめていた。その目に宿るのは、悲しみなのか、怒りなのか。そのどれとも読み取れない、今まで見たこともないデューンの表情。そのデューンが発した言葉は、意外なものだった。

「ゲイレン六世、ここまで来たのに黒き鎧はいらないのか?」

「黒き鎧?」

 ゲイレン六世が聞き返す。

「俺が、フランチェの心を取り戻すことができれば、7人目の刺客をかわすことになる。そうすれば、七つ目の卵が割れ、黒き鎧が復活する。お前は、地上と闇の国の両方を統べる真の支配者になれるんだ。執政官に甘んじることなく、マクガイアスを超える」

 デューンが言うと、ゲイレン六世は笑い出した。

「ハッ!わしが、黒き鎧を求めていたと?お前は、我がカルモス家の何を知っているというんだ?よいか、黒き鎧の復活は、同時に黒き竜の復活でもあるのだ。過去の執政官は、黒き鎧を欲しながらも、同時に復活する黒き竜を恐れていた」

「・・・・それで、七つの卵が割れそうになるたびに最強の刺客を送り込み、黒き竜が復活しないようマクガイアスの命を絶っていたのだな」

 デューンが、絞り出すような声で言う。

 だが、その言葉をゲイレン六世は無視した。

 最強の防具を手にしたら、最恐の敵と対峙しなければならない。執政官の家系はこの永遠のジレンマにとらわれていた。

「わしは、執政官という立場に十分満足していた。黒い鎧を手に入れ、自ら黒き竜に対峙しようなどとはつゆにも思っていなかった。ところが、デューン男爵は6人の刺客をかわし、6度生き残った。あと一度生き残れば、七つの卵が割れ、黒き竜が復活する。わしは、黒き竜に対峙する覚悟を決めた。黒き竜を目覚めさせ、黒き鎧を手に入れようと。そのためには、黒き竜を再び眠らせてしまう『ウールの涙』は何としても渡すわけにはいかなかった。だが、『ウールの涙』はグリムウェルの手に渡り、竜は再び眠りについてしまった。わしは黒き鎧を諦めた」

「それで、コカの軍隊やフランチェを使って、この俺を亡きものにしようと?」

「何を言っている?わしは、フランチェに、デューン男爵がフランチェを騙し、何をしようとしているのかを教えただけだ。わしのためにフランチェがここにいるのではない。逆に、彼女のしようとしている正しきことを支えるため、わしがここにいるのだ」

 ゲイレン六世は、いやらしい笑いを浮かべた。

「デューン男爵だけではない。フランチェに不幸をもたらしたのは、カシーネであり、マクガイアス王家であり、そして、育ての親であるホーボラス公爵。もっとも信頼していた者たちに裏切られた哀れなフランチェ。わしは、その魂を救おうとしているだけだ。ただ、蛇を操れるというだけで迫害を受け、虐げられてきた哀れな母娘のために」

「それは、真実ではない!」

 突然、声が響いた。

 デューンが声の方を向くと、老齢の、だが凛とした佇まいの男がそこに立っていた。

「わが名は、ミヒャエル・ホーボラス。レオノラの叔父にして、フランチェの養父。フランチェの負った忌まわしい過去をすべてつまびらかにすべく、ビエールリントから参った」

 その後ろから、カッツェンバックとクレールも姿を現す。

 カッツェンバックとクレールが、ローディンから頼まれていたのはこのことだったのだ。

 ホーボラスをフランチェのもとに連れてくること。

「・・・・大叔父様・・・・」

 ホーボラスの突然の登場に、思わずその名を呼ぶフランチェ。

「フランチェ。母と同じ道を歩んではならない。わたしは、お前の母と同じ目にお前を合わせぬよう注意してきたつもりだった。そのために、ビエールリントから出さぬようにしてきたのだ。だが、レオノラが亡くなったことを知り、もはや呪いは解けたと思った。フランチェが自由にはばたける時が来たと。だが、それは誤りだったようだ」

「呪い?その呪いを解くには、なぜ母が亡くならなければならなかったの?」

「フランチェ、お前の大叔父上も裏切り者だ。そのような者の言葉を信じてはならぬぞ」

 ゲイレン六世は、ホーボラスの突然の登場に動揺しつつも、フランチェに耳打ちした。

「執政官!その口は、偽り以外話さないようだな!」

 ホーボラスが怒りの咆哮をする。

「大叔父様、大叔父様は、わたしにいったい何を隠しているの?」

 フランチェの言葉に、ホーボラスの怒りが一気に冷める。

「‥‥フランチェ、お前を辛い目に遭わせたくなかったのだ。だから今まで話せなかった・・・」

「これ以上辛い目なんてない。大叔父様が、本当のことを話してくれなければ・・・・」

「お前の母は・・・・」

 ホーボラスは言葉に詰まった。

「お前の母は、お前の祖母を、自らの母親をメロキモスにくらわせた」


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