第5話 メイドの妙案
失敗を成功に変えるヒントは思わぬところに転がっている。
招餐会当日。
シデオール近辺の伯爵や公爵、参加者は総勢300名あまり。
厨房は、早朝からフル活動だ。
返信は350名あったが、当日欠席者も多い。
席には少し余裕がある。そこに並べられるユーグら渾身の御馳走の数々。
「おいしいわ。招待状の言葉どおりね」
女性たちの受けも上々。
配膳係のおばちゃまたちも、へそ曲がりデューンに鍛えられたぬかりのない給仕をして、招待客に不快感を与える隙を与えない。
「・・・・よし、そろそろだ。ペイネント、本当に大丈夫か?」
会場の隅で観客の様子を見ていたローディンが、ペイネントに声をかける。
「ええ、大丈夫です。声がけをして下さい」
うなづいたローディンは、給仕たちに合図した。
給仕たちはテーブルを回って女性たちに声をかけ、会場の外に案内する。男性たちは怪訝そうな顔をしたが、そのまま席に座っている。
給仕たちに案内された女性たちは、招餐会の会場から少し離れた部屋に案内された。
その部屋の扉をくぐり抜けると、そこには、色とりどりの花々が咲き乱れていた。
「まあ、きれい」
「西の塔にこんな部屋があったの?」
入ってきた女性たちが口々に言う。
そこにいた給仕が、入ってくる女性たちに飲み物を振る舞う。
その飲み物に口を付ける女性たち。
「この飲み物は何?お茶のようだけど、すごくすっきりしていて口当たりがいいわ」
その女性に近づくペイネント。
「これは、花のエキスから作ったお茶です。サームゲンシアでは、家庭でよく作られている飲み物です」
「花のエキスですって」
「初めて飲んだわ」
女性たちの間にペイネントとの話が伝わる。
円形に設置された花々の前にはテーブルがあり、その上には様々な色の口紅が何本も置かれていた。
女性の一人がその口紅に気付く。
「これは何?」
ペイネントが答える。
「口紅というものです。サームゲンシアでは唇を乾燥や埃から保護するために女性たちが塗っています」
「色々な色があるわ」
「この色は、花から抽出した色の組み合わせで何通りも作ることができます。お気に入りの色はありますか?」
年配の女性が、一本の口紅を選ぶ。
「この色、気に入ったわ」
「つけてみますか?」
「えっ?」
女性は、一瞬躊躇した。
「大丈夫です。今わたしの唇にも口紅が塗ってあります。色だけでなく塗った感触を是非感じてもらいたいんです」
ペイネントが言う。
すると、
「わたしはこれがいいわ」
奥にいた若い女性が一本の口紅を選ぶ。
「塗ってもらってもいいかしら?」
その女性が、ペイネントの所に歩いてくる。
ペイネントは笑顔で答えると、脂取り紙でその女性の唇に塗られた色を拭きとり、女性の選んだ口紅を塗った。
「不思議。なんだか唇が少し潤った感じがするわ。お母様どうかしら」
若い女性の母親が、娘の顔を見て笑顔になる。
「いい色ね。とても映えているわ」
それを聞いた女性たちは、気に入った口紅を手に手に取った。
「わたしも塗っていただける?」
「わたしも」
ペイネントは、その言葉を聞き笑顔になると言った。
「喜んで!」
招餐会は、男性女性共に満足いく形で無事終わった。
ホストであるデューンをはじめ、ローディンや配膳係などの裏方も玄関ホールに並び、招待客を見送る。
その中でも、ペイネントの人気は絶大で、何人もの女性招待客から声をかけられ、中には手を握って話しかける人まで。見送りの中には厨房にいた者たちも並び、塔の中にいるスタッフ総出で招待客を送り出す。
ユーグ達も、お客たち一人一人に頭を下げる。
すると、恰幅のいい男性がユーグ達の方に歩いてきた。
「その服装は、厨房にいた者たちかな?」
男が聞く。
「はい」
ビラキンスが答える。
「料理長はどなたかな?」
「わたしです」
「今日の食事は素晴らしかった。あの味付けはどこで習ったのかな?」
「味付けのことであれば、こちらのユーグにお聞き下さい」
ビラキンスは、ユーグを紹介した。
「ユーグ、君があの味付けを?」
その男性は、ユーグの若さに驚いたようだ。
「はい」
「あの味付けはどこで学んだ?」
「学んでなんかいません。その食材を味わい尽くせば、自ずとつけるべき味は分かってきます」
男性は感心したようだ。
「わたしは、王宮のシェフをあまり信用しないんだが、その考えは変えなければならないようだ。ぜひ、君をウチに欲しい」
ユーグは、怪訝そうな顔をした。
「失礼ですが、あなたは・・・」
「わたしは、ビジュヨルドの料理長ムンスクだ」
ミシュランガイドでいけば、7ツ星級の料理店、2大レストランの内のひとつからユーグは、その腕を認められたのだ。
「も、申し訳ありませんが、わたしは王宮の使用人なので、勝手に辞めるわけにはいかないのです。でも、ビジュヨルドに認められるとは光栄です。ありがとうございます」
ムンスクは、笑顔になった。
「簡単にいかないことは分かっている。だが、簡単にあきらめるには惜しい素晴らしさだった。料理長、是非彼の腕をサビさせないように研鑽を積んでくれ」
「分かりました」
ビラキンスは、頭を下げた。
ムンスクが去った後、ビラキンスは、我がことのようにユーグと喜び合った。
こうして、招餐会は、ペイネントの機転で好評のうちに幕を閉じた。・・・・・・
あれ、デューンは何をしていた?
デューンは、南国ポールトの踊り子たちを口説きまくり、そのセクシーな踊りに鼻の下を伸ばしていた。
それでも、招餐会の評価はデューンの評価。
まあ、成功の陰には、名も知られぬ人たちの努力があるもの。それを全部自分の手柄として持って行くのは、生まれ持っての役得ってことか?
これこそ、じゅくじゅく坊ちゃんの、じゅくじゅく坊ちゃんたる所以だ。




